第11話 彼の真意

 昼下がり、優雅な音楽が流れる空間。


「真琴と何かあったか」


 港にいきなりそう言われて、翼はむせそうになった。



 ここは、紅茶専門店。昨日、港が新入社員歓迎会の抽選で当たった、ペアチケットの店である。翼が緊張感と恐怖心をもって、港と共に入店したのは十五分ほど前の話だ。


 窓から明るい日差しが差し込む店内は、上品な雰囲気の奥様方を中心に賑わっていた。ただ、翼と港が入店した後、二十代だと思われる女性客が一人で入ってきた。どうやら、若い客層もいるようだ。


 店内は、カフェと言うよりも、レストランのような雰囲気だった。白い壁に、白いテーブルクロス。テーブルの中央には花まで飾られている。


 今日、翼は上品な雰囲気の、クリーム色のワンピースを着ていた。それでも、この場になじめているのかわからず、どこか気後れしてしまう。


 しかし、港は高級感のある店内に臆する様子もなく、堂々としていた。そして、手際よく注文まで済ませてくれる。本当は後輩である翼がやるべきだったのだが。


「なんで……真琴くんと何かあったって思うんですか?」


 翼が慎重に答えると、港はあでやかな笑みを浮かべて言った。


「目が随分腫れてるからな」


「!?」


 思わず、目に手を当てる。


 確かに昨日、さんざん泣いて、河野にも迷惑をかけてしまった。「早く帰った方がいいよ。よく寝てね」と河野に言われ、頭を下げながら帰った次第だ。


 慌てる翼を見て、港は楽しむように言う。


「……まぁ、冗談だけどな」


 なぜこの人は会社の先輩なのだろう。


 翼は本気でそう思った。先輩じゃなければ、言いたいことが言えるのに!


 心の中で葛藤していると、頼んでいた紅茶とケーキのセットが運ばれてくる。


 白いシャツに黒のベストをパリッと着こなした店員が、ティーポットからカップに紅茶を注ぐ。そして、優雅に一礼して去って行った。


 さっそく紅茶に口をつけると、芳醇な甘みと、ほどよい渋みが口の中に広がった。続いて、ケーキをフォークで切り分ける。翼が頼んだのは季節のフルーツケーキだ。


(おいしい……)


 クリームはあまりしつこくなくて、上品な甘さだ。今が旬のいちごも入っており、ジューシーでおいしかった。


 ケーキを食べ終えて、残り僅かな紅茶を楽しむようになった頃、翼は気になっていたことを聞くことにした。


「真琴くんのこと、今はどう思ってるんですか?」


 前置きなしで切り込んだ瞬間、港は一つ瞬きをした。


 そして、全身を震わせて笑い始めたのである。


「くっ……、ははは……っ」


「藍田さん?」


 よほどおかしいらしく、港はなかなか返答しない。口を開いたのは数分後のことだった。


「何とも思ってないわけないだろう」


 口の端を釣り上げて言う港に、翼は身構える。


(やっぱり、まだ真琴くんのことが好きなんだ!!)


 三年前と同じく港は恋敵になってしまうのか。いや、三年前は翼は河野のことが好きだった。そのことを知った港は、翼の恋に「協力」してくれたこともある。しかし、今回は状況が違う。正真正銘「恋敵」になってしまうのだ。


 翼はひるみながらも「負けません」という想いを込めて、港を見る。すると、港はおかしそうに言った。


「昔好きだった人。それだけだ」


「……え?」


 ぽかんとした表情の翼を、港は笑いをこらえながら見ている。


「あの、本当に真琴くんのこと、もう好きじゃないんですか?」


 三年前、港は相当に真琴に執着していたと思う。なぜなら、恋敵である翼の所にやってきて、精神的に追い詰めるような発言をしたこともあるのだ。


 真琴の退学と就職を知った港が、どのように反応したのかは知らないが……。簡単に真琴のことを諦めたとは思えなかった。


 疑いの目を向ける翼に対し、港は笑いながら言う。


「俺も四年生の後期は忙しかったからな。内定者研修と、卒論もあったし。片道三時間もかかる場所に行くほど暇じゃない」


 日々の忙しさの中で、忘れていったということか。確かに四年生だったら、当時一年生だった翼よりもよほど忙しかっただろう。


 それでも、どこか納得しない顔をする翼に対し、港は言った。


「そろそろ出るか」


 * * *


 翼が店の扉を閉める。ガラス窓の向こうで、若い女性客が慌てた様子で会計をしているのが見えた。


「俺が真琴のことをもう好きじゃないって、確信がほしいか?」


「え?」


 首をかしげる翼に対し、港は赤い薔薇を思わせる、華やかな笑みを浮かべた。


 カランと店の扉につけられた鈴が鳴る。店内から、セミロングの髪に、サングラスをかけた客が出てきた。邪魔にならないように端に移動する。


 その瞬間。


 港が翼の両肩を掴んで、顔を寄せてきた。


(え……?)


 あまりにも予想外の事態で体が動かない。港の手を振りほどくこともできず、顔を背けることもできず、硬直していると……。


  

「何してるんですか、港さんっ!!」



 焦った青年の声が聞こえた。


 声がした方に目を向ける。店の扉の前に立っているのは、セミロングの髪に、サングラスをかけた


(え? でも、今の声って……)


 翼が、女性客を凝視していると、横にいた港がくつくつと喉を鳴らしながら笑う。


「やっぱりお前だったか、真琴」


 言われた瞬間、は観念したようにため息をつき、サングラスを外した。そして、セミロングの髪を掴むと、乱暴に引っ張る。


 現れたのは、黒髪にショートカットの女性……ではなく、翼がよく知る青年、真琴だった。


 真琴は、唖然とする翼をちらりと見る。そして、バツの悪そうな顔をしながら言った。


「どういうつもりですか、港さん」


 翼は、横にいる港の顔を見る。


 かつての想い人である真琴を、強い視線で見つめていた。

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