アニメ化を断った話。

七瀬夏扉@ななせなつひ

第1話 アニメ化を断った話。

 これは、僕が2017年12月15日に出版した「ひとりぼっちのソユーズ」にオファーを頂いたアニメ化の話を断るまでの話です。


 告発するような内容ではありません。そして、特定の誰かを攻撃するような意味の文章でもありません。前提として、それだけは理解して読み進めてほしいと思います。そんなもののために文章を書いていると思われると、ひどく虚しい気持ちになってしまうので。


 基本的にこの文章は、「ひとりぼっちのソユーズ」を読んで応援してくれた読者に向けた文章です。謝罪と感謝の文章になるように書いています。


 ここからは、僕が「ひとりぼっちのソユーズ」のアニメ化を断るまでの経緯を、なるべく時系列に沿って記していきます。過去に担当編集者とやり取りをしたメールなどを見返しながら書くので、解釈的な違いはあっても、時系列的な間違いはないと思います。

 

 その決断に至るまでの僕の心の揺らぎのようなものを文章にしているので、かなりしみったれた話になります。正直なところ、こんなものを書いている自分を軽蔑してます。

 

 そもそも僕は自分の話をするのが苦手だし、ずっと自分の話はしないで活動をしてきました。エッセイや創作論のようなものからは距離を取り、人生初となるSNSのTwitterでも基本的にはアニメと飯の話しかしません。ガラクタみたいなツイートを心がけてきました。心がけるっていうのもおかしな話だけど。

 

 日常生活でも、僕はあまり自分の話はしません。人を話を聞いているほうが好きだし、自分の話をするといつもひどく間違ったことを言っているような気がして、あとで気が滅入ってしまうからです。なんだか、全く別の誰かの話をしているような気がするんですよね。自分のことを他人だと思っているのかもしれません。


 とまあ、くだらないことを長々と書いてしまいましたが、つまるところ、僕は人生ではじめて自分のことを、そして自分の内面というものを文章にしようとしているので、幾分か饒舌になっているのかもしれません。まぁ、そこはご愛嬌ということで読み流してください。


 プロローグが長すぎるので本題に入ります。僕の悪い癖です。


「ひとりぼっちのソユーズ(以下、ソユーズ)」は、カクヨムで公開した作品です。多くの人に読んでもらい、それで編集者の目に留まって出版した作品です。出版に際してかなり手を入れ、25000字ほどだった物語の第一章にあたる「Track1」を、12万字程度にボリュームアップして出版した物語になります。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054880552117

(※ひとりぼっちのソユーズのリンク)


 物語には、続きあたる「Track2」と「Track3」があり、多くの作者がそう望むように、僕自身も続きを出版したいと思ってこれまで活動を続けてきました。もちろんそれが難しいことは十二分に理解して、それが叶わない未来を想像したうえで、出版に望みました。


 そうして、2017年12月15日に「ひとりぼっちのソユーズ」は出版されました。

(本当は、イラストを担当してくださった吉田健一さんに言及したいのですが、それをすると話が吉田さんへの感謝一色になってしまうので、ここでは言及を避けます)


 端的に言えば、ソユーズは売り上げが良くありませんでした。続編を出せるほど売れず、レーベルが期待したほどではなかったという話です。担当編集者(以下、編集者)は、「評判はいいけれど、レーベルの壁を突破して読者に届けられなかった」と仰っていました。具体的な数字は分かりませんが、まぁ、そう言うことなのだろうと納得して、その言葉を受け入れました。

 編集者は、今後の展開を模索して色々なところに持ち込んでみると言い、僕は「よろしくお願いします」と伝えます。その後で、編集者は「ソユーズのことはいったん置いておいて、新作に取り組んでみましょう」と提案してくれたので、僕は「よろしくお願いします」とプロットをいくつか送って、そして2017年の年を終えました。


 翌年になり、いよいよ新作のプロットのやり取りが本格的になっていくと、編集者は僕に新しい提案をしてくれました。「カクヨムで公式連載をしてみないか?」という話でした。


 カクヨムには「公式連載」というものがあり、各レーベルが作家に連載を依頼するというものでした。ギャランティの出るしっかりとした企画で、企画書を見せてもらい、レギュレーションを確認して、僕は「とても面白そうなのでぜひともやらせてください」とお願いをしました。

