四、ラグナレク
第4.1話 雷神対世界蛇 - 1
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〈斧の時代〉、〈剣の時代〉、盾は深く傷を負うことでしょう。世界が破滅する前には、〈風の時代〉と〈狼の時代〉がやって来ます。
まず、ミッドガルドのすべてが、三冬に渡る戦争で破壊され、苦しめられるでしょう。父は息子を殺し、兄弟はお互いの血を浴びるのです。母は男たちを見捨てて、自らの息子を誘惑し、兄弟はその姉妹と寝台をともにします。
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K. クロスリィ・ホランド(著), 山室静(訳), 米原まり子(訳), 『北欧神話物語』, 青土社, 1983.「三十二 ラグナレク」より
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冬。冬。冬。三度続く長い冬のあとにさらに続く最も長い冬、〈
九世界は死にかけていたが、その原因が戦争などの九世界の内部で起きた事象が原因なのではなく、その外側――というよりもこの九世界を構築するもの、そのものに要因があることを知るものは少なかった。
〈
冷たすぎる冬は、〈霜の巨人〉の遺体の機能が完全に終焉を迎えつつあることの証左かもしれない。オーディンはそんな不安を感じていた。
だがまだこの九世界の終焉が訪れないことを、オーディンは感覚で知った。三度続く冬と〈冬の中の冬〉によって降り続け、積もり続け、固まり続けた雪がいつしか溶けていて、流れ出していたのだ。確実に気温は上がっていた。凍えそうな冬の中で、突如として炎が巻き上がるように気温が急上昇し始めたのだ。
オーディンは知っている。この熱が、九世界にとっては異物である己を、魔法を、〈呪われた三人〉を殺すために生じたのだということを。
だからオーディンは歓喜した。まだ九世界が死していないということに。死に抗おうとしているということに。
――こうして何度目になるかわからない〈
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第一平面アースガルドの第一世界グラズヘイムにいたイドゥンが気づいたのは、上方から襲ってくる大質量の物体だった。この九世界でこれほどまでに大きく重い物体は数えるほどしかない。
〈
第二平面ミッドガルドの海を飛び出し、第一平面にまで飛び上がってきたのだということは理解できた。なるほど、確かに翼が生えているものな、飛ぶくらいはできるものな、などと感心できたのは一瞬のことであり、すぐに落下してくる巨体への対処を考えなければいけなかった。〈世界蛇〉の巨体はおそらくグラズヘイムをまるごと押しつぶすだろう。
咄嗟に己の首からぶら下がる《金環ブリーシンガメン》に手をかける。この〈神々の宝物〉はこの九世界全体とほとんど同じだけの力を持つイドゥンの力を制御するための枷のようなものだが、同時にこの九世界の若さを保つためのものでもある。
独眼の主神オーディンが〈黄金の林檎〉と呼ぶこの機構は、簡単に外してしまって良いものではない。以前にスリュムヘイムで外したときにはロキを助けるために一瞬だけ外し、しかも力は極力抑えた。だがあの大質量を受け止めるために必要な力を考えると、間違いなく九世界に影響が出るだろう。
迷う余裕はなかった。〈世界蛇〉は目の前に迫っていた。イドゥンが〈世界蛇〉にこのまま踏み潰されたうえに《金環》さえも何らかの原因で破壊されてしまったら、この九世界は終わりだ。
ブリーシンガメンを外して、イドゥンは跳躍した。一瞬にして山ほどの高さまで上昇したイドゥンは、落ちてきた〈世界蛇〉の滑る身体をどうにか掴んだ。
掴んだのだ。
掴んだは良いが、ここからどうすれば良いのかイドゥンにはわからなかった。反射的に動いてしまった。このままでは、〈世界蛇〉とともに第一平面に落ちるだけだ。この勢いで落ちれば、第一平面そのものが崩壊してしまうかもしれない。
イドゥンはとにかく己の身体が先に地面に着地するようにした。蛇の身体を掴んだまま、両の足を下に向ける。
着地した場所は首都ヴァルハラの中心からは少し離れた場所にある小高い丘の上で、最初に落着の衝撃を受けたイドゥンの足元は砂で固められたものであったかのように砕けた。それだけでは無論のこと第二平面をまるごと囲えるとまで称された〈
「あ――」
これは、駄目だ。受け止めきれない。第一平面どころか、己の身体も潰されてしまう。
そう思った刹那、眼前が真っ白に染まった。鼻先を掠めて飛んでいったのは、絢爛に装飾された煌びやかな――しかし柄が短い槌。〈雷神〉の武器。〈巨人殺し〉。雷を纏う《雷槌ミョルニル》。
丘の下から打ち上げられるように投擲された〈神々の宝物〉、巨人族の戦争を経て柄が短くなった《雷槌ミョルニル》が〈世界蛇〉にぶち当たったのだ。〈世界蛇〉の身体はほとんど水平に弾き飛ばされ、西の山を破壊しながら小さくなっていき、最後には見えなくなった。
「トール……!」
危ないところだった、と息を吐き、手の表面についた粘液のような液体をスカートの裾で拭いながら、イドゥンはミョルニルが投射されてきた丘の下に視線を向けた。そこに立っているのは、イドゥンのみならず、このアースガルドの、否、九世界に住まう
だがイドゥンが目にしたのは瞼を閉じたまま動かぬ女を抱え、茫然と立ち尽くす男だった。
「トール………?」
女の名は知っていた。シフ。トールと仲の良い女性。イドゥン自身は会話を交わしたことはなかったが、〈雷神〉のそばにいるのをしばしば見かけた。シフの胸には黒々とした穴を開いていた。動いていなかった。死んでいるのがわかった。
「トール――」
「ロキはどこだ」
紫電のような冷たさを纏った声がトールから発せられたものだと、最初イドゥンは気付かなかった。
「ロキはどこだ。ロキは――」
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