第14話「怪談でたまにあるアレ」

 何の滞りもなく俺たちは出発にこぎつけた。馬のいななき、蹄の音。物資と一部の人員を馬車に乗せて中央に配し、騎乗の人となった俺と教え子たちが馬車を挟み込む形で道をゆく。


「順調だな」

「そうですね、特別魔法教官。グレースの奴がいつもみたいに遅刻するかと思ってたんですが……」


 あいつも成長したんですかねと俺の隣で呟いたのは、教え子の一人。ただ、恥を承知で言うなら俺は彼の名前を覚えていなかった。だって、毎年入学してくる学生を多い時は三ケタの人数教えているのだ。毎年増える全員の顔と名前を覚えるのは、俺には無理だった。こう、特徴のある教え子なら名前は覚えているし、彼は○○ですよと再紹介されれば、ああそんな奴も居たなと思い出すこともある。ではどうやって隣国の国境に近い場所の出身者をリストアップできたかと言えば、これは副教官のおかげだ。補佐につけられただけあって記憶力は良いし、事務的な能力もすさまじい。それでついつい頼ってしまった結果、教え子の名前を覚えていないなんてことになるのだから、俺も結構駄目なやつかもしれないが。


「グレース、か」


 名前からすると女性だと思うが、駄目だ、思い出せない。


「はい。あいつ遅刻魔ですからね。授業に間に合わないことがあって出席日数ギリギリでしたし、『ひょっとして、あたし特別魔法教官に顔覚えられてないんじゃ?』なんて言ってましたが――」


 ごめん、グレースさん。その通りです。俺は心の中でとりあえず謝罪し。


「しっかし、今日はあいつの顔、みてないな……」

「は?」


 不思議な独言を聞いて思わず振り返る。


「見てないとはどういうことだ?」


 確か人員は人数通りで欠員はいないと聞いていたのだ。報告してきたのは副教官ではなく教え子の一人で、全員そろったと聞いた俺は――。


「あ゛っ」


 嫌な予感がする。猛烈に嫌な予感がする。これって前世の怪談とかでたまにあるパターンなのではなかろうか。こう、数えてみたら一人多いとか


「まぁ、今回は人数があっているが――」


 そのグレースさんが遅刻して、グレースさんと面識のない他の教え子が、誰かをグレースさんと勘違いしてカウントしてたとしたら。


「特別魔法教官? どうされました? 顔色が」

「いや、なんでもない」


 とっさになんでもないと言ってしまった。言ってしまったが、なんでもあるよ、大問題だよ。一人どこの誰かもわからない人間を連れてきてしまってるとしたら、大失態だ。今すぐ確認して、人違いなら送り返すべきか。


「だが……」


 送り返すにしても一人で返すわけにはいかない。事情説明兼護衛兼監視に人員を割かなくてはならないだろう。もしくはこれから立ち寄る最寄りの村か街で待機してもらうか。この場合、口止めが出来たなら人員を割く必要はなくなるが、その後の状況次第では拙いことになる。


「くっ」


 悩ましい。ここで確認するのは、教え子たちに恥をさらすことになる。隣の教え子がグレースさんを見ていないというのだから、紛れ込んだ人員が居るのは、おそらく馬車の中だろう。幌に隠れて中にいる人間の姿は窺い知ることが出来ないが、外の面々に紛れ込んでいたなら、誰も気づかないとは思えない。


「ここは……」


 馬車の中のモノが必要になったという理由でもでっち上げて馬車にお邪魔してみるべきか。だが、すぐには理由である必要になったモノが思いつかない。どうしたものか。


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