 しかし、そうして連載用のプロットを立て、打ち合わせを交わし、プロットにゴーが出る間際になって、事態は急変します。


 編集者と連絡がつかなくなります。お話を頂いたのが連載開始ギリギリということもあり、かなり厳しいスケジュールで書かなければならないというのは自覚していたのですが、文章に割くはずだった時間を丸々ただ連絡を待つだけということになります。そして、3月1日から連載を始めるはずが、2月の最終週になって「忙しくて対応ができませんでした。今回の連載は、残念ながら間に合わない結果となってしまいました」と、謝罪を受けることに。

 この時の僕の感情はかなり複雑で、正直な感情を吐露すれば「ああ、きっともう見放されたんだろうなあ」といったものでした。「仕事が片付いたら、また連絡をしますと」と言ってはくれましたが、かなり残念に思ったことを覚えています。


「まぁ、ソユーズも売れなかったし、出版業界はシビアなもの、売れない作者に居場所はないだろうから仕方ない」と自分を納得させて、それでも編集者とのやり取りで得た何かを使って新しい小説を書こうとパソコンに向かいました。


 余談ですが、そうしてできたのが「女性だけの街」という物語です。

 僕の担当編集者は、どうしてか「男の子と女の子が二人で逃避行」をする話や、「閉ざされた空間」というワードが好きで、それが頭に強く残っていたので、それを物語に組み込んでみたりしました。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054885155758

(※女性だけの街のリンク)


 本題に戻ります。

 

 五月の頭に、もう連絡はこないだろうなと思っていた編集者から連絡が来ます。電話に出ると、今まで時間を作れずに申し訳なかったこと、仕事が落ち着いたので、今度こそ新作に向けて一緒に頑張ろうといった旨を仰ってくれました。僕は、「こちらこそよろしくお願いします」と言い。またしてもプロットを送って連絡を待ちます。

 

 これも余談ではあるのですが、僕を担当してくれた編集者はアニメ化までした大ヒット作品を担当されているやり手の編集者で、かなり忙しい方です。


 僕たちは直ぐに打ち合わせすることになります。そして、そこでいきなり報告を受けました。「ひとりぼっちのソユーズに、アニメ化のオファーが来ています」。僕が驚く間もなく、「それも1社ではなく複数社からです」と話は続きました。

 

 話を詳しく聞くと、アニメのプロデューサーがソユーズをいたく気に入ってくださり、ぜひともアニメ化に推したいという話でした。劇場アニメ映画という話で、オリンピックの年に公開できるのが理想だろうと。ただ、実現するかは未定であり、もちろんまだ何も決まっていない企画段階であると念を押されました。それに、オファーを下さったのが映画の配給会社であり、制作会社はこれから探すという流れでした。

 

 一応として、好きな監督や制作会社、どのようなアニメ化が理想かを聞かれ、僕はそれに答えました。具体的な監督や制作会社をここで挙げることはしませんが、正直なところはソユーズのイラストをつとめてくださった吉田健一さんに参加してもらえたら、後のことは全てお任せしてもいいくらいの気持ちでした。作者が口を出してうまくいったアニメってあまり例がないので。これも具体的な例は挙げませんけど。

 

 9月か10月くらいまでには、アニメ化の進捗も聞かせられるだろうということでしたが、僕は過分な期待をせず待つことにしました。アニメ化がとん挫した話なんて枚挙に暇がないので。それは、なるべく考えないようにしようと。

 

 それに、この時に嬉しかったのはアニメ化もそうですが、これから先も小説を書いて出版できるかもしれないと可能性のようなものが見えたことです。

 僕は、小説が書きたかったのです。アニメ化は、そのためのチケットのようなものだと思いました。出版に繋がるチケット。小説家という長いレールの上を走ることができる、列車の切符のようなもの。それをもう一度もらえたのが嬉しくて、僕はその後の打ち合わせにのぞみました。

 

 今回提出したプロットは難しいことをやらず、音楽と青春の物語にしよう思い、極力余計なものを省いて登場人物に寄り添うような物語を提案しました。

 カクヨムで公開をしている「青い春をかける少女」を下敷きにしています。


 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154873701

 (※青い春をかける少女)


 大きな物語も、SF的な展開も、死を遂げるヒロインも、不思議な要素もありません。とにかく奇をてらわないストレートなもの。そのプロットは、今までとは違ってスムーズに進んでいきました。

