三〇 暗闇に紛れ

「どうだった? 中にいた?」

 入口でずっと見守っていたエルルーアに聞かれたティナは、中の様子を事細かく語った。

「ふーん、まあ、そうね。私も慣れてないけど、やっぱり目の当たりにすると辛いかもね…。エレーシーさん、大丈夫だった?」

「うーん…もうあまり考えないことにしようと思って。だって、これからこういう事ってたくさんあると思うし。それより、エルルーアの方はどうだった?」

「私の方は、そうね…10人ぐらいは来たかな。でも一人とか二人で来たから、帰ってきたところだと思う。まあ、こちらは3人いるわけだし、身のこなしで天政府人がミュレス人に勝てるわけないから、すぐに引き返していったけど」

「そうなのね、やっぱりエルルーアの言う通り、見張りを立てておいて正解だったわ」

 ティナはお礼代わりにエルルーアの頭を数回撫でた。エルルーアはまんざらでもない様子で、これまでにエレーシーが見たことのない笑顔を見せた。

「それじゃあ、みんなで町長が出てくるのを待ちましょう。あの様子だと、すぐに出てきそうだわ」

 ティナ達5人は、町長が出てきたところを捕らえようと、入口の左右に分かれて待機することにした。


 待機すること数分、ティナの読みどおり町長は時間を置くことなく姿を現した。

ティナは一旦暗闇に身を隠し、ヒタヒタと足音を立てずに後ろから忍び寄り、両腕を大きく開け、一瞬で町長をガッチリと抱き締めた。

「あっ!」

 町長はすかさず後ろを振り向いたが、その腕を振りほどくには遅すぎた。ティナとエレーシーの連携によって、既に手も足も動けないほどに固く縛られていた。

「やっと会えたわね、町長」

「ミュレス人が何の用だ!」

 町長は手足をばたつかせて必死の抵抗をしたが、エルルーアの言う通りに力が入らないように縛り付けた事が功を奏して、全く歯が立たなかった。

 エルルーアは町長の反抗の意志を確信すると、突如剣を抜き、手首を反しつつ剣の側面を喉元ギリギリのところに構えた。

「分かってるでしょ? そのために治安管理所から出てきたんでしょ?」

 エルルーアの突然の早業に、ティナ達も驚いたが、一番驚いたのは町長であった。町長も何も言葉を発さず、エルルーアも表情を一つも変えない。どちらも退かず、重い空気と海岸に打ち寄せる波の音だけが場を支配していた。

 膠着状態を何とか打破しようと、ティナが総司令官らしさを見せるべく、耳元で話しかけ始めた。

「町長さん、私は見たわ。治安管理員なしに、どうやって町を守り抜くのかしら? 地上統括府から軍を呼ぶ? 西門は私達の仲間が見守ってるから、当分来ないわよ」

 町長の顔が一段と青ざめていくのを感じた。

「それよりもほら、目の前の子を見て。どのみち、私達の望む答えを出すか、それともこの子に切られるか。いつでもいいわ。どちらか決めたら教えてね」

 ティナは笑みを浮かべながら優しく問いかけて答えを待っていたが、しびれを切らしたのか、エレーシーは足を抑えながら言い放った。

「ティナ、エルルーア、ずっとこうしている時間はないよ。日が登りきる前にこの町を出ないと。まだまだ道のりは長いんだから」

「そうだよね。それじゃあ…」

 エルルーアはエレーシーの一言を皮切りに、反した手首を戻し、刃を喉元に向けた。

「…わ、分かった、分かった。もう抵抗はしないから」

 町長の一言を聞き、エルルーアは再度手首を反した。

「本当? 町長さん、抵抗せずに、この町を私達ミュレス国に譲ってくれる?」

「こうなったら、もうどうしようもないからな…」

「みんな、聞いたわね。さあ、仕上げよ。みんなで役場に行きましょう。貴女達、紐は持ってる?」

 ティナは、ともに治安管理所に連れてきた兵士に町長を縛らせると、一緒に役場まで歩かせた。


 役場に着いた一行は、待機しつつ役場の中で順番に眠っていた兵士たちに目をやった。

「みんな、お疲れのようね…」

 ティナが見回していると、ワーヴァが走り寄ってきた。

「ああ、総司令官。どうでした?」

「ええ、町長からこの町を奪ってきたわ」

「ついに制圧できたんですね。良かったです」

「ところで、私達の軍には何か以上はない?」

 ティナが問いかけると、ワーヴァは少し目を伏せて何かを躊躇ったが、すぐにティナの方に目を向けた。

「実は…6名の方が犠牲になりました…」

「そう…」

 ティナは、これまでの浮かれ気分が一気に醒めた気がした。

「その人は、どこの方なの?」

「えっと…」

 ワーヴァは紙を何枚もめくりながら調べた。

「トリュラリア2人、シュビスタシア3人、あと、ベレデネアの方が1人です。剣術隊と防衛隊がそれぞれ3人ずつですね…」

「ベレデネア…」

 ティナの生まれ故郷であるベレデネアは、百人に満たない小さな村であり、村民は全員知り合いだった。その知り合いの内の一人の命を失ったことを知った今。改めて事の重大さを感じ取った。

「姉さん…」

 エルルーアはティナの背中に手を当てた。

「覚悟はしていたけれど…いざその時になると…」

「ティナ姉さん、仕方がないよ。戦死した村の仲間のためにも、このまま進んでいくしかないよ。それが一番の供養になるから…」

「…そうなのかな…」

 ティナは一言、エルルーアにも聞こえないほど小さく呟き、大きく深呼吸を一つつくと、涙を拭い、手を叩いて起床を促した。

「ミュレス国軍の皆! 我々は只今、このエルプネレベデア町を奪還した!」

 すると、起きしなではあったが兵士達の拍手がたちどころに上がった。

「しかし、この町で6人の兵士達の命が失われた。非常に悲しいことではあるが、この無念を果たすべく、私達がやることは、唯一つ。進軍だ! 我々ミュレス人を一人残らず、天政府人の下から自由の身にすることが、我々と覚悟を決めてここまで戦ってくれた6人に対する弔いとなる! そして、一人でも多くの仲間を見つけることが、犠牲を減らす最善手段となる! 明日、何とかして仲間を一人でも多く、この町で見つけよう! そして、日が登りきる前にこの町を発とう!」

 ティナの演説に、深夜にも構わず兵士達は大きな声で賛同の意を示した。

「民族のために!」

「民族のために!」

 兵士達はしばしこれからの事や、犠牲となった兵士の思い出話などをしていたが、次第にまた順番に眠りについた。

 エレーシーも、短い眠りについた。まだ見ぬ、ミュレス民族東端の都市、ノズティアを夢に見ながら。

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