1-6.

 警察署を出た後、俺は近くのファストフード店にいた。

「さすがです歌ヶ江さん! 僕の見込んだ通りでした!」

対面には、ハンバーガーを満面の笑顔で頬張る春日原。俺もダブル照り焼きチーズバーガーをかじる。

「……正直眠くて、自分が何喋ったか、よく覚えてないんだけど……」

緊迫した現場から解放された途端に、昨日の夕方から何も食べていないことを思い出して死にそうになっていたところ、春日原が食事を奢ってくれるというのでのこのこ付いてきたのだった。これを食べたら本当に、さっさと帰って寝よう。

「凶器は、持参して持ち帰ったんでしょうね。たぶんケータイで試着室に呼び出して、ワンピースを試着させて、首を絞めたんでしょう」

だから、携帯電話も持ち出したのだ。呼び出すまでの連絡の痕跡が残っていると、まずいから。

「ほら、ああいうワンピースって、背中にファスナーが付いてるじゃないですか。上げてあげるって言えば、簡単に後ろを向いてくれると思うんですよね。そこをキュッと」

世間話のように物騒な話をする春日原は置いておいて。

 そこまで計算して、辻木はワンピースを持ち込んだのか。衝動的ではない冷静な部分が垣間見えて、背筋がぞっとする。

「後ろから紐状のもので首を絞めると、人間って案外簡単に死んでしまうんですよ。ワンピースを着せるための話し声と、殺人の瞬間の異音さえ聞かれなければ、あとはただ、人が一人でゴソゴソしてる音だけですから。僕が元村さんや林さんの立場でも、気付かないでしょうね」

春日原の直後から試着室にいた辻木には、俺が出てから元村が入ってくるまでの五分ほど、被害者と二人きりになる時間があった。逆に言えば、彼女以外にはそんな時間はなかったのだ。

「……選んだ服を着てくれるくらいなんだから、仲が良かったんじゃ、ないのかな……」

気が弱そうに見えた彼女が、どうして殺人なんて大それたことをしようと思ってしまったのだろう。

「その辺りは、ご本人たちだけが知るところです。僕たちにわかるのはいつだって、かいつまんでニュースに出る情報だけですよ」

人の心は複雑だと言うが、殺人の方法を話しながら普通にハンバーガーを囓れるくらいには無神経だ。そのくせ、周囲から刺さる視線は妙に気にしてしまう。持ち帰りを希望すればよかった。

「……春日原くんは」

「呼び捨てでいいですよ。歌ヶ江さんとは、長い付き合いになりそうな気がします」

俺としてはお断りしたい。何しろ、俺に徹夜を強いてくる宿敵と同じ会社に所属する人間なので。

「……春日原はいつ、辻木さんが犯人だって、気付いたの」

俺は春日原から先に犯人が彼女だと教えられ、その上で防犯カメラの彼女の服を見てようやく気付いた程度だったが、春日原はかなり早い段階で、彼女が犯人だとわかっていたようだった。

「初めは、確信はありませんでしたよ。現場の状況もわかりませんでしたし。単純に、一番長く試着室を利用していたのが辻木さんだったから、消去法で考えていただけでした」

その時にはまだ、自分の後に入ってきたのが被害者だと思っていたらしい。

「最初の違和感は、今日の辻木さんの服装、ですかね」

「服装?」

昨日ならまだしも、今日の彼女は、普段通りの私服を着ていただけだったと思うのだが。

「モニカの商品と、彼女の服の趣味が全然違ったんですよね。警察に呼ばれて慌てて出てきたんだから、あれは一番取り出しやすいところにあった普段着のはずです。専業主婦なら、仕事用の服を買うこともないですし」

言われてみれば、モニカで売られている服のデザインは、基本的にシンプルだ。男女兼用の服も多く、装飾や柄物が少ない。一方の辻木は、花柄のワンピースにショールという、華やかでフェミニンな服装だった。

「それで、松田さんの服について聞いたら、今日の辻木さんの服と似てるなあと思ったんです。だから、もしかして服を交換したんじゃないかなって」

たったそれだけのことで。

「……そこまでわかってたのに、なんでわざわざ、俺に犯人を言わせたの……」

全部、春日原一人で片付けられたことではないか。どうして俺に指摘させたのだろう。

「僕、背も低いし子どもに間違えられるし、よく胡散臭いって言われるんです。ホントにあったことを話しても、信じてもらえないことも多くて。その点歌ヶ江さんは、僕と正反対で――そこにいるだけで、説得力のある人ですから」

「説得力?」

「ふふっ、誰かに適当な嘘ついてみてください。絶対信じてくれますよ」

「……」

喋ること自体苦手なのに、適当な嘘をつくなんて器用なことができるか。

「そういう人が、『探偵役』には適任だと思ったんです。……あとは」

ホットコーヒーの蓋を開け、ミルクとスティックシュガーを入れてかき回しながら、春日原はにやりと笑ってこちらを見た。

「前から思ってたんですよ。『探偵助手』をやってみたいなって」

その時、確信した。これから俺は、この春日原という奇妙な男に、振り回されることになるのだろうと。

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