4-3.
「仮にヒロさんが犯人だったとしたら、そんな残酷な殺し方をする動機はあるのでしょうか」
春日原が動機を気にするのは珍しい。殺され方が気になっているようだった。
「一応、他の三人を殺す動機らしきものはちらほら出てきました。ケンイチさんは貸したお金の返済が滞っていて、カナエさんには先月告白した際に酷く振られていて、ミチカさんはその時の様子を録画していて執拗にからかっていたとか」
どいつもこいつも、という感じだ。
「でも、他の被害者たちにも相互に恨みはあるというか……。ケンイチさんはヒロさんからだけでなくカナエさんからもお金を借りていましたし、交際していたミチカさんとは別れたがっていたそうです」
更に、カナエはヒロから迫られて困っていた上、実はケンイチのことが好きで、なかなか別れようとしないミチカを恨んでいた。ミチカはケンイチに別れを切り出されていた他、昔ヒロと付き合っていた頃に撮った写真のデータを消してもらえずに愚痴を言っていた、カナエとはそもそも馬があっておらずしょっちゅう喧嘩していた、など、たった四人の中にいくつも矢印が交差する状態になっていたらしい。
それを聞いていた飯島刑事が、ぱっと顔を上げた。
「犯人はケンイチさんじゃない? 前の二人を殺した後、予めヒロさんがコーヒーを飲むことを見越して毒を仕込んでおいて、自分は先にナイフで」
「なるほど! 一理あるかも」
「……」
しかし、春日原の反応は芳しくない。首を傾げて、何か考えていた。
「……どうしたの」
「歌ヶ江さんだったら、どうしますか? 一人ずつ、じわじわと恐怖を与えながら殺したいくらい憎い相手が三人いたら」
「……味坂みたいなのが三人?」
「それは聞かなかったことにしますね」
アハハと笑い飛ばされた。嬲り殺し系サスペンスを楽しむ趣味はないが、味坂にはできる限り苦しみながら死んでほしいと思うことがある。
「一人ずつ殺すことに意味があると……。確かに、じわじわとヒロさんを追い詰めているようにも感じられます」
峰月刑事が、うんうんと頷いている。
「……それなら」
そういう理由でまどろっこしい殺害方法を選ぶ犯人だとしたら。二人の刑事の視線が集まるのを感じながら、渋々続けた。
「……最後の一人が死ぬ様子も、見たいんじゃないかな」
おそらくは危ない発言だった。案の定、室内はしんと静まりかえってしまった。
「えーと……。じゃあ、外部犯でしょうか。四人の知り合いの五人目が、別荘に被害者たちを呼び出して……?」
「一応その線も考えて、四人の知り合いを当たってみてはいるんだけど……。今のところ、四人全員に殺したいほどの恨みを持ってるって人は見つかってないよ」
同期にすぐに否定されて、飯島刑事がしゅんとなる。
「――という感じで、八方塞がりと言いますか……」
峰月刑事も肩を落とし、深いため息をついた。話を聞きながら片手間で調べたネット情報によると、観光客を標的にする狂人が山に潜んでいるのではないかとか、あらぬ噂を立てられているようだ。地元警察は気が気ではあるまい。
「五人目にしても、快楽殺人犯にしても、断続的に雪が降っていたようですから、外部から誰かが侵入するのは大変じゃないでしょうか」
「そうなんです。隣の別荘とはいずれも少し距離がありますし、他にあの雪の中潜めるような場所や、車の跡などもありませんでした」
春日原も、外部からの侵入者という線には否定的なようだ。峰月刑事の報告を聞いて、不意に訊ねた。
「警察が駆けつけた時、カナエさんとミチカさんのご遺体の様子は、どんな風でしたか?」
「遺体ですか? カナエさんはブログの通り、割り当てられた部屋に寝かされていました。首には細い紐状のもので首を絞められた跡がありました」
凶器は別荘のあちこちにある、備品の延長コードだったそうだ。
「ミチカさんも同じく、近くの崖の下ですぐに見つかりました。全身に打撲と擦過傷がありましたが、直接の死因は凍死だそうです」
「なるほど、凍死……」
春日原は訳知り顔で頷いているが、俺は凍死がどんなものなのか知らない。話を聞いているふりをして再びスマートフォンに手を伸ばし、凍死と打ち込んで調べ――読み進めるうちに、気付いてしまった。
「どうしました、歌ヶ江さん」
画面を見たまま固まっている俺に、春日原が含みのある笑顔を向ける。ああ、また謀られた。俺は諦めて、口を開いた。
「……ミチカさんの遺体に、雪はどれくらい積もってましたか」
「雪ですか? それほど積もってはいなかったと思いますよ、崖下を見下ろしたら誰かが倒れているのがすぐにわかったくらいだったので。……あれ?」
峰月警部も気付いた。
「あの雪の中、朝から遺体が放置されていたら……、埋まりますよね、雪に」
「え!? まさか」
最後に飯島刑事が気付き、裏返った声を上げて口に手を当てた。
「……本当は」
春日原は何も言わない。俺は続けた。
「……朝見つかった時には、まだ死んでなかったんじゃ、ないですか」
三度目の静寂の後、飯島刑事が口を開いた。
「そんな……。それじゃあミチカさんは、死んだふりをした後に、別荘に戻って二人を殺して、崖下に戻って自殺したってことですか!?」
正確にはケンイチを刺し殺しヒロが予め仕込んでおいた毒に倒れるのを見届けてから、だが。
「た、確かに、残った二人はお互いを疑ってそれぞれの部屋に籠もっていたようでしたから、ミチカさんがこっそり戻ってきても気付かなかったかもしれません」
峰月刑事は慌てて手帳を開き、メモを取り始める。
「勝手口から入ってキッチンに潜んで、食料を取りにきたケンイチさんを刺し殺して、建物内に隠れた……」
「同じく食料を取りに来たヒロさんはキッチンでケンイチさんの遺体を見つけて、自分の死を悟って最後のブログを残した。お腹が空いても死体のあるキッチンには行く気になれず、ひとまずリビングのストーブに掛かっていたヤカンでお湯を沸かして、コーヒーを飲んで……」
飯島刑事が続け、もう一度部屋の中が静かになる。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
暢気な春日原の声で二人の刑事は我に返り、
「いえ、署に戻ります!」
「わ、私もそろそろ」
急いで荷物をまとめて立ち上がったのだった。
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