 何度かの打ち合わせを交わして修正を行い、二稿までいったところで、企画会議に上げられて執筆にゴーサインが出ます。今度こそ、いよいよ本文まで書いていいとなり、まずは物語の最初の山場である第一章の終わりまで書いて提出してほしいとなりました。7月の終わりのことです。


 一週間ほどで第一章を書き上げて送り、その後で打ち合わせをする運びになりました。打ち合わせの感触も良く、簡単なブラッシュアップ程度で第二章以降に進もうという話でした。


 そこで、アニメ化についての続報を伺えることになります。

 制作会社の目星がつき、とある監督のラインでお願いしようと思っている告げられます。

 その監督の名前を伺うと、あまりに有名すぎる監督だったので、聞いた僕のほうが「これは、実現不可能なのでは?」と思ってしまうほどでした。名前はあげませんが、ヒットメーカーなんて言葉が失礼なほどの超有名監督です。アニメを見ていて、この監督の名前を知らない人はほとんどいないんじゃないかな?


 そしてプロデューサーの話を伺うと、そのプロデューサーもものすごく実績のある方で、夏の劇場映画でおなじみの国民的アニメをプロデュースした方でした。

 結局、一度もお会いはできませんでしたが、それでもそのようなプロデューサーに僕の作品がアニメ化にたると推していただけたことは、僕の自信につながりました。これからもきっとそうです。


 もちろん、これは本決まりではないし、監督と制作会社に声をかけている段階だからと編集者も念を押しますが、さすがにここまでくると僕の精神状態も平常ではいられません。

 その後で、編集者と二人でご飯を食べて、声優さんは誰が良い? なんて話になり、僕は声優さんは音響監督にお任せするのが一番良いと答えて、わがままを言えるならオーディションの見学はさせてほしいと言いました。これは本心です。

 好きな声優さんは数多くいますが、これも作者が関わるとあまりろくなことにはならない例をいくらでも見ているので。具体的な例を挙げるのは避けますけど。

 基本的に、全ての仕事は餅は餅屋だと思っています。


 この頃になると、編集者から少しずつソユーズの続編の話なんかも話題に上がるようになり、「アニメ化さえ本決まりになれば、色々企画が動かせるんですけど」なんて言葉を聞くように。

 その色々の中には、続編だけでなく、オムニバス形式のもの、コミカライズ、そしてWeb版をそのまま一冊の本で出すなんてことまで。編集者の口から企画が次から次に溢れてきて、まるで夢物語のようでした。僕はその度に、「これはいつ頓挫してもおかしくはないから、過度な期待はしないように」と自分に強く言い聞かせ、それでも続編だけはなんとか出したいと、それだけは、と思うようになりました。

 

 全ては、アニメ化しだいだと、そんなことを考えるように。


 正直、今この話を思い出すと気が滅入ってきます。あと手汗と脇汗がヤバくて僕のsurfaceが悲鳴を上げてます。汚い汁で濡らして本当にすまないと思う。


 9月のはじめ、新作の修正した第一章にゴーサインが出ました。

 編集者の感想は「正直、track1のラストの展開が非常に感動的で、泣きそうになりました。まだ途中ではありますが、現段階でここまでしっかりとしたものになっていますので、とてもよい原稿になるのではないかと楽しみにしております。(メール本文ママ)」と仰ってくれたので、僕も手ごたえを感じることができました。

 二章以降の執筆はこのままラストまでという運びになり、〆切は9月いっぱいということになりました。


 9月の末日に完成した原稿を送り、僕はようやく出版に近づいたと胸を撫でおろします。その頃には、具体的な出版日、イラストレーターの候補なども上がっていたので、二冊目の出版に近づいたことを喜んでいました。理想の形ではないけれど、まだ理想の形に近づけることはできるだろうと。


 でも、ここからは全てが崩れていきます。

 今まで噛み合っていた歯車が急にかみ合わなくなり、物事の全てが止まってしまいます。もしかしたら、僕が噛み合っていたと思っていたものは、最初から何一つ噛み合ってなかったのかもしれません。最初から何一つ動いていなかったのかも。

