第19話:女心が分からない (上)

結局俺は何が悪かったのか分からずどうしようか悩んでいると、セレスさんが俺の耳元に自分の顔を寄せ…小声で


「好きな男性が自分以外の女性には必要な物とはいえプレゼントを渡したのに、自分は何も貰えなかったというのは乙女心的にバツですよ旦那様」


「えっ、そうなの? いや……でも昨日あの二人には同じような物を渡してるんですけど」


「まあ別に出掛ける度に何かプレゼントが必要というわけではありませんが、今回はミナ様とリアーヌ君のお二人だけが女性陣の中で何も貰えていないわけですからね……。それに加えて旦那様にはかなりのご好意を寄せておられるようですし」


「つまり俺にその気がないならまだしも、少なからず悪くないと思っている以上何か用意しておいた方が良かったってことですか?」


確かに膝枕されてる時とか頭を撫でられてる時も抵抗しなかったし、俺の気持ちに気付かれててもおかしくないどころか………気付かない方がおかしいか。


「特にミナ様やリアーヌ君、エメ君は立場は違えど人を見る目がかなり重要な方々ですからね。旦那様のお気持ちなど手に取るように分かるのでしょう。それに女性というのは恋愛ごとには敏感ですからそんな御大層な能力が無くとも普通に気が付くものですよ」


「なっ、なるほど~。……でも今から買いに行ってもそういうのが買える店はほとんど閉まってるしな」


「そういう時はとにかく謝るしかありません。それに今回はまだ初犯ですので何とかなるかと」


いや初犯って。そんなに今回の件はマズいのか? まあいい…取り敢えず謝っとくか。


「……なんですかソウジ様。わざわざ私とリアーヌの前まで来て」


こわっ‼ どうしよう。本当は今すぐ逃げ出したいけど結局はここに帰って来なくちゃいけないし……黙って謝ろ。


「あのですね……今回は私の気が利かなかったせいでミナとリアーヌさんにはプレゼントというか、えー、何も用意してなくて……でも今からじゃちょっと用意するのが難しいん……ですよ」


「そうですね……こちらの世界のお店とご主人様の世界のお店の閉まる時間が同じなのかは存じ上げませんが、恐らく同じくらいなのではないでしょうか?」


「はい、そうです……。ですからその~、何というか……すいませんでした!」


久々に頭なんて下げたぞ俺。多分最後に頭を下げたのは大学の編入試験での面接の時だわ。まあでもこれで二人なら許してくれ


「でっ? ソウジ様は今後どうされる御つもりなのですか? まさか私達の気持ちを知っていながら一度謝って『はい終わり』……なんて言うつもりじゃありませんよね?」


「………………」


やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。これ完全にキレてるやつだわ。だって謝罪時に聞きたくない言葉ランキング第一位の『でっ?』が出てきたもん。


これを言われた側は相手が納得する答えを出すまで『そういうのはいらない』とか、『それはもう聞き飽きた』と言われ続けるという蟻地獄に嵌ってしまうのだ。しかも答えは自分で導き出さなければいけない為、人によっては東大受験の方が簡単だと思える程だろう。


「え~と、二人には明日アクセサリーか何か買ってきますんで―――」


「いえ、それでは私達がご主人様にたかっているようにしか見えませんのでご遠慮いたします」


「それに私達が怒った時は取り敢えず何かプレゼントを渡して謝れば機嫌が直ると思われても嫌ですし」


クッソ、物には釣られないタイプの女か。………メチャクチャ良い女じゃねーかよ! 今どきこんな良い子日本にはいねーぞ。


じゃなくて……マジで正解が分からん。誰か答え教えてくんねーかな。特にさっきから何もしないでずっとソファーでくつろいでるアベルとかさぁ。


つか、あいつには昨日すら何もあげてないのに怒ってないじゃん。ああ、別にこれは嫌いだからとかではなくて渡せる物が何も無かっただけだから勘違いしないように。というのもアベルの場合体のほとんどが人間と変わらないのだが、しっぽがあったりして普通の服では着れないので逆に用意出来なかったのだ。


まあ実はそのお詫びもかねて今日は酒を何本か用意してるんだけど、この状態でそれがバレたら………。


ん? アベルの奴一人で動いたりして何してんだ。そこからだと俺とセレスさんにしか見えて……まさか、俺のことを笑わせにきてるのか? にしては……つまんねーな。………そうか、ジェスチャーで何かを伝えようとしてるのか!


