notebook love
『雪城有希』
何度も書いては消すその文字を、彼女の瞳の色に似た色のノートにまた刻んだ。
素敵なライン、素敵なアーチ、好きな君の名前。俺は何度もノート相手に告白する。
だが、ペン先に委ねたこの想いを数年間、一度も口に出来た事は無い。ヘタレな俺では、紙相手で精一杯なのだ。
授業中にも関わらず、俺の視線は黒板に書かれていく白い文字ではなく、愛おしい彼女の名前をぼんやりと眺め、彼女の姿を思い浮かべていた。
雪城有希という子を知ったのは、小学生からのクラスメイトで仲の良い、夏目青葉からだ。初対面で、彼女の愛らしい容姿と彼女の明るく優しい人柄に惹かれて、それからずっと彼女以上に好きになった人はいない。
キーンコーンと、昼休み開始かつ授業終了のチャイムが鳴る。授業のノートと一緒にそのノートを引き出しへと隠していると、案の定、
「南くん!」
違うクラスから有希が来た。それから少しして、青葉も俺の机にやって来る。
「ねー、僕さ、今日弁当無いからさー、購買に行かない?」
「私も弁当作ってないから、いいよ一緒に行こうよ。...ね、青葉くんはさ、余分にお金持ってたりする?」
「...忘れたの?」
「違う。小銭入れに100円しか無かったの。間違えてお金あんまり入れてない方を持ってきちゃったみたいでさ」
あはは...、と乾いた笑みを浮かべる有希。青葉は自身の小銭入れを確認して、首を振った。
「あー...僕ちょっと無理だ。貸せるだけのお金無いよ」
「そっか...」
「...俺が、貸そうか?」
俺がそう言うと、有希の顔がパァっと明るくなった。その笑顔に、どくりと心拍数が少しだけ上がる。
「いいの!?」
「有希は信用出来るから」
「何だよそれ!」
「ごめんって。ま、とりあえず早く行こうか」
「うん、そうだね。ありがと、南くん!流石南くんだよ、大好きっ」
「あは...、ありがとう、俺も有希好きだよ」
有希の言葉に冗談交じりに返し、3人で購買へと向かう。
分かっている。彼女の口にした『大好き』に特別な想いが無いことくらい。友人に言う、友情の「好き」だ。恋愛的な意味では無い。でも、何気ないその言葉に、そんな一言に、俺の心はゆらゆらと揺れてしまう。
それほど、俺の心は君が埋め尽くしている。
部活終わりの放課後。俺はあの海色のノートを教室に忘れてしまっていたから、教室に取りに来ていた。教室に入り、自分の机からノートを取り出し、鞄に入れようとして、その目線をノートに向けた。
「有希...」
周りの人間にいつも明るい笑みを振りまく彼女。時々キラキラと輝く瞳に影を落とし、窓の外へ目を向けている彼女。そんなギャップみたいな所が好きになったのかな...。
「あれ?南くん...?」
「有希っ!?」
突然聞こえた有希の声に、俺はバッと顔を上げ、声の聞こえたドアの方に目を向けた。
「有希...?あれ、今日はいつもの4人と帰らなかったの?」
有希は俺達とは違う4人の友達とつるんでいることが多い。特に、俺や青葉は運動部に所属しているから、帰りなんてその4人と帰るだろう。でも、今ここにいる。なんでここに...?