 僕一人だけが、色々なものが動いていると思い込んで、そんな景色を眺めていたのかもしれません。今となっては分かりません。何一つ。


 9月末日に原稿を提出した後、編集者となかなか連絡が取れなくなります。

 忙しくて原稿を読めていないという連絡を二度ほどもらい、「まぁ、そんなこともあるだろう、忙しい人だし」と連絡を待っていると、10月の末日に連絡が来ました。

「ようやく原稿を読むことができ、光るものはあるけれどしっかりと直す必要もあるから打ち合わせを」ということで、僕たちは直ぐに顔を合わせて打ち合わせを始めました。

 

 僕のほうも、一発でいいものが書けるとは思っておらず、大幅な直しが必要なこともあるだろうと思い、打ち合わせでお互いに色々なアイディアを出して物語を面白くするべく時間をかけました。そこで編集者より、繰り返し書き直して精度を上げていくことが大切だと言われ、一発で原稿をよくするのは難しいから何稿か重ねることになるだろうと言われます。

 出版時期もずれ、当初2019年の1月か2月という話でしたが4月以降になるだろうと。

 

 僕は、まず修正した第一章と第二章を送りました。しかし編集者からの連絡はなかなか来ず、次の打ち合わせができたのは12月の28日です。

 それまで原稿を一切書き直すことがでず、ただただ何もしない時間が過ぎていきました。ここまでくると、4月に出版するなんて話は不可能だと嫌でも理解します。猿でも分かることです。いや、猿は無理かな? それ以上に、この原稿が本当に出版まで漕ぎつけられるかさえ分からなくなってきます。こうなってくると、寝ても覚めても原稿のことしか頭にありません。

 さらに言うと、ソユーズのアニメ化についての続報も途絶えたままでした。でも、自分から伺うことはできませんでした。

 ここまでくると、ポジティブな考えは何一つ湧いてきません。

 嫌な予感しかしないものです。


 キーボードを打っている手が、この先を書きたくないとばかりに震えてます。嫌な予感を十回ほど打ち直して、そのことにようやく気がつきました。書き終わる頃には、いったいどうなっているだろうか? 遺書みたいになってる。遺書じゃありませんよ。


 12月28日。

 この日が決定的な日でした。打ち合わせにのぞみ、編集者の改稿案を聞くと、ダメ出し嵐です。でも、この時のダメ出しは今までとはまるで違うものでした。

 二人で何度も改稿してゴーサインが出たはずの、非常に感動的で泣きそうになったと言ってもらえた第一稿の出来が一番良くないという話になり、回想を多用しすぎである、読者と歩調を合わせていない、読みづらい、等々と、物語の根底や土台から間違っているという指摘が飛びました。

 正直、頭が真っ白になり、そうなると改稿案も思いつきません。

 

 僕はずっとそのように小説を書いてきたし、ソユーズも基本的には同じ構成で成り立っているからです。主人公の過去あがり、過去の回想をしながら物語が進んでいく。僕が最も好きな物語の流れです。それは、否定されてしまいました。僕が改稿案を告げられずに戸惑っていると、編集者の言葉は「いったんこの作品はおいておいて別の作品を考えましょう」でした。

 正直、ここから先のことはあまり記憶にありません。ただ一緒に食事をして、最後に「今年一年間お世話になりました」としっかりとご挨拶できたことは覚えています。挨拶は全ての基本です。

 

 これは忘れたかったことなのですが、アニメ化の続報がありました。たぶんこの日だったと思います。この日は本当に記憶が曖昧なので。

 内容は、アニメ化を打診していた監督のラインは忙しすぎて難しいということなので、別の監督や制作ラインを探してみるという話でした。そして、ここまで時間がかかってくると、アニメ化事態が頓挫する可能性もあるから、覚悟はしておいたほうがいいと言われたことも覚えています。

 

 その時も、僕は自分に言い聞かせます。

「あんな忙しい超有名監督が、引きけてくれるわけないじゃないか」「他にも素晴らしいアニメ監督はたくさんいるさ」「それに、プロットの通った作品がボツになるくらいよくあることじゃないか」「こんなのは出版業界じゃ日常茶飯事で、誰も気にもしないことじゃないか」「ネットなんかにありふれてるよくある光景さ」。

 

 言い聞かせも、ここまでくると病的だな思えてきました。

 何かを自分に言い聞かせることで精神の安定を保っていたのかもしれません。


 年が明けると、僕はさっそくプロットをつくりはじめます。

 前の作品はボツになってしまったけれど、今度こそいいものを提案したいと色々考えてはみるのですが、ここまでくると良いアイディアは浮かびません。そして最悪なことに、「どうやったらプロットが通るか?」というろくでもない考えしか湧いてこないのです。

