第9話 お誘いは恋敵から

 真琴の目は、翼の心の奥深くまで見つめているような気がした。視線が逸らせない。


 今さっき真琴が口にした「翼が欲しい」は、自分のことではない。ただのセリフとしての「口説き文句」だ。それでも、なんだか心臓がどきどきして落ち着かない。


(真琴くんには彼女がいたんだし! もう私への気持ちなんか残ってるわけないから!)

 

 そう、必死に言い聞かせた瞬間。


「はいっ! 口説きゲームはいかがでしたでしょうか――!」


 ゲームの主催者の木下が、社員たちに声をかける。「面白かったぞ!」という声があちこちから聞こえた。


「楽しい時間もあっという間ですね! 次はラスト! 抽選でプレゼントです!」


 木下の横には、箱といくつか景品が用意されていた。箱には、社員全員の名前が書かれた紙が入っているらしい。


「さぁ、誰の名前が出てくるんでしょうか?」


 木下がそう言いながら、箱の中に手を入れて、紙を取る。社員たちは固唾をのんで見守った。


「十位! 川合美奈さんでーすっ! 景品はティッシュ五箱分です!」


 名前を呼ばれた美奈は、慌てて受け取りに行った。そうしている間にも、次々に九位、八位と発表されていく。


(私、こういうのって昔から当たったことないんだよね)


 ビンゴゲームをしてもいいところまでいって、結局何も当たらない人間だ。だから、人ごとのように聞いている。しかし、翼の周りの人たちは違うらしい。


「三位! 藍田港さんです! 景品はカフェのペアチケット!」


 港が景品を受け取って、席に戻ってくる。他の社員たちは興味津々で港のチケットを見つめた。


「あ、ここ紅茶で有名な店ですよ! 一回、友達と行きたいねって言ってたんです。いいなぁ」


 翼が心底羨ましそうに言うと、港は目を瞬かせる。


「じゃぁ、チケット譲ろうか?」


「え!? いやいやいや、いいですいいです! 頂けません!」


 紅茶専門店だけあって、値段もそれなりにするのだ。せっかく当たった景品を受け取ることなんてできない。


 翼が全力で辞退すると、港も珍しく困ったように言う。


「俺も、一人ならともかく一緒に行くような相手が……」


 そう言いかけて、港は言葉を止める。少し考え込むと、口の端を釣り上げて笑った。艶やかな薔薇を思わせる、どこか底知れぬ笑顔だ。


(もしかして、よからぬこと考えてる!?)


 翼が身構えた瞬間。



「一緒に行くか?」


「え?」


 翼の目が点になった。


 カフェに誘われたのだと理解したのは、数秒後。


(え? 港さんとカフェ!? ええっ、ちょっと怖すぎるんだけど!!!)


 翼は、三年前を思い出し、肌が粟だつのを感じた。当時の港は「恋愛感情がないなら真琴を突き放せ」など、翼たちを追い詰める発言をしてきたのだ。港の発言に動揺してしまい、翼は一時的に真琴を避けてしまったこともある。


 もし、港がまだ真琴のことを好きだとしたら。カフェに行った時、翼にまた何か言ってくるかもしれない。


(どうしよう……。断るのも変だし)


 心臓が妙な音を立て始めた。港と一緒にカフェに行くことは、得体のしれない場所に行くのと同じぐらい恐ろしい。


 どうすべきか。考え込んでいると、ふと視線を感じた。


 顔を向けると、唖然とした表情の真琴が翼たちを見つめていた……。

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