誰ですか! プリンの商品棚に豆腐を置いた人は!!



 1420年のフルーレの国での一件から、早くも一週間が過ぎた頃。


 俺は、買い出しに出ていた。そう、この、2020年に……!



「よっしゃああ!! トマトが甘い! 林檎が甘い! ナスも人参も立派だし、バナナも種が小さいし甘い! 野菜や果物が美味い!! 品種改良バンザイ!! ついでに安い!!」


 何を隠すことなどあろうか。

 今、俺が来ているのは、転移前の世界で言うところの東京に当たる場所だ。この世界ファンタジアでは、日本は日出ひずと呼ばれ、東京は徳京とくきょうと呼ばれているらしい。

 俺は今、徳京の大型スーパーマーケットに来ている。



 使徒は不死身であり、不老だ。故に食事の必要はなく、なんなら睡眠の必要もない。……理論上は。

 だが、彼らの心は人並みであり、いくら修羅場をいくつか潜り抜けてきた猛者であろうと、心の傷が原因で心が折れることがある、とは、俺の同行させてもらっている使徒の言葉だ。

 まぁ、その後「だから料理を作って欲しいなぁー」と続くのだが……。


 というわけで、俺は料理やらを作らねばならんのだが、食材というのはどうやら、昔であればあるほど貧相だと……歴史に弱い俺はこの旅で知った。


 例えば、ニンジンやナス、スイカ、カボチャ、トウモロコシはそもそも形状が違うし食べれる部分が少なく、味もまばらだった。トマトなんて古い時代で食えば病院送りだろう。精神の。もちろん、野菜以外の食材にかんしても同じことがいえる。

 だが、人間のあくなき味への探求心が、食を改善していった。食材は、年々、美味くなっていった。

 やはり、食材を買うなら、調理する人の育った年代が一番良い、と思える時点で、俺もこの旅に慣れてきているようでちょっとむず痒い。



「あ、カップ麺……んー……ツナ缶とかも買うし、ちょっと買っておこう」


 俺は陳列された棚からカップ麺を手に取り、カートに乗せた籠の中へ放り込む。

 21世紀のいいところは、こういう食事もとれるところだと思う。そうだ。塩以外の調味料があるのも嬉しい。


「あ、茶島さん! これ! これも買ってください!」


 そう言って、両手いっぱいに三個パックプリンを抱えたタマモちんがやって来て、俺が押しているカートにドサドサと入れていく。


「ちょ、タマモちん! 持ってき過ぎでしょ。そんなに要らないでしょ?」

「いいえ、食べます! それぞれの味の違いを知らずしてなんとするのでしょう!」


 見ると、プリンはそれぞれ味が違うらしい。牛乳、抹茶、カラメル増量、なめらか、絹ごし、珈琲風味とパンナコッタ風味に……いや、豆腐混ざってんぞ。


「駄目です。半分返してきなさい」

「えぇー! 次はいつ来れるか分からないのにぃー!」


 そう。実は、この時代にはあくまで「補給」のために来ているだけなのだ。


 使徒は同行者を連れるか連れないかを選ぶことができる。

 そして、大抵の使徒は同行者を選ばない。

 何故なら、同行者も使徒の制約……使徒の四か条なる物に縛られるが故に、それを不憫に思うから、とも……あるいは、同行者の身に危機が迫るとそちらを優先しなくてはいけないことが億劫だから、とも……

 それらの理由で同行者を付けていない使徒が大多数らしい。


 しかし、同行者を付けることにより、同行者を養う義務が発生する。同行者は基本的に不老不死ではない。食事が必要だ。

 故に、同行者が望む年代に、定期的に「補給」をしに来ることができる。

 この際に“何を「補給」するかは同行者の自由”となっているので、財力の許す限り買い物をして、拠点に戻るのが同行者の主な仕事である。

 「補給」を怠ると、旅先の年代の食材を喰わねばならず、これが年代によってはなかなか……酷いことがある。特に水。

 時には、使徒の娯楽用品なども同行者が買い出しに行くのだ。


 とはいえ、「補給」の最中はミッションを行うことが大抵はできない。

 ミッションは早い者勝ちで達成するのが常の使徒の立場からすると、確かに同行者を付けたがらないのも納得である。

 そして、「補給」が終われば、またどこかの時代へと強制的に転移させられる。せめて、いつでも「補給」に出れれば良いのだが……そうはいかない。というか、聖霊が許してくれない。



 俺はカートの中からプリンを取り出して、タマモちんに渡しながら言う。


「また来れるって。もう少し先の年代に『補給』に来たら、新しい味とか出てるかもしれないじゃん?」

「うー……それは確かに魅力的です」

「それと、この後電気街にも寄る予定なんだ。それが何を意味するか、解るかい? タマモちん」


 はっとした様子でタマモちんの顔色が明るくなる。


「電気街! もしや、ゲーム屋に寄るつもりですか!? 食費としてもらったお金をちょろまかしてゲームを購入……! わるですね、茶島さん!!」

「その発想が解っているとは、お主もわるよのぅ、タマモちん」

「いえいえ、茶島さんほどでは……」


 などと、悪代官ごっこをしながらレジへ向かい、買い物を済ませた。

 大量に買い込んだ食材はタマモちんが持ってくれる。帰ったらミルフィーユとババロアで手を打つことになって居る。

 そうしてスーパーを出た時のことだ。事は起きた。



 突如、目の前を何か、燃え盛る大きな物体が飛んで行った。

 鳴らされ続ける車のクラクションのような音がドップラー効果で遠くに流れるまで、何が起きたかわからなかった。

 文字通りのだ。映画か何かの撮影の様に、車が宙に浮いて、回転しながらすさまじい勢いで炎に包まれながら吹っ飛んで行ったのだ。

 その異様さに一瞬思考が止まる。


「茶島さん! あれ!!」


 タマモちんが何かを指さしている。

 車が飛んできた方向に、赤い炎の塊が居る。

 ずっと遠くだが、遠くからでも目視できるほど巨大な炎の塊。その塊は、狼の形をしている。その炎の狼が歩を進めるたびに、足元で何かが跳ね除けられ、燃やされ、吹き飛ばされる。



 そして、その狼の進行方向が俺たちのいる方向だと気づくのに、時間はそれほど必要なかった。



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