 それでも、何とか二本のプロットを送ります。しかし、編集者から一か月以上連絡がなく、こうなってくると嫌でも理解します。「プロットの出来がよくなかったのだろう」と。

 

 僕は、新しいプロットを一本立てて催促のメールと一緒に送ります。すると、直ぐに連絡があり、連絡が遅れたことへの謝罪と、今週中には何かしらかの返事を送れるという内容でした。まだ連絡が取れることに胸を撫でおろします。

 その一週間後、プロットの検討結果が送られてきます。2月の半ばのことです。

 最後に送ったプロットが形になるのではないかという話になり、一度電話で打ち合わせをしようということに。そして電話で打ち合わせをするのですが、この段になると、編集者と話が全く噛み合わなくなります。

 僕が面白いと思っている点が全く面白いと思われず、僕が全く面白くないと思う点が改稿に必要な部分だという話に。打ち合わせは平行線のままで、まるでお互いが別々の言語で話しているか、別の台本を見合わせているような気分になります。


 打ち合わせが終わった後に僕が思ったことは、このプロットが形になる未来が見えないということでした。

 そして予感として、これは出版までいかないと感じました。


「新しいプロットを用意するべきか?」そう思った時には、3月になっていました。

 そして、僕は気づくのです。

 この一年間、何もしていないということに。

 

 何一つ形にならまま、ただプロットをいじりまわしていただけだ、と。そう思ってしまった時の恐怖は、なかなか人には伝わりづらいと思います。一年間、毎日誰にも届かない手紙を書き続けて、それが部屋に積み上がっていたところを想像してみてください。365日分の誰にも読まれない手紙。それがどれだけ恐ろしいことか。

 その時、僕は震えました。

 

 普通の社会人が一日小説を書ける時間がどれくらいだろう? 多くて2時間から3時間ではないでしょうか。3時間も取れれば最高です。もちろん。その3時間をフルに文章に当てられずにネット見たりしてうだうだしてしまったりはするのですが。それでも、毎日2時間から3時間をかけて一生懸命に紡いできたものが全てゴミクズで、何一つ形にならなかったとを自覚した僕は、そこで我に返ります。夢から覚めたような気持になったのです。


 おそらく、僕はその時にこれまでのことを振り返ってしまったのだと思います。

 ソユーズが売れなかったこと。公式連載が直前で取りやめになったこと。企画の通った作品が、改稿を重ねることなくボツになってしまったこと。プロットについてまるで意見がかみ合わなかったこと。

 これまでのなにげない小さなこと積み上がり、僕の目の前は真っ暗になります。

 一つ一つは全て些細なことなのかもしれません。出版業界ではありがちな、笑い話になってしまうような出来事なのかもしれません。

 

 日常となんら変わらない風景。

 でも、この時の僕にはその光景が地獄のように見えました。

 未来どころか明日も見えない景色に。


 それでも、僕には拠り所のようなものが一つありました。

 アニメ化です。

 

 アニメ化さえすれば。これまでそう思い続けて、ここに至るまでは目を背けてきたことですが、いよいよもう縋りつくものはそれしかありません。しかし、僕はアニメ化についての続報を、今年に入ってから一度も聞いていませんでした。

 

 自分から聞いたことはありません。どうしてか聞けずにいました。おそらく、それが頓挫してしまったら、白紙に戻ってしまったら、全てが終わってしまうという予感のようなものがあったからなのかもしれません。最後の拠り所だから。そういうことだったのかもしれません。

 

 編集者がこれまで売れなかった作家である僕に付き合って、僕のプロットをこれまで見てくれたのも、おそらくはアニメ化があるからなのだと。そんなふうに思うようになっていました。アニメ化が決まらないから、プロットも通らないのだろうと。

 この精神状態はさすがにヤバいなと思い、いよいよ、自分からアニメ化についてお伺いを立てます。それと一緒に、プロットがうまくまとまらないこと、おそらくライト文芸的な作品を書くのが難しいこと、そして「ソユーズのTrack2はどうでしょうか?」と、これまで胸に秘めていたことを提案します。

 自分でも、これが決定的な何かを招くような気はしていました。というよりも、僕はどこかで終わりを探していたのかもしれません。この先の見えない暗闇から抜け出すための切っ掛けを。


