第3話 その場所

 子供たちが帰ったあと、杉田の話で気になっていた沙絵は、盛り塩のある場所を探してみた。


 昇降口の土間の辺りを探してみたが、見当たらない。ああいうものは玄関にあるイメージなのに、ここにはないのかと思ったが、ここにないことが逆に違和感があるのではと思い探していると、下駄箱の上にそれはちゃんとあった。


 両端の、背合わせになっている下駄箱の、その境目辺りにそれはあって、これなら子供たちは気づかないだろうなと思い、ホッとした。こういうものは、感性が敏感な子供が目にしたら気になってしまうこともあるだろう。


 一つ見つけると、つい他の場所も探してみたくなるのが人というものだ……と、言い訳のようなことを考えながら、悪戯っ子のような笑みを心に持ちながら、昇降口の横にある子どもたちが使う女子トイレに入ってキョロキョロとしてみると、すぐそれに気づいた。


 蛇口が5つ並んだ手洗い場の下の奥の右隅、配管のあるその奥に、それに隠すように塩が盛ってあった。


 こんなところにもあったんだなと、職員用トイレの入り口ドアの向こう側の角に見えるように盛ってあった塩を思い浮かべながら、こんなふうに子供たちには見えないように、他にもいろんなところにあるんだろうなと、今更ながら全く他に気づかなかった自分は、周りを見ているようで見ようとしたものしか見えてなかったんだなと気付かされたような気がした。


「あっ、杉田先生」


 5時間目が終わり、そろそろ帰りの会も終わって、5時間で終わる学年の子供たちが下校していく声がし始めた頃、沙絵は昇降口に近い階段の下まで行き、下校の様子に目を配りながら、杉田が下りてくるのを待った。


 予想通り、それから5分としないうちに杉田が階段を下りてきた。


 杉田は、子供たちが下校するときには、職員室に近い階段ではなく昇降口のほうの階段を下りてくる。子供たちの下校の様子を見ながら、指導しながら見送るのが杉田の毎日の習慣になっていた。


「あら、友井先生も指導してくれてたの?」


「はい。今日はうちのクラスは給食のあと帰りましたから、少し時間も取れたので」


「あ、咲ちゃん、お腹の調子はどう?」


「もう痛くないです」


「そう。気をつけて帰ってね。さようなら」


「さようなら」


 上靴を脱ぎ下駄箱から外履きを出しながら上靴を入れ、土間で履き替える動きを一度も止めることなく、時々杉田のほうに目をやりながらやり取りし、声のトーンを変えることなく挨拶し、出て行った。


「あの子、しょっちゅう腹痛を訴えるのよね。しかも給食の時間が多くて、嫌いなものも多いし、それで嫌なものが入ってると、痛いって言うんじゃないかと思うんだよね」


「そういう子もいるんでしょうね。食べたくないもの無理に食べさせることはしないのに、食べさせられるって思っちゃうんでしょうかね」


「そうかもしれないね。家でもそうして少しくらいはと食べさせられているのかもしれないわね。まだ今年度がはじまったばかりで、私がどういう方向性の先生なのか、あの子もまだ測りかねてるのかも」


「私が小学生の頃にも食べられないものを無理やり食べさせられるようなことはなかったです」


「そうだろうね、友井先生の頃には、もうそんな環境になってたでしょうね。私が小学生の頃なんて、全部食べるまで席を立たせてもらえなかったわ」


「今そんなことやったら大変ですね」


杉田先生と視線を合わせながら笑みで頷き合うと、


「ところで、何か話があったんじゃない?」


子供たちの姿が下駄箱からなくなると、杉田がそう聞いてきた。沙絵の意図などお見通しのようだ。


「盛り塩のことなんですけど……」


そう口にし、下駄箱の上を指さすと、杉田も盛り塩に目をやった。


「ああ、ここなら子供たちが気づくこともないでしょうね」


「ここにあること、知ってたんですか?」


「まあね。以前赴任してた頃からここに盛り塩してあったわよ」


「さっき、大也君が下校するとき、そこの廊下で、また急に上を見上げてたんです。まるで何かいたことに気付いたかのように。それでふわふわさんがいるの?と聞いたところ、さっきはいたけど今はいないと答えて……」


「そっか、やっぱり大也君には何か感じるところがあるのかもしれないね」


「確かめようもないですけどね。杉田先生、以前ここにいたとき、先生方のどなたか……その、そういうものが見える方がいたんですか?」


「どうかな?そういうこと口にする人はいなかったし、大也君みたいな子もいなかったわ。ただ……」


「ただ?」


「どうも立て続けによくないことがあったにはあったかな」


「えっ?それって、その……りつかれたみたいな?」


りつかれたかどうかはわからないけれど、欝々としてきてしまう先生がいたり、しばらくお休みが必要になるくらいの事故に遭う先生がいたり、家族の中でトラブルを抱えてしまう先生がいたりと、私がいた間に、一年に一人くらいの話でそんなことがあったわ。ま、偶然が重なったといえばそれまでの話だけど、あの頃そんなことが続いて、この学校に何か問題があるのかもね……なんて言った人がいたわ」


「その方、何か感じることがあったんですかね?」


「どうかな?ただの井戸端の雑談で、なんとなくそんなこと口にしただけだったんじゃないかな」


「でも、そう思わせる何かがあったってことかもしれませんね」


「友井先生、何でもそこに結び付けようとしてるよ。考えすぎだって。私が言っておいてなんだけど、考えてもみてよ。体調が悪くなるとか、嫌なことが起きるとか、だいたいどこにでも普通に起こることでしょ。よくあることよ」


そう言って、大きな笑窪を右頬にだけ出して、杉田は笑った。

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