「あー、うん帰れなかったんだよね。今日は部活あったんだよー。で、ちょっと教室に用事があってね。その時、南くんが見えたから声かけたの。南くんは?時間からすると、部活終わりでしょ?」
「俺は忘れ物を取りに来たんだ。...勉強で使う復習用のノート」
「そか。流石真面目な優等生は違うなあ!ね、久しぶりに一緒に帰ろー」
「あー、うん。そうだな、帰ろうか」
有希と帰るのは久しぶりだ。俺も小さく頷いて、有希と共に教室を出た。
「こうやって一緒に帰るの、初めてだね」
「まぁ、俺が運動部だし、有希も咲宮くん達と帰るしって感じだったからな。こうなっても仕方ないって」
「そうだねー」
「...あ、部活って今何してんの?」
「プログラム作ってる。あ、いやプログラミング...の方が正しいか」
下駄箱で靴を履き替え、すっかり暗くなっている夜空を見上げた。チラッと星が見え始めている。ふと、屋上を見てみると、天文部が天体観測をしているのが見えた。
「うー...、まだ暑いね。早く冬になって欲しいよ...」
「冬になるとまた寒がるくせに」
「あはっ!バレちゃったかあー...」
どんな言葉が当たり障りの無い言葉なのかを模索しながら、俺達はどんどん家への距離を詰めていく。
この状況は、小説や漫画なら告白しているような時だ。チラリと、俺の肩ほどの身長の小さな彼女の横顔を見る。ただそれだけで心音が、ドキドキと大きく鳴り始める。
「...あの、さ」
「うん?」
彼女の目が、俺の顔を覗き込む。
今、彼女に告げるべきセリフは、何度も何度も書いては消してを繰り返している、鞄の中のノートに何度も書き刻んだ事のある文字だ。『大好き』『愛してる』そんなセンスの欠片もない、不細工な愛の言葉。
僅かに言いよどみ、俺が吐き出した言葉は、
「流れ星が...」
「え...?」
「ほら、空」
俺の指差す先、突然見計らったかのように流星が夜空に流れていた。
「......うわぁ!」
有希は目を輝かせて、俺は「凄い...」と感嘆の声を上げた。
まさにムードは最高潮。今言わずしていつ言うのか。俺はグッと拳を握り、何も言えなかった。
あぁ情けない、情けないな。俺は断られてしまって関係が壊れて傷付く自分の心を、彼女を大好きだという心よりも優先させたのだ。どれだけ言葉を書いても、結局根は本当に彼女を想えない甘えた自分に、どうしようもなく腹がたった。
「あ、有希。着いたよ」
「うん、じゃあまた明日、お金必ず返すから」
「おぅ」
有希はヒラヒラと手を振って、家の中へと入っていった。その背を見送って俺は足早に自宅へと急いだ。
風呂と食事をそこそこに済ませ、俺は自室に入る。明日の日課へ鞄の中の教科を入れ替え、それから海色のノートを取り出して、ページを開く。まだ何も書かれていない行にシャーペンを持って、
『愛してる』
たった四文字を書き留める。
「好き...愛してる...」
彼女を前にしなければなんて事はなく、スラスラとその単語が口に出せる。
俺はシャーペンからボールペンへ持ち替え、今書いた文字の下ではなく、次のページへと変える。
『気付いてくれたら』
そこまでペン先を滑らせ、そこで止める。弱々しい字体で書いた甘い自分の思いだ。俺はそのページをすぐ無かった事にしたくなって、破ろうとページの上部に指先を置いた。が、思い切り破り捨てられなかった。
彼女の事をよく知っている、とは言えないが彼女は鋭そうに見えて鈍い。恋愛関係になると、特にだ。
だから「大好き」なんていう言葉がポンポン口から出てくるんだろう。だからという訳では無いが、恐らく俺から言わないと気付いてくれない。そこまで自分で分かってるくせに、今日というチャンスがあったのに、俺は何も出来なかった。何もしなかった。
だからまたこれからも。
俺はボールペンのまま、先程のページへとまた変えて、
『雪城有希』
今度は消す事の出来ない、いつもの素敵なラインとアーチをした、好きな君の名前を記す。
『大好き』
まだ口に出す事も出来ない想いをペン先に委ねて、
『こっち向いて《俺だけを見て》』
また一行一行と埋まっていく。
弱虫な俺が書く、弱虫な海色のノートが。
◆◇◆◇◆◇
本当はね、気付いてるから。君が私の事をどう思ってるのか。
でも恥ずかしいから、言わないんだよ。
待ってるから。
だから、私の気持ちに気付いてね。
『こっち向いて《私の心を見て》』
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