先生と逸れました。タイトル詐欺です。


 話は、俺と女の子が樽の中に隠れるより二時間ぐらい前……前回の電車ジャック解決した後、聖霊さんによって時間移動をさせられた直後までさかのぼる。



「とりあえず、一度補給に戻ろう……はぁ……本当に優秀過ぎて殴ってやりたくなる聖霊だよ。まったく」


 先生はそうぼやきながら、人ごみの中を歩いていく。俺はその後に続いて歩く。

 こういう風に先生の後に続いて歩く時は、自分より一回りも二回りも小さな少年の先導で歩いていくのは、なかなか不思議な気持ちになるものだと、毎回思う。



「タマモの……スイーツの本……まだ三十二回と十四ページ七行目までしか読んでないのに」


 いや結構読んでるよね、それ。もう三十二回読んでるじゃん。

 タマモちんは、荷物を“遥か四百年先の未来”に置いて来たことにショックを受けているようで、いまだに先生のローブとして人の形に戻らずに居るようだ。


「とりあえず茶島くん、逸れないようにね。この時代は人さらいも居たはずだからね」

「えぇ……それなら先生の方が攫われません?」

「僕は攫われても自衛できるもの」

「そりゃそうですけど」



 先ほどまで電車だの汽車だのと言っていたが、今は人の往来激しい古めかしい西洋風の町に居る。

 雲一つない青空の元、少し小高い丘の上に立つ石造りの城が見下ろす城下町。そこを行きかう人々。建物は木と石、いや、煉瓦や大粒の石が混じったセメントでもできている。

 少しデコボコな石畳の道路。しかしすぐ脇には草が生い茂るぬかるんだ道。

 あ、豚が歩いてる……こんな街中に居るのはなかなか驚いたが、その豚の飼い主らしき人が人豚であることの方が、俺は驚きを覚えた。

 露天商がちらほらと間隔を大きく開けて並び、道路沿いのパン屋からは甘い香りが漂って……漂って……


「臭っ!!」


 香水の強烈な香りと……その……形容しがたい眉間に皺を刻む臭いがですね……


「おや? 茶島くん、割と鼻が良いね」

「なに、何の臭いですか、これ? 豚のフン、とかです?」

「んー、ちょっと待っていたまえ」


 そういって、先生は近くの露天商から傘を買って俺に手渡した。

 黒色の質素な、布張りの傘だ。


「これ、差しておいた方が良いよ」

「え? 日傘ですか?」


 俺は雲一つない空を見上げる。


「別に差さなくても良いけどね」


 目の前に居る少年はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 なんか、意味深だなぁ……



 俺が先生のその言葉を疑っていると、唐突に背後から誰かが俺にぶつかった。

 背中の中頃ぐらいの高さにぶつかられたことを考えるに、子供だろうか?

 振り返った俺の目の前には、褐色の肌に燃えるような赤毛の少年が居た。


「おっとごめんよ。道の真ん中で立ち止まると危ないよ」

「え? あ、ごめん」


 俺はそういって少年に道を譲った。

 が、その少年がぴたりと脚を止めた。その視線の先には先生が居る。


 二人の目線が合うや否や、間髪入れずに先生が剣を、『使途の弾丸』を抜き放ち、抜き掛けにその少年に斬りかかる。少年はそれをギリギリで避けながら大きく尻もちをついた。振り下ろされた切っ先が地面の石畳の上で火花を散らし、金属音をたてる。

 褐色の少年が言う。


「お、おまえ! おまえ、なんでこんなところに居るんだよ!!」

「やあ……まさかまた会えるとは思ってなかったよ。“僕から盗んだモノを返して”もらおうか」


 知り合い? でもいきなり斬りつけてるし……盗んだモノ?


