豪華客船のお宝

5-1.

 人の多いところは苦手だ。しかし、駅前、イベント、何かの祭り、行列など、総じて人の多いところには魅力的な食べ物があるものだ。

「これだけ人が多くても、歌ヶ江さんは見失いませんね」

たこ焼きの屋台に後ろ髪引かれながら神社の参拝列に並ぶ中、寒さで鼻の頭が赤くなっている春日原が笑った。

「……学生の頃……。駅で味坂を待ってたら、知らない女の子たちの待ち合わせスポットにされたことある……」

隣にいた女子は人混みで一人はぐれてしまったようで、電話で友人と連絡を取っていたのだが、目印になりそうなものを訊かれて『えっとねえ、めっちゃ背が高い銀髪のお兄さんが隣にいる』と間違いなく俺以外にいなさそうな特徴を挙げ、探しに来た友人たちと無事に合流していた。

「役に立って良かったじゃないですか」

「銅像と同じ扱いはちょっと……」

もし合流する前に俺が場所を移動していたら、彼女たちはどうするつもりだったのだろう。実は遠くから一部始終を見ていた味坂が大笑いしていたので、とりあえずどついた。


 参拝を済ませ、テントで売られていた甘酒を買って飲みながら歩く。丁度昼時だ。並んでいる間に空いた腹に、素朴な甘さが染みる。

「歌ヶ江さんは、何をお願いしたんですか?」

紙コップで手を温めながら、春日原が訊ねた。

「……去年より平和に過ごせますようにって……」

警察と知り合いになったり事件に巻き込まれたり、去年は何かと物騒な年だった。今年は平穏無事に過ごしたいものだ。正月から春日原に連れ出されている時点で、あまり期待はできそうにないが。

「……春日原は?」

「僕ですか? 今年も楽しく暮らせますようにとお願いしてきました」

俺よりも波瀾万丈な暮らしをしているだろうに、今年『も』とは随分大らかなお願いだ。

 と、

「あっ!」

不意に女性とぶつかり、飲みかけの甘酒を取り落としてしまった。

「あっ、ごめんなさ……」

スマートフォンから顔を上げた女性は、想定外に高い位置にあった頭にびくっと震えて一歩下がった後、口を丸く開けて固まった。

「……こちらこそ、すみません……」

女性のブーツに甘酒が掛かってしまった。女性は俺の声で我に返ると、

「いえ、あたしが前見てなかったからです!」

慌てて紙コップを拾い上げた。

「あたし、新しいの買ってきます」

「いえ、そんな……」

ぺこぺこと何度も頭を下げ、俺の返事も訊かずに即座に踵を返す女性。

「なんだか、せっかちな人ですね」

春日原は不思議そうに女性の後ろ姿を見送り、自分の甘酒を飲んだ。


 戻ってきた女性は、俺に押しつけるように甘酒を渡し、そそくさといなくなった。

「せっかくですから、頂いていいんじゃないですか」

春日原に言われ、ありがたく甘酒のおかわりを飲むことにする。

「お昼ご飯は何にしましょうか。あ、歌ヶ江さん、ケバブ屋さんがありますよ」

巨大な肉の塊が鎮座する屋台を見つけ、小走りで寄っていく春日原は、相変わらず未成年にしか見えない。後を追ってケバブを買い、二人揃って店の脇で早速齧り付いていると、見る見るうちにケバブ屋に人が集まり始めた。

「歌ヶ江さん、宣伝塔ですね」

「……昼だからじゃないの?」

「そうかもしれません」

アハハと何やら含みを持たせて笑う春日原。何が言いたいのだと口を開きかけた時、

「歌ヶ江?」

突然、名前を呼ばれた。

「ああ、やっぱり歌ヶ江だ。久しぶりだなあ、あけましておめでとう」

にこやかに寄ってきたのは、四角い黒縁眼鏡を掛けた男性だった。

「……えっと……」

どこかで見たような、しかし名前が出てこない。

「高校で同じクラスだった、青山だよ」

「……青山……」

記憶を遡ってみるが、結局思い出せない。

「まあ、覚えてないかな。同じクラスだったの、一学期だけだったし」

「一学期だけ、ですか?」

春日原が首を傾げる。

「……俺、事故で留年したから」

一年の二学期、始業式早々に車に撥ねられたのだ。想定外の大怪我で入院とリハビリに数ヶ月掛かり、出席日数が足りなくなったため休学して、翌年にもう一度一学期からやり直した。

「え! そうだったんですか」

珍しく、春日原が驚いていた。

「……味坂から、聞いてると思ってた」

「聞いてませんよォ。味坂さんのほうが一つ歳下なので、不思議だなとは思ってましたが」

どうでもいいことはべらべら喋るくせに、妙なところで義理堅い男だ。

「随分歳の離れた友達がいるんだね」

「やだなァ、四つしか違いませんよ。こう見えて、もう働いてます」

もはやお馴染みの光景になりつつある、滑らかな名刺渡し。

「柳川お悩み相談所の、春日原くん……。え、四つってことは、きみ二十歳?」

便利屋の名刺を受け取り、青山が目を丸くしていた。ダウンコートとマフラーでもこもことした春日原は、余計幼く見える。

「てっきり、ウチの学校の生徒と変わらないくらいかと……」

「なるほど、青山さんは先生ですか。……ちなみに、中学と高校どちらです?」

「ごめん、中学だよ」

目を逸らす青山。

「アハハ、神様に貫禄と身長をお願いしてくるべきでしたね」

さほど気にしている様子もなくあっけらかんと笑う春日原に、青山は思わず苦笑いを返した。

「えーと……。歌ヶ江は、今何の仕事をしてるんだ?」

「……フリーライター……」

「へえ、そういえば高校の頃は、ずっと読書してたもんなあ。読むほうから書くほうになったのか。すごいなあ」

こちらは何一つ覚えていないのに、一方的に覚えられていて居心地が悪い。しかし、あと少しで思い出せそうな、どこかに引っかかっているような感覚はあった。

「ところで、青山先生はお一人で初詣ですか?」

「あっ、うわ、あと三分しかない。一時に待ち合わせなんだよ、気付いてくれてありがとう! 歌ヶ江、春日原くんも、またどこかで!」

「いえいえ。何かありましたら、便利屋にご連絡くださいねー」

腕時計を見た青山は、挨拶もそこそこに慌ただしく人垣の中へ消えた。

「……商魂逞しいね……」

営業スマイルで見送った春日原に半ば呆れていた時、

『すごいなあ、歌ヶ江。名探偵じゃん』

脳裏を声が過った。

「……あ」

「どうしました?」

小さく声を漏らした俺を、春日原が見上げる。

「思い出した……。……『青山学(あおやままなぶ)』だ……」

記憶の中の詰め襟の制服を着た眼鏡の男子生徒と、今し方まで話していた青山の顔が、ようやく一致した。

「まあ、また会うこともないだろうし……」

「そういうこと言ってると、案外すぐに再会しますよ」

そういうことを言われると、本当になりそうだからやめてくれ。


――そして案の定、春日原の予言にも似た言葉は事実になる。

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