何が『おめでとう』なものか。

京丁椎

おめでとうございます。ありがとうございます。

 心から『おめでとう』と最後に人を祝ったのは何時だろう。もう忘れてしまった。社会人として二十年以上を過ごし、人の成功を見て祝う気持ちよりも妬む気持ちが勝ち始めたのはこの十年ほどか。


 同期が出世した祝いの席での『おめでとう』は妬みが半分以上だった。後輩が結婚した時の『おめでとう』は新婦の残念な顔を嘲笑ったものだった。先輩が家を建てた時の『おめでとう』はこれから払い続けるローン地獄に対する皮肉だった。


 俺はこの『おめでとう』と言う言葉が大嫌いだ。何がめでたいのか、何が楽しいのか、浮かれてはしゃいでいる大人を見ると腹が立つ。大人だけではない。ガキがはしゃいでいても腹が立つ。誕生日だとはしゃぐガキを見ては「楽しいのは今だけだ」と毒づき、誕生日だと周りにアピールするバカ女を見ては心で「老いへの一歩」と毒づく。


 そんな俺だから『おめでとう』と言われると虫唾が走る。もう気色悪い以外の何者でもない。引き攣った顔で『ありがとう』と言うのが精一杯。言葉の裏に何が隠れているのか、悪意しか隠れていないんじゃないか、だから俺の記念写真はぎこちない笑顔ばかりだったりする。


 一月と言えば正月。一年で最も『おめでとう』を言う季節だ。年賀状におどる『あけましておめでとう』の文字を見るたびに全てを燃やし尽くしたくなる。年が明けてもめでたくないのだ。地球は滅びの日に一歩一歩と近付き、生きとし生ける物は全て死へ近づく。めでたいどころか憂う事なのだ。一番めでたくなく、南無阿弥陀仏と念仏さえ唱えたいくらいだ。あと、成人式な。大人だから責任を持つって事だ。めでたいと浮かれるんじゃなくて気を引き締めやがれ。


 二月と言えば『おめでとう』をそれ程言わない季節。だけど四年に一度のオリンピックでアナウンサーが『おめでとう』と言うシーンを見かける。金メダリストへのおめでとうは『解説者になれて喰いっぱぐれないですね』の皮肉を込めた物にしか聞こえない。銀・銅メダリストには『負けたけど一応言っておくね』みたいな憐れみを感じる。


 いつからこんなひねくれ者になったのだ、俺は。


 三月はひな祭り。何がめでたいものか。着物を着ていた様な大昔は政略結婚や好きでも無い者同士の望まない結婚ばかりだったのではないか。お内裏様とお姫様の笑顔の裏に何が隠れているか、めでたい事なんか無い。三月と言えば卒業のシーズンでもある。卒業した所で次があるだけだ。中学へ進学すれば勉強は難しくなる。高校では試験試験と追い立てられ、大学に入れば学業と就活に明け暮れる。下手すれば悪い友人の一人や二人が出来て人生を踏み外すかもしれない。


 四月は入学・就職シーズン。めでたくなんか無い。ぬるま湯の様な環境から放り出されて悪戦苦闘の始まりだ。めでたいと言えば花見に来ている連中の頭の中くらい。その花見だって花粉症の俺には地獄でしかない。


 五月は一番大好きなシーズンだ。新人は五月病で苦しみ、辞めていく者も居る。ざまぁ見やがれ。ゴールデンウイークに憲法記念日なんてものはあるが、めでたくなんか無い。こんな物はGHQの押し付けた憲法だ。ただ、戦後七十年以上戦争が無いのだけは評価したい。


 六月なんて大嫌い。何がジューンブライドだ。雨の中の式では『足場の悪い中を……』なんて挨拶があるけど、足場が悪いのを分かっていて結婚式の計画を立てるんじゃねぇや。え? 子供が出来たから急いでですか? おめでとうございます(笑)


 七月から年末にかけてはめでたい事は無いなぁ。何か有ったっけ? 九月になると敬老の日が有ったな。だから何だって思う。だいたい老いぼれなんてそこら中でクソ偉そうにしているくせに。何がめでたいものか。とっとと人生と言う名の舞台から退きやがれ……と思われないように老いたい。


 そして季節が過ぎて今、俺は宴会場のステージに居る。会社が合併した記念の宴会で芸をするからだ。めでたくも無い吸収合併。吸収された側の社員が出世する訳が無い。あとは淡々と仕事をこなして定年まで過ごせれば御の字だろう。


 だが世間一般にはめでたい事らしい。今日も相棒は「倒産・失業が回避されただけでもめでたいじゃないか」と言って笑っていた。そして、俺が嫌だと言う役を引き受けてくれたのだ。毎回思うのだがめでたい奴だ。


「い~きま~す! オープン・ザ・傘!」

「ハイッ!」


 相方が毬を投げ、俺が蛇の目傘で受け止める。クルクルと傘を回して傘と言う舞台で毬を踊らせる。難しいが俺の周りを舞って場を盛り上げる相棒に比べれば大した労力ではない。普通より多めに回している事をアピールした後、毬を相棒に向かって跳ね上げ、受け止めた相棒が観客に笑顔で台詞を決める。そう、俺が世界で一番嫌いな決め台詞を。それを俺が締める。


「おめでとうございま~す!」

「ありがとうございま~す!」

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何が『おめでとう』なものか。 京丁椎 @kogannokaze1976

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