11-5

~11-5~


 屋敷の様子は外出時と変わりがない。会合中も屋敷の監視についてくれていた組員から「異常なし」の報告は受けていたため当然と言えばそうなのだが、実際目の当たりにして漸く安堵できた気がする。


 諸々の憂慮が杞憂に終わった事は肩透かしと言えなくもないが、取り敢えず屋敷においては何事もなかったことを喜ぶべきなのだろう。少なくとも彼の身柄を狙うことは敵の本命足り得ないらしい。


 時刻は既に夕刻、未だ喜も憂も含め感情を見せず肩口に顔を埋めたままの彼に声を掛ける。


 「少し早いが夕飯の支度をするか、何が食いたい?」

 過度の気遣いは却って落ち着くまいと考えた末の発言だったのだが返事はない、どころか身動ぎ一つもする事なく私の腕の中に収まっている。長期戦の予感がした。


 「おっと」

 彼が顔を寄せる肩口が湿り気を帯びてきた。垂涎によるものでないとしたら由々しき事態である。思わず声が漏れた。


 取り敢えず腰を落ち着けようと客間のソファへと向かう。じわじわと染みが広がる感覚に焦燥を覚えつつソファに辿り着いた時には漏れ出る嗚咽を抑える事も出来ない様子だった。


 「…そうだな、怖かったろう、よく頑張った」

 ゆっくりとソファに腰掛け彼の背を撫ぜながら声を掛ける。無理からぬ事だと思った、寧ろ良く気丈に振る舞えたものだ。


 過去の経験から理不尽な暴力や殺意に耐性があるだろうと言う思い込みがどこかに有った。そんなわけは無い、よしんば出会った頃の彼がそう見えたとしてそれは虚構だ。正気を保つ為万事に対し無関心であることを心に強いられていただけに過ぎない。


 私の腕の中で泣きじゃくる姿こそが彼の本質だ。我が伴侶は年相応の幼さを備えた見た目と遜色無い一人の少年だった。

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