左山梨子、邂逅す
第1話:電話口
『えーっ、梨子にそんな人がいたのぉ!?』
「ち、違うって……唯、そのぉ……」
『良いって良いってそういうのは! 気になって気になって仕方無いんだもんねぇ?』
顔を赤らめ、梨子は「うるさいよ」と口を尖らせた。耳に当てたスマートフォンからは、友人の
茂原絵実は小学生の頃より親交を深めていたが、中学三年生の秋頃に遠方へ引っ越してしまったのである。
遊びたくとも遊べない……さてどうしようか――考えた二人は、互いの長期休暇の時期が近付くと、どちらからともなく電話をし、「何処に行こうか」と計画を立てると決めていた。
梨子は網戸越しに煌めく星を見上げ、「でもさぁ」と呟く。
「私、ね……こういう事ってずっと……少なくとも、高校生の頃は無いって考えていたんだよね」
昼間と違い、風鈴は時々短冊を揺らして涼しげな音を立てた。名の分からぬ虫の声も重なり、実際の室温よりも幾分か過ごしやすく思えた。
『いやいや、それは違うって。女子高生だから、そういうのがあるんでしょ? 私も梨子も、女子高生の全盛期じゃん? この武器を使わなきゃ勿体無いって』
「武器って……。そういえば、絵実はまだ続いているの? ほら、前に話してくれた人と……」
『え? あぁ、アイツ? 別れた別れた! いちいちうるっさいんだよねぇ、俺以外の男と喋るなーとか、毎日電話しろーとか。ウザくて願い下げってやつ?』
随分明るいな……梨子は苦笑いしながらも、「未練とかは?」と問うてみた。小説、漫画のみで恋愛の知識を増やした梨子にとって、絵実の実体験は何物にも代え難い「宝玉」であった。
しかし、一方の絵実は変わらずハキハキとした声で「未練?」と返す。
『無い無い無い! なーんにも無いわ! いや、ぶっちゃけさぁ、別れたら涙がポロリ……みたいなのあるかなぁって思ったけど、実際はマジで流れないのさ! 私、別れたその日にケーキ食べに行ったもんね』
切り替えが物凄く早い絵実の性格は、梨子と全く対照的なものだった。梨子は日頃から小さな選択でも「本当に良かったのかなぁ」と後々思い悩む程である。
「絵実だから出来るんでしょー、そういうの……」
『何それ、褒めてんの? とにかく、気になるんだったらアタックしなきゃだよ。梨子は相手が年下だからーとか悩んでいるかもだけど、そんなの関係無いって』
「でもぉ……やっぱり同い年の方が、色々と良いかなぁって思うよ?」
放課後の廊下にて――想い人に寄り添っていた「少女」の姿が、不意に梨子の脳裏を過った。
同学年だからこそ、同じ階で生活が出来る。例え別のクラスだとしても自然と顔を合わせる機会は増え、時々合同授業だってある。
同い年というだけで、梨子よりも「少女」の方が圧倒的に有利なのだった。
梨子の悩みを、しかし絵実は「馬鹿だねー」と笑い飛ばした。
『年上のお姉さんなんだよ、梨子は? 年上の魅力をドーンとぶつけてやれば良いんだって』
梨子の頭上に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
「魅力……? 何だろう、勉強とか?」
『まぁそれも間違いじゃないけど、年上ったら、ほら、安心感をバンバン与えられるじゃん!』
全く分からない事柄が次々に現れ……梨子は両手でスマートフォンを押さえ、絵実の話を一言一句聞き逃さぬよう努めた。
「安心感……」
『そう、安心感だよ。相手は高校一年生、まだまだお子ちゃまだよね? そーれーを、梨子の母性? か何かで包み込んであげると……?』
「つ、包み込むと?」
絵実は自信ありげに言い切った。
『あっと言う間に恋に落ちます』
「…………」
『……いや、それは冗談――』
「母性って、どうやったら出るの?」
『おぉ……結構真に受けているねぇ』
絵実は「赤ちゃんを産んだら出るんじゃない?」と茶化すように言った。ムスッと梨子は頬を微かに膨らませる。
『母性は言い過ぎたかな……要するにさ、この人と一緒にいたら落ち着くなぁとか、安心するなぁとかさ。そういう風に相手が思えばこっちのものだよ』
「出来るかなぁ……」
お、何さ? と絵実が食い付いた。
『何かイベントでもあるの? 一緒に何処か行くとか』
「無いよ、何にも無い……うん……」
瞬間、梨子は駅にいたカップルの会話を思い出した。
浴衣、お祭り……きっと、あの子と行く……だろうなぁ。
『どしたの、梨子?』
「いや……ほら、お祭りあるでしょ、もうちょっとで」
『あー、あるねぇ。今年もサーカスとか来るのかなぁ。それで?』
「だから、ね……その……」
きっと彼は、同学年の女の子と行くだろうから、私に勝算はありません――という意味を伝えたかった梨子だが……。
『……あっ。な、る、ほ、ど、ねぇ』
絵実は企むような声で質問した。
『梨子、明後日は暇?』
「えっ、うん、暇だよ」
一応梨子はカレンダーを見やる、日付以外は何も書かれていない。予定は無かった。
『買いに行くよ』
何を買うの? 不安げな梨子の問いを捻じ伏せるように絵実は続けた。
『決まっているじゃん』
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