 返事は、直ぐに返ってきました。

 内容は端的に言えば2点です。

 ソユーズのTrack2のようなものをそのまま出版する商業版元はないだろう、と。そのための技術やアプローチが全く足りていない。ネームバリューのある作家じゃないと無理だろうということでした。

 ここについては、後述します。


 もう一点は、アニメ化はまだ流れていないけれど、何度もトライできるものでもないので、進捗を伺ってみる。でも、僕がもうトライしなくていいというなら、取り下げてもらう。自分としては、プロデューサーが諦めるまでは続けたい。そう言ったものでした。


 3月25日のこのメールを受け取って、僕はもう無理だと思い至ります。

 ソユーズの話に戻りますが、僕はこれまで、僕も編集者も「ひとりぼっちのソユーズ」のTrack1からTrack3までを面白いと、出版にたる物語だと思っていて、その価値観を共有したうえで、一緒に作品を作っているのだと思っていました。大前提としてTrack1の以降の物語、書籍化された後の物語も、上手くいけば出版できる可能性があるのだと信じてきました。

 結果それはうまくいかず、アニメ化が決まればという話で流されてきましたが、この段になって、Track2は技術もアプローチも足りてない、ネームバリューがなければ出版する版元は存在しない作品だったんだと思い知る結果になりました。

 

 これに関して、僕はひどく傷つきました。

 これまで傷ついてないとは言いません。でも、それは我慢のできる傷でした。痛みは感じても、出血はしても、自分でコントロールできる痛みでした。でも、この傷は痛みを抑えることも、我慢をすることもできない傷です。

 それは、僕にとって後遺症の残る傷です。おそらく、永遠に消えることのない傷跡になる傷です。


 僕は「ひとりぼっちのソユーズ」に関して、Trackを重ねるごとに面白くなっているとずっと思ってきました。少しずつ物語の世界観が広がるように、少しずつ話のスケールが大きくなるように、丁寧に物語を書いたつもりです。

 多くの人がそれを読んでくれて、そう思って応援して打ち上げてくれたから、カクヨムでたくさんの人に読まれるSF長編となり、出版まで打ちあがったんだと思います。

 カクヨムでもらったたくさんのレビューを読んでもらえれば、多くの読者がそう思ってくれていたというのは伝わると思います。

 でも、僕の編集者はそうじゃなかった。真意は分かりません。最初からTrack2以降は出版する気がなかったのか、それとも売れれば出版まで行けたのか、それは分かりません。

 

 このメールを見た時、僕はどうしたらいいのか分からなくなりました。「大丈夫。まだアニメ化があるじゃないか」と言い聞かせる気力はもうありません。もはや、編集者と一緒に物語をつくることは無理だと感じてしまったからです。それはもう無理なことなのだと、自分が心を閉ざしてしまったことを自分自身が理解したからです。

 それでも一縷の望みにかけて、アニメ化が決まるなり、それが流れるなりを待つという選択もありました。冷戦のような一時を過ごして、何かが変わるのを待ってみるのも一つの手なんじゃないかと。一緒に物語はつくれないけど、それでもアニメ化は実現してくれるのでは、という期待を抱くこともできした。

 

 前述のとおり、僕の担当編集者はアニメ化作品を手掛けるとても優秀な方です。これまでのアドバイスも指摘も、全て的を射たものでした。それだけは、確かです。


 でも、おそらくそうなってもソユーズのTrack2、Track3は形にはならないだろうな。僕には、そんな予感がありました。僕はもう、そんな未来を信じられなくなっていました。それに、アニメ化が実現するのはいつだろう? 決定するのは半年後? そこから公開までは早くて2年後? 遅くて3年後? それまで僕は何をしているんだろう? 形になる可能性のない物語を抱えて悪戯に時間を過ごすだけ? 

