第4話 女を装うのをやめたなら

 初恋の人との再会は、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。


 翼は、目の前にいる河野達也を見ながらそう思った。今、翼がいるのは和風ダイニングである。店内はオレンジ色のほの暗い照明で照らされていた。


「もうすぐ仕事終わるんだ。よかったら食事でもどう?」と河野に誘われてやってきたのが、駅近くのこの店だった。


 注文を済ませると、お互いの近況を語り始める。河野は今、翼の会社の最寄り駅である一条駅に勤務しているらしい。


 翼が大学に入学した頃、河野は大学の最寄り駅に勤務していた。しかし、翼が二年生になる頃に、遠くの駅に勤務することになったのである。


(真琴くんたちに続いて、河野さんにまで再会するとは……)


 翼は、店員が持ってきたりんご酒をちびちびと飲みながら、不思議な気持ちになった。さきほどから、胸がざわめいて落ち着かない。


「もう、お酒飲める年齢になったんだね」


 河野がそう言って笑う。三年前の、爽やかな笑顔そのままだった。


「そうですよ! 初めて会った時は高校生でしたしね」


 翼も当時のことを思い出し、懐かしい気持ちになりながら言う。


 河野に初めて会ったのは、センター入試の日だった。真冬の寒い空の下、大学の最寄駅でカイロを配っていた駅員……河野に、翼は一目惚れをしたのである。当時のことを思い出し、ラズベリーのように甘酸っぱい気持ちが胸の中に広がった。


 三年前、翼は河野に告白をした。しかし、婚約破棄をしたばかりで「今は誰かと付き合うことは考えられない」と振られてしまったのである。


 今、河野を目の前にしても、当時のようなときめきはない。だけど、初恋の人との再会というのは、妙にドキドキしてしまう。


「今、どうされてるんですか?」


 翼が緊張を押し隠すように訊いた。河野は穏やかに言う。


「一人を満喫してる……って言ったらかっこいいけど、自分と向き合ってる最中かな」


「店は、やめられたんですか?」


 遠慮がちに訊くと、河野は頷いた。本業は鉄道会社の駅員であるが、週一日だけカフェバーで働いていたのである。


「何とか後任の人が来てくれたからね。女装もやめたよ」


 明るく笑って言う河野に、翼は驚いた。


「えっ、そうなんですか!?」


 そう、河野が働いていた店は、普通のカフェバーではなく、ゲイが集まるゲイバーだった。


 河野の両親は、離婚こそしていないものの、別居しているのだと言う。そして、段々と父親に似てくる少年時代の河野に、母親はこんなことを言った。


「あんたが、女の子だったらよかったのに」


 その言葉は多感な時期の少年の心に深く突き刺さった。河野は、自分が男子であることと、母親を苦しめていることに罪悪感を持ったのだ。


 しかし、女性の服を着ると心が落ち着くことに気づき、家族に隠れて女装を始めた。そして、大人になってからはゲイバーに勤務していたのだ。


「長年、やってきたことだから、やめるのは簡単じゃなかったけど。ずっとやめたいって思ってたから」


 河野は過去を振り返るように言った。


「そうなんですか……」


 三年前、翼は、河野が女装をしていると知った。頭では河野のことを理解したものの、心では拒否していることに気づいたのだ。だから、告白はしたものの、断られてほっとした、というのも本音である。


 だけど今、ふと思う。


(河野さんがもしあの時、女装をやめてたら……。私、どうしてたんだろう。諦められたのかな)


 もしかしたら、告白した後も、なかなか諦められずに苦しんだかもしれない。


(そうなってたら、真琴くんへの恋心にも気づかなかったかも……)


 翼はふとそんなことを思った。


 * * *


 店を出た翼は、河野と共に一条駅の改札前にやってきた。河野は今、一条駅の近くに住んでいるらしい。改札の前で「機会があったら、また飲みに行こう」と笑顔で誘われる。社交辞令かもしれないが嬉しくて頷いた。


 実家から離れた場所に就職したので、今のところ真琴と港以外に知り合いがいないのだ。知り合いがいるのは心強かった。


 駅に電車が着いたらしく、大勢の人が改札から出てくる。そして、翼はふと人込みの中に見知った顔を見つけて、体をこわばらせる。向こうも吸い寄せられるようにこちらを見つめ、目を見開いた。


「翼ちゃん……」


 たった今、改札を出てきたばかりの真琴だった。

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