第8話 彼の口説き文句と望み

 真琴は、ぎゅっと唇を引き結び、港と翼の元へやってきた。そして、翼の真正面まで来ると、畳の上に正座をする。翼の心臓は、嵐のようにざわめいて落ち着かない。緊張しすぎて苦しい。一体どんな「口説き文句」を言うのだろう。


 真琴は、戸惑ったような表情を浮かべつつ、口を開いた。


「恋をする気持ちは、月の満ち欠けと似ているのかもしれない。傍にいると満たされるのに、君がいなくなった瞬間、大切な何かが欠けたような気持ちになるから。どうか僕にあふれるばかりの愛を注いでほしい。月を見るたびに君を想い、恋焦がれる僕の為に」


 聞いた瞬間、翼は心臓が止まりそうになった。同時に顔が熱くなり、全身の体温が上昇する。まるで花が咲いたように、明るくて華やいだ気持ちだ。


「紫藤くん、やる――っ!」


 部屋中から、にぎやかな声が上がった。


 翼の意識が現実に引き戻される。よかった。真琴と二人きりだったら、本当に心臓が止まっていたかもしれない。……赤くなりすぎた顔を見られて、真琴のことが好きなのだと、本人にも周囲にもバレてしまったかもしれない。


(でも、今の言葉って、元カノのことを思い出しながら言ったのかな……?)


 そう思うと、華やいだ気持ちが一気にしぼんでいく気がした。そして、落ち込みかけた時、社員たちから「槙本さん、返事してあげてよ!」という声が上がる。


「え、私ですか!?」


 戸惑っていると、港が「面白そうだな、やってみろよ」と言って、紙を渡してくる。


「私、演劇部じゃないから、お二人みたいにうまく言えないですよ!!」


 しかし、翼の抗議は誰も聞いていない。港には「思ったことを言えばいいから」と言われてしまった。助けを求めるように真琴を見ると、笑顔で「頑張って」と言われてしまう。


 翼は紙を見ながらセリフを考える。次のお題は「花」だ。


 ふと、頭に昔の光景がよぎる。真琴に面と向かって言うのは恥ずかしい。だから、目を伏せてぽつりぽつりと言うことにした。


「……ひらひらと舞い散る桜のように、あの恋は儚くも終わってしまいました。桜の花びらが唇に触れた時、あなたのことを想ったのです。……私は、あなたに舞い落ちる桜の花びらになりたい。そうしたら、ずっと一緒にいられるから」


 言い終わって顔を上げると、真琴は驚いたような顔をしていた。しかし、すぐに眉根を寄せて首を傾げる。


(どうしたんだろう……?)


 そう思う間もなく、隣にいた美奈からは「やーん、槙本さん乙女!」と言われる。そして、他の社員たちも「俺たちも考えてみよう!」と、一斉に口説き文句を言い始めた。口々に言い始めたので、室内はカオス状態だ。


「鳥の鳴き声が、我らの恋を祝福しているかのようだ!」


「あの風が吹き飛ばしてくれるだろうか! 夫婦喧嘩の空気さえも!」


 もはや口説き文句ではなく、願望ではないのか? と思われる言葉もある。酒で酔っている社員達の言葉は、支離滅裂だ。翼が笑いそうになると、後ろから小さく呟くような声が聞こえた。



「僕が鳥なら、君の元へすぐにでも飛んでいけたのに。翼が欲しいといつも思っていたよ」


が欲しい?)


 自分と同じ名前の単語に反応して、勢いよく振り返る。



 視界に飛び込んできたのは、真っ直ぐな真琴の視線だった。

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