万事解決! ウマシカ企画社 ~9件目・最高の釘バットの作り方~

みすたぁ・ゆー

9件目・最高の釘バットの作り方

 私――蝶野ちょうの猪梨いのりは大学生となったことをきっかけにバイトを始めた。


 勤務先は学校の最寄り駅の駅前にあるウマシカ企画社。どういう会社かというと、簡単に言えば便利屋みたいなものだ。父親の知り合いがその会社の社長をしていて、コネで採用してもらった。


 ……社長と言っても、社員はほかに誰もいないんだけどね。


 仕事の内容は社長の補佐。主に電話番とか依頼された仕事のお手伝いをしている。やっぱりひとりだけで会社を回すのには限界があるもんね。それで人手を探していたところに私がバイト先を探しているという話が持ち上がって、お互いの利害が一致したというわけだ。





「すみません、猪梨さん。こんなところに呼び出したりして」


 私の目の前にいる犬山田いぬやまだ尻尾しほちゃんがペコリと頭を下げた。ちっちゃくて可愛らしいから、その仕草に思わずキュンとしてしまう。


 尻尾ちゃんはうちの社長――馬坂うまさか鹿汚しかおが家庭教師をしている子で小学六年生。ショートの黒髪にキリッとした瞳が特徴で、将来はうちの社長のお嫁さんになるのが夢なんだとか。生意気なところもあるけど、自分磨きの努力を続ける健気さがある。


 事務所で知り合って以来、たまに勉強を見てあげるようになったこともあって、今ではすっかり打ち解けている。


 今、私たちは商店街の一角にある『電設の木下きのした』の前にいた。建物の傍らには電柱などに取り付けられている巨大変圧器がいくつも積んであり、目印になりやすいということでここは待ち合わせの名所となっている。


「今日はどうしたの? まさか私に告白?」


「ち、違いますよっ! それ、なんてギャルゲーですかっ!?」


「だよねぇ♪ 尻尾ちゃんは社長一筋だもんねっ?」


「……う、うるさいですよ」


 頬を真っ赤にして照れている尻尾ちゃん。純粋で可愛い。こういう一途なところがあるから憎めないんだよね。


「で、何?」


「商店街での買い物に付き合ってほしいんです。謝礼はお支払いしますので」


「謝礼なんかいらないよぉ。水臭いなぁ」


「…………」


 尻尾ちゃんは目を丸くしながら呆然としていた。それからわずかな間が空いて、訝しげに私を見てくる。


「……猪梨さん、どこかで頭を強く打ったんですか? 謝礼がいらないなんて?」


「尻尾ちゃん、釘バットで殴るよっ♪」


 私は背負っている釘バットに手を伸ばし、額に青筋を浮かべながらニッコリと微笑んだ。


 親しき仲にも礼儀あり。どんなに仲が良かったとしても、何をしてもいいというわけじゃない。序列をきちんと認識して、わきまえてもらわないと。


 でもそんな私を見て尻尾ちゃんはホッと息をつく。


「良かった、それでこそいつもの猪梨さんです。では、行きましょう」


 尻尾ちゃんは瞳をキラキラと輝かせ、私の手を握って引っ張った。柔らかくて温かい手の感触が伝わってくる。


 そういえば、こんな風に誰かに手を握られたのっていつ以来かな?





「あ、猪梨ちゃん。いらっしゃい!」


 最初に訪れたのは私の行きつけのスポーツ用品店。カウンターにいた店主の主居おもい棍太良こんだらさんが親しげに声をかけてきた。主居さんはゴマ塩頭でやせ形の五十歳。テレビで地方競馬の中継を見ながら店番をするのがいつものスタイルだ。


「尻尾ちゃん、何かスポーツでも始めるの?」


「いえ、猪梨さんを見ていたら釘バットに興味を持ちまして」


「……釘バットに興味を持つなんてヤバいよ?」


 私が退き気味な体勢で言うと、尻尾ちゃんは眉を吊り上げてこちらを睨んでくる。


「猪梨さんにだけは言われたくありません! で、参考までにお聞きしたいのですが、猪梨さんが最高だと感じている釘バットの素材は何ですか?」


「日本国内で使うならアオダモかなぁ。手に馴染む感覚なんかは一番だと思ってる」


「あそこに陳列されているヤツもそうですか?」


 尻尾ちゃんが指差した先にあったのは、防弾ガラス製のショーケースの中で厳重に保管されている一本の木製のバットだった。それは気品と味わいがあって、絶妙な全体のバランスが美しい一品。私には神々しく輝いて見える。


「そうだよ。特にあれは道東産で樹齢百年を超えるアオダモを使ってて、作ったのは伝説のバット職人と呼ばれている北条ほうじょうさん。しかもその北条さんが晩年に制作した、最高傑作とも呼ばれている四本のうちのひとつ『持国天じこくてん』って逸品なんだ」