 

 何一つ確かなことがないことに震えました。

 自分の力で未来を描けないことに暮れました。

 

 最後に僕の背中を押したのは、編集者のメールに書いてあった「僕がもうトライしてほしくないなら、先方に伝えます」この一文でした。

 

 これで、僕はアニメ化を白紙にしてもらおうと決心します。

 

 とるに足らない文章です。幾分かの配慮には欠けているけれど、こんなものは言葉の綾です。僕の捻じれた心が上げ足を取ろうとしているだけです。それでも、僕はこの文章を読んだとき、もう決定的に無理だなと思ってしまいました。そう思ってしまったら、あとはもう転がり落ちるだけです。それは、もう止められないものでした。


 このメールをもらった三時間後には、僕はアニメ化を白紙にしてくださいと打診していました。3月25日のことです。


 そこから、僕は身の振り方を考え、まずは「ひとりぼっちのソユーズ」の続編が出せなくなってしまったこと、アニメ化のオファーがあったけれどそれを断ってしまったことを、正直に読者に報告しなくちゃいけないと思いました。ひどく気が滅入る話で、黙ったままカクヨムを去りたいと思いましたが、これだけは報告しなくちゃいけないと思い、このエッセイを書いています。

 

 何故なら「ひとりぼっちのソユーズ」は書籍化から以前から、まだ連載中の頃、もっと言ってしまえば投稿をはじめた当初から、ずっと読者に映像化をしてほしいと言っていただけてた物語だからです。僕はそう言ったレビューをもらうたびに、そんな未来がいつかきたらいいなあと思っていました。

 連載をしている最中、僕はソユーズが書籍化するとは思っていなかったので、なおのことそう思ったことを覚えています。昨日のことのように。

 

 あと少しでその未来が実現したかもしれない段階で、それを自ら手放してしまったことを深く謝りたいからこそ、僕はこのエッセイを書いています。僕の力が及ばず、このような形で無意味な終わりを迎えてしまったことを、深く申し訳なく思います。ほんとうにごめんなさい。


 正直なところ、何の意味もない文章を長々と書いていているのですが、当初の予定ではこんなに長く文章を書くつもりはありませんでした。続編が出ないこと、アニメ化のオファーを断ってしまったことを報告すだけのつもりでした。

 でも、この文章を書いている最中に僕の担当編集者からメールがあり、僕はそれを読んでひどく混乱してしまいました。

 だからこそ、僕はゴールも見えずにこの文章を書いています。おそらく、このままいくらでも文章を書くとができると思います。5万字でも10万字でも。


 それくらい、僕は混乱しています。

 混乱というよりは、どう自分の気持ちを落ち着けたらいいのか分からずにいる。どのようにしてこの文章を終えたらいいのか分からくなっている。というのが、本当のところだと思います。

 

 これまで、自分の話を全くしてこず、自分のことを文章にしてこなかったので、この文章をどう締めくくったらいいのか分からくなっているんだと思います。自分の話とは、どのように終わるのが正しいのか、それが全く見えていないんだと思います。


 現在の時刻は3月28日の2時33分なのですが、もう4時間くらいぶっ通しで文章を打ち込んでいます。

 

 ここまでの長い文章を書くに至った編集者のメール(3月28日になる少し前のメール)というのが、僕が「アニメ化を白紙にしてほしい」と送ったことへの返事なのですが、その中で「ソユーズは出版するべきではなかった。失敗だった」と書かれていました。この内容に、僕は混乱をしました。

 

 僕は「ひとりぼっちのソユーズ」の書籍化は、失敗だとは思っていませんでした。確かに売り上げが立たず、続編の目途はなかったけれど、それでも一緒に作り上げた物語は、お互いに一生懸命に向きあって書き上げた物語は、けっして失敗なんかじゃなく、読んでくれた人に何かを残すことができた物語だったんじゃないかなと思っていたからです。

 だからこそ、国民的アニメを手掛けるプロデューサーがアニメ化にと望んでくれたのだと思い込んでいました。

 もしかしたら、そんなプロデューサーは存在しないのかもしれません。僕の頭の中でつくりあげた幻なのかもしれません。そう言えば、僕は一度もそのプロデューサーにお会いしていません。声をきいたこともありません。次回はお持ちしますと言っていたアニメ化の資料や企画書などは、ついぞ目の前には現れませんでした。

 

 やれやれ。フィリップ・K・ディックの世界に入り込んでいるような気分になってきました。僕は目覚めたら火星にいるかもしれません。


 正直に言うと、僕は自分の編集者の力を信じていました。この人と一緒につくりあげたから「ひとりぼっちのソユーズ」は完成したんじゃないかと、強く信じていました。出版する前のナーバスな時期に「評判が悪かったら全部編集のせいにしてくださお」と言ってくれたおかげで、安心して出版を迎えることができました。今でも感謝しています。

