第5話:想い人

「お祭りは楽しいけど……やっぱり見付からないねぇ」


「うん……でも、別に良いんだよ、絵実」


 一時間後、大抵の屋台を見て歩いた二人は境内近くのベンチで腰を下ろしていた。二人の間には大量の景品(チープな玩具ばかりだった)と、食べ切れるか危うい量の食べ物が置かれている。


 結局――梨子は「想い人」を発見する事が出来なかった。


 心の奥底で、彼女は「結果」を予想してはいたが、実際に直面すると……多少の落ち込みがあった。


 梨子は林檎飴を舐めながら、絵実に微笑み掛けた。


「だけど……こうして、二人で思いっ切り遊んだのも久しぶりだし……それだけでも、今日お祭りに来られて良かったんだ。ありがとう、絵実」


「梨子……花ヶ岡はこんな淑女を育てるんだね」


「よく分からないけど……褒め言葉、かな?」


 二人は笑い合い、少し離れた位置を流れる人の群れを見つめた。絵実が思い付いたように言った。


「私達、青春しているね」


「青春?」


「そう、青春。歳を取って、結婚して……いつの日か分からないけど、必ず今日の事を思い出すんだよ。『そういえば、梨子の好きな人を捜しながら、お祭りで遊びまくったなぁ』って」


「何か、恥ずかしいね」


 梨子は照れながら、「私も思い出すと思う」と夜空を見上げた。屋台の照明に負けぬよう輝く一等星が、手に取れる程近くに見えた。


「人混みから捜し出すって相当難しいのに、どうしてあの時は『出来るかも』と思ったんだろう……って」


 ポン、と手を打った絵実が返した。


「青春は、自信を持たせてくれるもの、なんじゃない? 『私なら出来る!』みたいな?」


 フルーツジュースを飲みつつ、絵実は笑った。


「結局さ、最後は選ばれるか選ばれないかのどちらかだもん。勝つか、負けるか……《こいこい》、だっけ? それだって同じでしょ?」


 だったら――と、力強い声で絵実は拳を握った。


「勝負するしかないじゃん! 私よりも、梨子の方がずっと勝負慣れしていると思うし!」


 絵実は「決まったね」と誇らしげに胸を張り、そのまま立ち上がった。


「どうしたの、絵実」


「ちょっと……まぁ、その、お花を摘んで来ようかなと」


 二人は俄に「トイレ」の方を見やった。最後尾はのでは……と思える程の行列だった。


「……間に合うの、あれ」


 絵実は苦笑いし、髪を掻き上げて言い放った。


「もしもの時は、野生児になるよ」


 どういう意味で言っているの……と顔を引き攣らせる梨子と別れ、絵実は行列の最後尾へと向かった。




 仕方無い、お好み焼きを食べようかな――梨子は鰹節が踊らなくなったお好み焼きを取り出し、割り箸で端を切り取ろうとした時……。


「どうもぉ」


 不意に、後ろから声を掛けて来る者がいた。若い男が三人、梨子を囲むようにして近付いて来た。その場を立ち去ろうとした彼女を、一人が「まぁまぁ」と肩を掴み、無理矢理その場に座らせた。


「いや、別に乱暴はしないって。俺達さぁ、純粋に誰かと遊びたいなぁって思っているだけだから」


「そうそう、君、一人? 男とかいるの?」


 ニヤニヤと笑う三人組。二人は既に梨子の両隣に座っており、肩に手を回して馴れ馴れしく喋り続ける。


「てかさぁ、めっちゃ可愛くない? 言われない? 絶対言われているでしょ?」


 俺、一目惚れしちゃったわぁ――嫌らしい笑い声を上げる男は、「ぶっちゃけさぁ」と低い声で問い掛けた。


「羽目、外したいから来てんでしょ? ここに」


 アハハハハ……と男達は笑った。対する梨子は心臓を締め付けられるような恐怖に怯え、黙したまま地面を見つめていた。




 絵実、来ちゃ駄目だからね……。




 友人を庇いながらも、しかし梨子は活路を見出せずに困窮していた。抵抗しようにも梨子は女であり、また武術の素養も無い。かといって走り出したくとも正面に一人、両隣に二人と邪魔者がいる。まさに――。


 絶体絶命であった。


「黙っているけどさぁ、一人じゃなくて誰かと……それも女の子と来ているよね。分かっちゃうんだよねぇ。俺達ぐらいになるとさ、買っているものとかで見抜いちゃうもんね」


 ゲラゲラと冗談を言い合い、笑う男達に……梨子は恐怖の余り、財布を渡して見逃して貰おうかとすら考えた。


 梨子が涙を堪え、財布に手を伸ばした瞬間――。


「あっ、ようやく見付けましたよ! 連絡くらいして下さいよー」


 また別の、しかし「聞き憶えのある」声が前方から聞こえた。




 嘘、私の聞き間違いだよね? そんな事……無いよね? でも……この声は、この声だけは――私、絶対に間違わない!




「こ……!?」


 名字を呼ばれた男はニッコリと笑った。


 捜し求め、しかし「見付かりっこ無いだろう」と諦めていた想い人――近江龍一郎は、三人組に悟られぬよう、梨子に「アイコンタクト」をしたのであった。


 ――彼はそう言っている、と梨子は確信した。

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