え~と、自分の首の前に親指を横向きにして……右にスライド。………なるほど。俺に死んで詫びろと。


ふざけんな! ………ん? 何が落ち着けだよ。また何かやり始めたな。……これは、誰かを抱きしめてるのか? 死んで詫びろの後に誰かを抱きしめる。死んだり抱きしめたり忙しいな、おい。


大体死んだら体を動かせないんだから抱きしめらんねーだろ。いくら魔力があれば何でも魔法が使える俺でもそれは。………何でも? もしかして何でもするって言えってか?


確かに『何でもするから許して』と言えば確実に正解へ辿り着ける。だが失敗すれば『結局何も分かっていない』と言われ、更に相手を怒らせてしまうという諸刃の剣だぞ。


でもそれ以外に何も思いつかないしここはアベルの案に賭けるか。


「お恥ずかしながら実は私、この年になってまだ一度も彼女とかいたことがないものでして女心というものがよく分からないんですよ。ですから正直自分でもどうかとは思うんですが……何でも言うことを聞くので今回だけは許してください!」


「「………………」」


なっ、なんだこの二人の無言は。もしかして俺は賭けに負けたのか? 剣折れちゃった感じ?


「ソウジ様」


「はっ、はい⁉」


「……実際のところソウジ様は私達のことをどう思っているのでしょうか?」


ここでその質問か~。正直ミナが相手じゃなければ適当に嘘でも並べて逃げるんだけど、あいつが持ってる嘘を見抜く能力を使われてたらお終いだ。最悪、次は無いだろうな。


「……正直に言えば俺は二人とも好きだし、俺の世界では一夫一妻が普通だったから男がハーレムを作ることに憧れはあった。でも実際自分がそういう状況に立たされて初めて気付いたんだけど……全員平等に好きだって思うのは普通に無理だわ。ほんのちょっとだろうと絶対に差が出る」


よく小説や漫画などで『自分のハーレムメンバーは全員平等に愛する』とかふざけたことを抜かした主人公がいるが、それは普通にあり得ないことだ。


何故なら人間誰しも好きな女の子の顔だったり、性格だったり、体形だったりがあるもの。なのに全員平等に愛してるだぁ? ふざけんな! そんなことがあり得るのは顔、性格、体形などが全て同じクローンだけだ。


まあ俺も最近まではハーレムメンバー全員平等に愛せるとか思ってた側の人間なんだけどさ……。


「ですがご主人様。それはいたって普通のことですし、それを承知の上で嫁入りされる女性は沢山おられます。それはお姫様だろうと一般市民だろうと関係ありません」


「それに奥さんが複数おられる王や貴族は沢山いますよ。まあ彼らの中には綺麗な女性を沢山侍らすことによって一種のステータスとしか思っていない方もいるでしょう。ですがソウジ様はそうでなく、私とリアーヌに対して多少の気持ちの差があれど両方好きだと思っているのなら、それで良いのではないでしょうか?」


これが一夫一妻が当たり前で育った人間と、一夫多妻も普通にありで育った人間の考え方の差か。


前者は相手を独り占めしたいという気持ちが強いが、後者は勿論自分が一番愛されたいけど…二番でも良いから愛されたいという気持ちがあるのだろう。


だがそれは嘘だ。どんな環境で育とうが結局人間というのは欲深い生き物。好きな人がいて、付き合うなり結婚なりすることになれば自分が一番愛されたいし、出来ることなら自分だけを見ていて欲しいもの。


つまりこの世界では一夫多妻が普通だから何も思わないんじゃなく、ただそのことについて考えていないだけだ。それが分からない程この二人は馬鹿じゃないはずである。

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