「それで税込み八十九万三千円という高額なんですね?」


 私は静かに頷いた。でも持国天なら間違いなくそれだけの価値はある。決して高いとは思わない。だけど私の財力ではとてもじゃないけど手が出ない金額であるのは確かだ。


「店員さん、あそこにある持国天というバットをください」


 尻尾ちゃんはしれっと言い放った。私も主居さんもこの事態には驚き、思わず顔を見合わせて息を呑む。


「お嬢ちゃん、それ本気で言ってるのかいっ!?」


「本気ですよ」


 尻尾ちゃんはポーチの中から二千円札の札束を五つ取り出し、カウンターの上に置いた。


 目の前に突然現れた大金に呆然とする主居さん。でもすぐに我に返り、ホクホク顔になってショーケースから持国天を取り出し、丁寧に梱包をする。


「毎度ありっ!」


「では、次へ行きましょう」


 持国天を受け取った尻尾ちゃんは私の服を指で摘んで軽く引っ張った。


 私は戸惑いつつも静かに頷き、尻尾ちゃんと一緒にスポーツ用品店をあとにする。それからしばらく私たちは無言のまま歩いていく。


 もちろん、その間も私の視線は何度も持国天の方へ向いてしまっていた。憧れのバットが手の届く位置にあるんだからそれも当然。ソワソワして気持ちも全然落ち着かない。


「し、尻尾ちゃん! す、少しでいいから持国天に触らせてもらえないかな?」


 やがて私は横を歩く尻尾ちゃんに思い切って声をかけた。だってこのまま生殺し状態が続くと胸の奥が切なくなりすぎて、頭の中がおかしくなっちゃいそうだったから。


 でもそんな私に対して尻尾ちゃんは冷たい瞳で私を見つめ、突き放すように一言。


「ダメです」


「そ、そこをなんとかっ! 一生のお願いぃいいいぃっ! 私の体のどこでもいいッ、グリグリってされるのでも構わないからぁ!」


「猪梨さん、キモいです。それに拝むように頼まれても今はダメです。今後どうするかについては考えておきます」


 尻尾ちゃんは素っ気なく言い放ち、スタスタと行ってしまった。どんどん離れていくその背中が果てしなく遠くに感じられる。届きそうなのに届かない。まるで蜃気楼。


 結局、私はお預けを食らったまま、仕方なくそのあとを追うしかなかった。





 次にやってきたのは工具屋だった。薄暗い店内には誰もおらず、静まり返っている。おそらく店主の手崎てさき貴葉きようさんは隣の建物にある作業場で、旋盤を使って金属加工の仕事でもしているのだろう。


 だからお客さんは勝手に商品を見て、何かを買う時だけ手崎さんを呼んで会計をする。この店はいつもそんな感じだ。


 早速、私たちは釘のコーナーへと移動する。


「猪梨さんはいつもどの釘を釘バットに使ってるんですか?」


「ステンレス製で頭の形状が平らの網目付きになってるヤツ。もちろん、それは日常生活で使う釘バットの場合だけどね」


「普通、日常生活で釘バットは使いませんけど……」


「ま、要するに普段使いの釘バットは釘をちょっと打ち付けただけのタイプね。これは作るのは簡単だけど、素人には扱いが難しいんだよね。攻撃時に釘の頭が相手の肉体や服に引っかかっちゃうことがあるから」


「へぇ……」


「一方、勝負釘バットは攻撃力を高めるために、釘を貫通させて尖った方を露出させるんだ。だからこのタイプは作るのに技術力と腕力がいる。釘の長さも必然的に長くなって単価も上がるしね。釘の素材はチタンとかタングステンを使った特注品なんだよ」


「そうですか。ではチタン製の釘を買うことにします。耐食性のあるチタンなら、攻撃した際に血液に触れても錆びにくくて都合いいでしょうし」


 こうして尻尾ちゃんはチタン製の釘を買った。長さや太さは私のオススメのものを選択。どうやら本気で釘バットを作る気らしい。





 その後、私たちは釘を購入してからウマシカ企画社の事務所へ戻ることになった。どこかの喫茶店にでも寄って休みたかったけど、尻尾ちゃんが頑なに拒否するから仕方なく真っ直ぐ事務所へ向かう。機嫌を損ねたら、持国天に触らせてもらえなくなっちゃうかもしれないしね。


 そしてそれから程なく事務所の出入口の前まで到着する。


「猪梨さん、先に中へ入ってください。私は両手に荷物を持っていてドアを開けられないので」


「え? あ、うん」


 私は尻尾ちゃんに促されるまま、事務所のドアを開けて一歩踏み込んだ。


 するとその瞬間――


「っ!?」


 不意にクラッカーの音が景気よく響いた。さすがに想定外のことだったから心臓がドキッと跳ねて、私は目を丸くしてしまう。


 クラッカーを鳴らしたのは社長。室内を見回してみると、テーブルの上には様々なオードブルや桶に入ったたくさんのお寿司、ピザ、ペットボトルの飲み物などが置かれている。


 さらにテーブルの真ん中にはホールケーキがあり、立てられたロウソクには火が灯っている。それに気付いた私はようやく事態を理解した。


「お誕生日、おめでとう! いのりん!」


「おめでとうございます、猪梨さん」


 社長と尻尾ちゃんは笑顔で拍手をしてくれた。


 そう、今日は私の誕生日。私は毎日が忙しくてそのことをすっかり忘れていた。


「私が猪梨さんを連れ出して、その間に鹿汚さんがお誕生日会の準備をしていたんですよ。持国天と釘は私と鹿汚さんからのプレゼントです。それで世界最高の釘バットを作ってください」


「さ、パーティを始めよう、いのりん♪」


 胸の奥が熱い。なんだろう、この煌めく想いは?


 全身の血液が濁流のように激しく駆け巡って、それと共に幸福感が広がっていく。まるで細胞の一つひとつが心地よさを感じているみたい。


「……ありがとうっ!」


 思わず涙が滲み、私はそれを指で軽く拭った。



〈了〉

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万事解決! ウマシカ企画社 ~9件目・最高の釘バットの作り方~ みすたぁ・ゆー @mister_u

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