応援コメント

第8話:女達の闘争」への応援コメント

  • 自分はこいこいプレイヤーじゃない上に、のみ役がないこいこいしか人と打ったことがないので、若干の感覚的な差があるのだと思うのですが、たぶん、打ち方のセオリーとして

    ①相手の穫れる札を増やさない
    ②相手に役を作らせない

    当然、自分は役を作るーーを大前提としてですが

    トセの一手目の桜の合わせは、目代を警戒したためですかね?
    結果論的には正解ですが、その時点では松の短がない、桜カスがくっついてなかったので、赤短、花見、三光は自力で確定できないのですが、仮に穫らなくても梅の短は手札にあるため、目代の赤短は阻止できますし、手札に桜に幕がないと教えなくてすむって私なんかは考えてしまいます

    手が揃って場とあってるならともかく、そうでないなら短やカスは足が速いので、安くても上がって流すこともできるし、自分が捲った札、しかも、役に関係する札をすかさず穫られる方がプレッシャーになるのですかね?

    この辺の感覚がこいこいメインじゃなく、しかも、やったとしても12回限定戦じゃないので、長丁場でしかやったことない人間との感覚のズレかなとも思えるため、場数を踏んでるトセの思考の深みがいまいち読み切れないですね

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    盃札の役、所謂「のみ役」の無い《こいこい》を普段打たれている上での御高察を拝読し、別視点からの戦略に触れる事が出来、大変嬉しく思います。

    今回、トセと目代が打っている《花ヶ岡式こいこい》では、二枚で五文を獲得出来る「のみ役」が存在します。その為、殆どの花ヶ岡高生は場に関連する札を認めた場合、最初にそれを取るか、或いはリスク軽減に動くかを考えます(勿論、例外の生徒もいます)。

    この場合、トセは第一手に《桜のカス》を短冊札に合わせて《赤短》への道を延ばしましたが、彼女の手札から考えても、及第点の一手かと思います。

    しかし、です。御推察の通り《桜のカス》を打つという事は、同時に目代へ「《三光》《花見で一杯》は私にとって遠い出来役です」と暴露するも同じです。目代は自分の実力を把握しており、それが他人を「どれ程威圧するか」も理解しています。

    結果、目代が「トセの上がりはまだ遅い」と看破するのは容易い事でしょう。私自身、トセの立場に置かれたとしたら、最初に打つ札は「安全牌」だと思います。

    但し、トセの打ち筋は「爆発的な文数で相手を捻じ伏せる」というものであります。また目代との間に生まれた確執は、多少なりともトセに大胆さ――或いは傲慢さをもたらしたのでしょうね。

    『起き札は踏め』という格言もある通り、起こした札を次々と取られて行くと、次第に戦意を喪失してしまいがちですし、第一戦略の「更新」が効かなくなります。トセは古来より伝わるオーソドックスな戦法を用い、目代の出方を計ったのでしょう。

    頂いた御意見を読み返す毎に、私の中に《こいこい》の戦略論が増えていくようです。今後も何か御座いましたら、是非コメントでお教え下さいませ。

    今後ともお暇の続く限り、拙作にお付き合い下さりますよう、よろしくお願い申し上げます。