第66話:言葉の意味

マイカの不安そうな顔を横目に一人、頭の中で勇者について仮説を立てているとクロエが


「次の質問なんですけど、陛下は先ほどの会議で『犯罪者や盗賊の数より法律を守って暮らしいる人が多いのはどこの世界も同じこと云々』って言っていましたが…最後の部分ってどういう意味だったんですか?」


「あっ、それは私もちょっと気になってたんだよね。何となく言いたいことは分かったんだけど、どうにも腑に落ちないというか」


最後の部分ってことは、『それに世界は広いですからね……』ってところか。


「俺がその言葉を言う前にブノワの親父が、『日本人の犯罪に関する考えはかなり厳しめだと聞いてはいたが、少し厳しすぎるのではないか? あんまりあれだとその内シワ寄せがくるぞ』って言ってただろ? あれは今まで程度は違えど犯罪を犯すことによって自分の欲求をみたしていた屑が俺のせいでそれが出来なくなる。すると欲求が溜まり続け、何時か爆発するぞってことなんだけど…ここまではいいか?」


どうやら二人ともここまでは既に理解していたらしく、各自返事を返してきた。


「しかしたった一国が犯罪の取り締まりをいきなり強化したところで別に他の国はそうじゃない。もっと言うとこの国がやっている犯罪対策を真似できる国は一つもないし、もし俺がそれの技術提供をしたところでどうせ扱いきれない。つまりこの国で犯罪を行うのが難しくなったのならば他の国に行けばいいだけ。なんたって、……」


「じゃっ、じゃあ、『犯罪者には犯罪者なりに罪を犯す理由がある』っていうのはどういう意味なんですか? この言葉をそのまま受け取ると、まるでやむ得ない理由があるというようにも聞こえるのですが」


「そりゃそーだろ。別にまだこの世界に来てそんなに経ってないから偉そうなことを言えたもんじゃないけど、全員が全員恵まれた生活をしているわけでもなければ、全員分の仕事があるわけでもない。だから盗みをしてその日をなんとか生きている人達もいれば、盗賊として村や荷馬車を襲い生計を立てている奴もいる。まあただただ殺人を楽しんでる奴らもいるから全員がそうだとは言わないけどな」


この国だって孤児は一人もいなかったものの、屋台やお店から盗みを働き捕まった人達は既に何人かいる。そしてその殆どが働きたくても働き先がない人達である。


そこそこの戦闘技術はあるが冒険者としてやっていくには不安が多く、中々足を踏み出せずにいる人。これはやはり怪我をしようが何をしようが全て自己責任であり、生活の安定が見込めないことに対する不安が大きいという意見が多かった。


昔は冒険者だったが大きな怪我をしてしまった人。これに関しては日常生活を送るにはなんの問題もないが、今まで戦闘しかやってこなかったせいで他の仕事をするのが難しいという意見が多かった。


等々あげればキリがないほど理由は出てくるし、特にこの二つが理由で盗賊をやっているという奴らも俺は何人か見てきた。結局盗賊としてなら戦闘力が低い人達、主に商品を積んだ馬車や移動中の家族なんかを襲って売ればクエストを受けるより簡単に、しかもかなりの金額を得られるから楽なんだと。


「ですがその説明だと陛下は国民全員を救うのではなく正しいことをしている大多数には優しく手を差し伸べ、仕方なく悪事を働いている少数には何もしないどころかこの国から追い出すってことになりますよね? それって人としてどうかと思うのですが」


クロエの言いたいことは分かるし、俺が普通の一般人だったのならば同じことを言ったであろう。だがそれはもう昔のこと。今の俺はこの国の王になると決意をした者であり、ただの白崎宗司ではない。だからここで俺が言うべき言葉は


「あっちもこっちも助けてたら確実に国が潰れるし、正しいことをしている大多数の人々に手を差し伸べるのは当たり前。普通犯罪者に手を貸す国王がどこにいる? それにさっきから何度も言ってるが―――」