 褐色の少年は脚をもつれさせながら立ち上がり、先生から逃げ始める。


「茶島くん、君はこの場で待機。一時間で戻る! 絶対に動かないように!」


 そういって先生は彼を追って行ってしまった。



 そして、俺は一人、知らない街中に取り残された。

 先ほどの先生と少年のやり取りを見ていた人々が何事だろうとひそひそと話し、俺までなんとなく後ろ指をさされている気がする。いや、そうだろうけど。


「え? 何、どういうこと? いや、ここで待機って……」


 どうしろと?







 特にすることも無く、お小遣いも渡されてない俺にとって、知らない町のど真ん中で一時間待機、というのはとても暇なことだ。


 先生から言われた場所から少し離れた道路の脇の泥濘の上で、俺は先生が戻るのをしゃがみながら待っている。……かれこれ結構待っている。気がする。

 やれ、近くの露店のおっさんの奥さんが浮気しただの、別の町から来た行商人が卸した野菜がマズイだの、近所の酒屋のビールから砂利が出ただの……。

 完全に暇になり、泥濘の上だろうが構わず腰を下ろして居眠りをしそうな気分だ。パンツを汚したくないから座るのは嫌なんだが……ちょっと暇が過ぎる。


 そんな時、俺に声がかかった。


「あの、すみません! その傘を貸してくださいませんか?」


 その声の主は、小さな女の子だった。

 色が抜けた薄い赤色のワンピースを着た人間の女の子だ。手足は泥だらけで、服も汚れている。

 ただ、ブロンドの髪に空の様に蒼い目が印象的な女の子だと俺は思った。


「へ? 傘?」


 俺はすっかり傘の存在を忘れかけていた。


「あ、ああ。これか。うん。別に使わないからいいよ」

「本当ですか!? 助かります!!」


 そういって、彼女は俺から受け取った傘を広げて俺の足元に立てかける。そして、その傘に隠れるように、俺の影に隠れるように傘に隠れた。

 と、それからほどなくして、ガラの悪そうな男たちが、きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いてくるのが見えた。スキンヘッドだったり、目つきがキツかったり、爬虫類っぽい人種だったり……分かりやすい。いや、最後のはそれだけで悪人とは言えないけど。


 もしかして、この如何にも悪人面の人々に、この女の子は追われているのだろうか?

 男たちが歩き去った後、少女はそっと傘から這い出して俺に言う。


「ありがとうございました。助かりました」

「うん。なんか、もしかして追われてる?」


 何気なく、俺は彼女にそう聞いた。

 彼女はとても困った調子で言う。


「そうみたいです。姉と一緒に買い物に来てたら、急に連れていかれそうになって……咄嗟に噛みついて逃げたら、追われてしまって」


 もしやの、人さらいという連中では?

 俺の中で、厄介事への拒否感と幼女を助けねばという心の葛藤が渦を巻いている。


「でも、お姉ちゃんが今どこに居るかもわからないし、正直、どうしたら良いのか……お姉ちゃんに会いたい。おうちに帰りたい」


 そういって、彼女の頬を大粒の涙が零れ落ちた時、俺の中で『厄介事は放っておけ』という心と、先生から『そこを動かないように』と言われた言葉は消え失せた。

 幼女が助けを求めてるんだから助けないわけにいかないでしょ! 男として!! 人として!!


「よし! じゃあ、お姉ちゃんを探そう! 一緒に」


 俺は彼女の前にしゃがんで、目線を合わせて言う。


「大丈夫。ちゃんとおうちに帰れるからね。だから、一緒に君のお姉ちゃんを探そう」


 彼女は涙で頬を濡らしながら、こくりと頷いた。


「ところで、君の名前は? 俺は、茶島 シュン」

「私は、シャルジュ……」


 俺はシャルジュの小さな手を取って立ち上がる。



 が、ここで一気に冷静さが駆け戻ってくる。






 俺、この町に関して、全然知らないじゃん!!


 もしかしなくても……怖いお兄ちゃんたちに追われながら、二人で迷子という危機的状況では?




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