 一緒につくれば、Track2もTrack3もきっとカクヨムで公開している以上に素晴らしい物語になると信じて、その未来を目指して来ました。けれど、それは僕だけが見ている未来だったのかもしれません。存在するはずのない景色だったのかもしれません。


 僕は今でも、編集者に明確に失敗だと言われても、僕たちが世に送り出した「ひとりぼっちのソユーズ」が失敗だとは思っていません。思えません。

 

 それは、ソユーズを面白いと言ってくれた全ての人を裏切る行為です。僕自身を、僕たち自身を裏切る行為です。だから、僕は今でも素晴らしい物語を世に送り出せたと信じています。面白いと言ってくれた人、レビューをくれた人、朗読をしてくれた人、YouTubeで紹介をしてくれた人、イラストを送ってくれた人、購入してくれた人、宣伝をしてくれた人、勧めてくれた人、ブログで紹介してくれた人、雑誌に載せてくださった編集部や編集者、もちろん僕の担当編集者も、全ての人に感謝をしているからこそ、僕はこの文章を書いています。


 ここにきてオチが見てきたので少し胸を撫でおろしています。


「ひとりぼっちのソユーズ」は幸せな作品です。本来、書籍化するような作品ではなかったものが、たくさん人の応援で書籍化した奇跡の星です。だからこそ、僕はこの作品を最後まで出版したいと、最後まで形にして多くの人に読んでもらいたいと思ったのでしょう。

 

 自分のことなんか1文字を書きたくないのに、こんなに長々と自分のことを書いて醜態をさらしているのは、今日のことを死ぬまで恥じるのにこんな文章を書いているのは、おそらくそのせいです。


 物語を完結させられなくて本当に申し訳なく思います。

 僕の作品をアニメ化に推してくださったプロデューサー様には、深いお礼と謝罪を申し上げます。でも、アニメ化に推してくださったことは僕の自信につながりました。これから先も物語を書いていくうえで、とても大きな糧になります。

 

 読者の皆様には、「ありがとう」と「ごめんなさい」しかありません。

 

 たったそれだけが言いたいために、ずいぶんと長い遠回りをしてしまいました。

 僕は文章を長く書く癖があるので、その癖が出てしまったんだと思います。ご愛嬌というものです。


 こんなしみったれた文章を長々しく書いてますが、別にさよならを言うつもりではありません。僕はこれからも普通にTwitterで飯とアニメとくだらないツイートをして、またカクヨムで何かを投稿すると思います。ぜんぶいつも通りです。

 こんな文章を読まされた後で、どの面下げて普通に振舞って明るくしているんだと思うかもしれませんが。そこもご愛嬌ということで。


 これから先どうするかはまるで分かりませんし、とにかく明日が見えない状況ですが。と言っても死ぬわけでも、路頭に迷うわけでもないので気は楽ですね。

 それでも、またどこかを目指して歩き出したいと思います。

 できれば、僕がたどり着く景色に多くの人を連れて行って、その景色を一緒に見られたらいいなあと思います。

 今の所、そんな明日は見えませんが。

 

 でも、ものすごく小説が書きたいということだけは確かです。

 こんなことになっても、僕は小説を書きたいと思っているので、なかなかの幸せ者だと思います。


 よし。何とか震える手を押さえつけて終わりまで書き終わりました。ぶっ倒れることも、精神に異常をきたすことも、火星にたどり着くこともなく、今終わりの言葉を懸命に探しています。

 まぁ、朝起きたら火星という可能性はありますけど。

 それに全てが夢だったらと思わなくはないけれど、どうせ僕はまた小説を書いて同じような目に合うと思うので、そんな夢は見ないほうがマシですね。この文章を2度も3度も書いていると思うと、地獄過ぎてゲロを吐きそうになります。まさに地獄絵図だ。前世の僕はいったいどんな罪を犯して、どのような業を背負ったというのだろうか?


 そんな悪夢を見ないことを願って、今夜はもう寝ます。

 明日は少しでもマシな夢が見られるように。


 こんな文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。

 あまり読まれて嬉しい文章じゃないけれど、それでも僕の文章なので最後まで読んでもらえるとやはり嬉しいものなのだと思います。翌日どう思うかは分かりませんが。

 たいして推敲もしないでアップすると思うので、かなり読みにくかったり、ひどい文章だったりしても怒らないでください。気が滅入ってしまうので。


 また明日。

 かしこ。


 了


 2019年3月28日4時13分。


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