ここでクロエは俺の言葉を遮り…朝うちに来た時の怯え具合からは想像も出来ないほどの怒りが込められた眼差しでこっちを睨み付けながら


「世界は広い、ですか?」


「ああ。別にこの国じゃなくとも犯罪は出来るし、探せばもっと楽にそれが出来る国があるだろうよ」


そう言うとついに本人の中で我慢の限界がきたのか机を思いっきり叩きながら立ち上がり


「ティア様と二人でこの国の王様になる為に頑張っている姿を見た時は凄く尊敬しましたし、何より自分を犠牲にしてまでこの国を守りたいんだなっと思っていたのに……どうやら私の勘違いだったみたいですね。失礼します」


一応綺麗な一礼をした後クロエは静かに、しかし怒っているのがハッキリと分かる背中を見せながら会議室を出て行った。


「……マイカも嫌ならうちの仕事を辞めていいぞ。ある程度退職金は出すし、次の仕事先を探すのも手伝うから安心してくれ」


「いやいやいや、私辞めないからね。勝手に新しい就職先とか見つけてこないでよ」


俺がクロエと話してる間ずっと黙っていたのでもしかしたら…と思って転職を提案したのだが、どうやら本当に辞めるつもりはないらしい。


「それはありがたいが、マイカが今後も宰相を続けていく限り今回みたいな話が上がることも少なくないだろうし、宰相だけ辞めるっていう選択肢もあるぞ」


「う~ん、確かに今後もああいう話をしなきゃいけないって考えると辞めたくもなるけど…ソウジ君の宰相なら話は別かな。それに私だってミナ達に負けなないくらいソウジ君のことを見てるんだから、あんまり甘く見ないでよね♪」


マイカがどこまで知っているのかは知らないが、そう言うと今回使った自分のPC等を持って部屋を出て行った。その為俺は一人椅子に座り直し、少し休憩してからリビングに向かおうかと思った瞬間……とある人物が椅子越しとはいえ俺の背中に自分の上半身を押し付けながら、自然な流れで首に手を回してきた。


「お前、いつの間に俺の血を吸いやがった。というかどうやってこの部屋に入ってきたんだ? 全然気付かなかったぞ」


「血に関しては以前お主に用意してもらった緊急用のストックからじゃ。本当は直接吸うた方が新鮮で美味いのじゃが、クロエの様子がおかしかったのでわらわはお主のことが心配で心配でのう」


「よく言うぜ。これに関しては俺とお前の間で生まれたルーティーンとはいえ一々血を吸う必要はないはず。どうせ俺の血が飲みたいだけなんだろ?」


なんでもティアに言わせれば血液にもそれぞれ味があるらしく俺の血は他の物とは比べ物にならないほど美味いらしい。それとこれは完全にこいつの憶測だが、血液の味はそいつの魔力量や使える属性によって変わとかなんとか。まあその説が正しければ味の件は納得できる。


「じゃがお主もこっちの方が良かろう?」


「…………」


沈黙を肯定と取ったらしいティアはどこか揶揄うように笑った後…何時ものどこか冷たい、人を試すかのような声で


「お主、今回は随分と冷たいことを言ったようじゃの。マイカ相手ならまだしもクロエはただのギルド職員なんじゃし、何もあそこまで馬鹿正直に言わんでもよかったのではないかの?」


「今後も俺がこの国で王様をやっていく限りギルド職員の協力は必須。あれくらいのことで一々反応されてたら話にならないからな。簡単な面接をしただけだ」


「お陰で折角仲良うなったクロエに嫌われてしもうたがの。今後も同じ様なことを続ければまた親しい者に嫌われてしもうかもしれんぞ?」


「王様っていうのは良い国を作るためなら進んで嫌われるし、泥も被るって本に書いてあったぞ」


ちなみに本というのは前の城にあった書斎から貰ってきた物やミナに頼んで集めてもらった物であり、かなりの数がこの城の書庫に保管されている。


「でっ、どうじゃ進んで嫌われてみた感想は? もう国王など辞めたくなったかの?」


「少なくともお前らが俺の傍にいてくれる限りは大丈夫そうだな」


今の俺はこの城に住んでいる人達を守る為に国王になろうとしてるようなもんだからな。守るべき対象がいなくなれば話は別だが。


「嫌われることを恐れずに今後の本当の予定を外部の者に喋らなかったのは評価出来るのじゃが…一国の王としては微妙じゃの。まあこれに関しては仕方ないと言えばそれまでじゃが、国民に対する気持ちが足りん。よって今回は及第点じゃ」

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