3-8.

 坂田は夜遅くに目を覚ました。

 部屋に集まる人々の表情を見て、自分の計画が失敗したことを悟ったのか、朝まで大人しく横になり、嵐が過ぎると共に上陸した救急ヘリで運ばれていった。その後の処理は、花巻家が行うことだ。


*****


 「このお礼は近いうちに」と花枝嬢、芳川それぞれから言われ、俺と春日原は無事、日常に戻ってきた。

「……春日原」

「はい」

いつの間にか波佐間とも仲良くなったらしい春日原は、彼から習ったレシピを何故か、俺の家で作っていた。キッチンからこの上なくいい匂いがする。

「……坂田さんが、誰を殺そうとしてたか、本当は分かってたんじゃないの」

座椅子に縮こまりながら、開け放したキッチンの扉の向こうへ声を掛ける。

「葉次さんは、間違いないでしょうね。台風は今年に入って何度か来てますから、わざわざ部外者が島にいる日に決行する理由が他にないです」

「……そう」

芳川があの日あの島にいたのは、花枝嬢の気まぐれな提案によるものだった。今回を逃せば、坂田が芳川に接触する機会はほとんどないと言っていい。花枝嬢と波佐間もターゲットだったかどうかについては、本人だけが知るところだ。

「まだ、聞きたいことがありそうですね」

運ばれてきたのは、オムライスだった。巻くタイプではない。とろとろの玉子を被せてデミグラスソースを掛けたタイプだ。

「……毎回聞いてる気がするけど。いつ、山口さんだって気付いたの」

「地下室から出た時です。僕たちを呼びに来たなら二階に行くはずなのに、一番いる可能性の低い地下室の前で鉢合わせましたから。こちらの様子を窺っていたんじゃないかと。……それまでは、僕たちを足止めするために坂田さんが襲われたんだと思っていました。でも、山口さんが屋敷の人間を殺すなら、もっと簡単な方法があるはずなんですよね。それこそ、お茶に毒を仕込めば一発です。周到な割に合理的じゃないなと思って、考えを改めました」

実際にはむしろ逆、自分たちが殺されないために襲ったわけだが、春日原は、常にそんな風に人を疑って生きているのだろうか。

「……」

「どうしました?」

「……別に。……なんか、今までよりも積極的だったなって、思って」

今までの春日原なら、事が起きてから行動を起こし、最終的に俺に押しつけるというパターンだった。しかし今回は地下室を見に行く提案をしたり、あからさまに写真を要求したりと、少しだけ、本当に少しだけだが、焦っていたような気がした。

「アハハ、まあ、防げる面倒事は防ぎたいじゃないですか」

俺にスプーンを手渡しながら、春日原は笑った。

「……面倒事ね……」

正義感とか、そういうものではないところが彼らしいのかもしれない。オムライスを頬張りながら、俺は深く考えるのをやめた。


 と、突然スマートフォンが鳴った。

「味坂さんですね」

着信音で気付き、春日原が仕事机の上に置かれていたそれを取りに向かった。わざわざ食事中に出てやることもないのに。

「はい、春日原です」

『だから、なんで歌ヶ江のケータイに六助が出る』

スピーカーモードで、味坂の軽薄な声が聞こえてきた。そのままスマートフォンを食卓の上に移動し、

「味坂さんからの着信は問答無用で出ていいと言われたので」

前回の通話の後、そのように取り決めをした。

『まあいいや。おい歌ヶ江、花巻女史のブログ見たか』

「そもそも、知らない……」

『じゃあURL送るから見ろ。面白いことになってるぞ』

「面白いこと……?」

送られてきたURLを開く。と、開いたのは『花子』というアカウントのミニブログだった。そして、

「わあ!」

春日原が歓声を上げた。載せられていたのは四枚の写真。春日原が、添えられていた文章を読み上げた。

「『先日、リアル如月院様を見つけたと申しておりましたが、この度拝み倒して撮影させて頂きました。見てくれ、この素晴らしさ。平静を装うのが何よりも大変だった。なお、本当に無理を言って撮影させていただき、ご厚意で四枚だけアップする許可を頂いたものであります。彼に関する情報及び撮影場所は、例え同志諸君であっても、問い合わせには一切お答えできません。また、転載は固くお断りいたします。彼をご存知の方も、個人のプライバシーを尊重してくださいますようお願いいたします。』ですか……」

約束したとおり、アップの写真は一枚もなく、純粋に写真として良い構図のものを選んであった。拝み倒されたというより札束で殴られたという方が正しいが、それはさておき。

「何ですか、このいいねとコメントの数」

この投稿を見たユーザーからの反応数が、炎上した芸能人のSNSのような数字になっていた。

『花巻女史が好きなゲームのキャラクターに、お前がそっくりだったんだってよ。結構人気のゲームらしいな。反応が来るごとに報酬追加なんだろ? さすがに花巻女史も頭抱えてた。出会わせてやった礼は、焼き肉でいいぞ』

「……絶対嫌だ。くたばれ」

吐き捨てて、俺は通話を切った。やっぱり、金に釣られると何も良いことはない。


*****


 浮島警察署の刑事課は、いつも殺人事件に追われて、もとい犯人を追っているわけではない。浮島市は比較的平和な町であるが、捜査の裏付けや証拠集め、後処理のほか、書類仕事も多い。

 権藤も例に漏れず、苦手な書類仕事と格闘していた。

「権藤さん権藤さん!」

ばたばたと騒がしい音がして、一度つまずいてキャーッと悲鳴がした後、

「これ見てくださいよ!」

現れた飯島が、眼前にスマートフォンを突きつけてきた。

「何だ、いきなり」

「これ、歌ヶ江さんですよね!?」

勢いに押されて権藤が画面を見ると、プロが撮ったような決まった構図の写真が、画面いっぱいに表示されていた。

「んん……? ああ、言われてみれば。こんな根元までトンチキな髪の色したでかい男、そうたくさんいねえ」

澄ました顔で写る被写体の顔をまじまじと見た後、髪型が違うからわからなかった、とぼやいた。

「そこですか。この写真、SNSですっごい拡散されてるんですよ今。ゲームのキャラクターがそのまま出てきたような、謎の美青年だって。歌ヶ江さん、ちょっとした有名人です」

「今までだって、一般人なのが不思議なくらいだったろ」

背ばかり高くいつもこちらを見下ろしてくるくせに、生っ白くておどおどとすぐ目が泳ぐ歌ヶ江は、権藤からしてみれば苛立ちを覚える男だ。が、世間一般的に見て、彼が特上の美青年に分類されることくらいはわかっていた。何を今更と思いながら、ガムのボトルを覗き込んで在庫が少ないことを確認しつつ、耳半分で飯島の話を聞いてやる。

「不思議って言えば……、これだけ有名になっちゃうと、写真を使うなって言っても絶対無断で使う人が出てくるんですけど」

「だろうな。それがどうした」

「転載したサイトとかSNSのアカウントが、どんどん閉鎖されたり凍結したりしてるんです。それで、この大元の写真を載せてる方が、『彼の迷惑になる輩は全力で潰します』って宣言してて、今度はこの花子さんて方が何者なんだろうって話題になってるところなんです」

「大方、どっかの金持ちか何かだろう。昔から、若くて顔のいい男にはパトロンが付くもんだ」

「歌ヶ江さんならありえそうです」

飯島が吹き出し、権藤も鼻で笑ったが、まさか、その冗談がほとんど正解だとは、この時の二人は知る由もなかった。

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