死織 とびだす

第174話 タッグ連携空中コンボ


 妲己狐の超回復の根源である九本の尻尾。真冬はその尻尾を六本しか斬れなかった。


 いやいや、彼女はLV3の剣士。それがS級ダーク・レギオン相手にその超スキルを封じ込めてくれたのだ。善戦も善戦。このバトルのMVPで間違いない。


 ──あとはこの俺が決める。それぐらいやらねえと、リターナーの意味がねえ。これしか出来なくて、ここに帰ってきたのは俺自身の意志だ!



「陽炎! アマテラスを頼む!」

 死織は雰囲気を察してそばに来てくれていた陽炎に、封魔の鏡アマテラスを託す。

「イガラシ、立てるか!」

 言いながら、振り向きもせず飛び出す。

「あとは俺らで無理やり削る!」


 妲己狐の超回復は完全には消えていない。

 ならば、単位時間あたりの大ダメージで、その体力を無理やり削ってゼロにまで持っていくしかない。とにかく一気に決めないと、三本残った尻尾の力で、せっかく切り落とした六本までも再生してしまう。そうなると、こちらのHPもMPももうもたない。アイテムだって、足りない。


 人間のプレイヤーは、永遠に戦うことはできないのだ。ゲームには必ず制限時間があるもの。


 ──だから、時間内に絶対決める!


 死織はドラコンキャノン・キックで飛びこむと、妲己狐の狩衣の腹に一撃いれた。

 思いっきりヒット!

 カードされなければ、次につながる連携がある。死織は、飛び蹴りの硬直が切れるまえに、コマンドを先行入力する。


 ↘↓↘P。

 俗にいう『挑領掌』。下から突き上げるような掌打が、妲己狐の胸にヒット。狩衣姿の妖狐の身体が、その一撃を受けて宙に舞う。

 そこからのPPP。雷撃拳。


 もともとの『挑領掌』という技は、じつはしゃがんだ状態からしか出せない技だ。しゃがみ状態で↘Pというコマンドで出る浮かせ技である。


 だが、裏技の入力方法で、技硬直のうちに↘↓↘という「しゃがみダッシュ」のコマンドを先行入力することにより、システム的にしゃがみ状態となり、立った状態からでも発動することが可能になるのだ。


 しかも、単発では弱いこの『挑領掌』は、パンチの連打に繋げることにより、技硬直のほぼない浮かせ技として空中コンボに利用できるのだ。


 死織は宙に舞った妲己狐の身体に拳の三連打を入れ、そこからさらに超人的な速度で、先行入力。ほとんどないPの技硬直のうちに、先行入力で

 ↘↓↘。そこからのPPP。

 ふたたび『立ち挑領掌』からの三連打。


 マシンガンの三連バーストのような拳打が、さらに妲己狐の身体を打つ。

 そして、さらにもう一セット!


 入力をミスるな、俺! ↘↓↘PPP。


 落ちようとする妲己狐の身体をさらに浮かせて鞭打つ連打。ただし、永遠につづく空中コンボはない。ここらが限界。


 死織はダメージ重視に連携を切り替え、肘撃ちに繋いでさらに膝蹴りで妲己狐を浮かせる。ここからは技硬直が長くて加撃は不能。


「イガラシ」

「はいっ」


 阿吽の呼吸でタッグ・チェンジして前に飛び出してくるイガラシ。


「喰らえ! 超獣化! 『ビースト・ドライブ』!」


 銀色の人狼がミシンのように爪を振るい、いまだ空中にある妖狐の身体を機銃掃射。飛び散る血潮と裂ける衣服。ばりばりと舞う金色の毛。


 イガラシの超必殺技が切れる寸前、ふたたび飛びこむ死織。一重身で、大きく股割りした馬歩。大地を滑って震脚とともに下から叩き込む接近単打の肘打ちは、『裡門肘頂』。


 強烈に突き刺さる肘打ちが妲己狐の胸を打ち、べこりとへこませる。狐の口と目鼻耳から血が噴き出す。空に舞った状態の妲己狐には、反撃はもちろん防御も回避も不能。

 空中コンボとは、そういうものだ!


 一発目の『裡門肘頂』で、かすかに浮きなおした妖狐の身体に、もう一撃。『裡門肘頂』!


 がりっと削れる敵のHP。残り30%もある。

 こいつ、化け物か。


「イガラシ!」


 すかさず繋いで、飛びこんでくるイガラシ。

「吠えろ! 獣の顎。『ビースト・瞬顎殺しゅんがくさつ』!」


 一瞬の間に6匹に分身した人狼が、いまだ滞空中の妲己狐の身体にいっきに噛みつく。ばきばきと骨の折れる音が響き、エフェクトの爆発が閃光を放つ。ボロボロになりながら、地面に落ちる妲己狐。

そのバウンドを狙い、分脚を入れて、最後のひと浮きを与える死織。


 残り10%。まだ死なねえ。

 くそっ。怪物めっ!


 死織は地面に落ちかける妲己狐の身体をミドルキックで拾い、最後の一撃『七寸靠』。

 落下する妖狐の身体に背中からの体当たり。


 たのむ、死んでくれ。ここで落としたら、全回復させられちまう。

 だが、残り5%。だめか……。


 諦めかけた死織の眼に映ったのは、銀色のマグナムを両手で構え、チャージのエフェクトを放つヒチコックの姿。死織が見たこともない巨大なリボルバーをこちらに向けている。


 えっ?と見つめる死織の眼は、その暗い銃口を覗き込んでいた。


 高射砲の砲撃みたいな大音響が轟き、空気が震える。超音速で走るマグナム弾が、3溜めのチャージ・ショットで死織の胸を貫いた。


 死織の目の前を、自分自身の口から吹き出した盛大な吐血が走り、視界が赤くさえぎられる。自分のHPゲージが一瞬で、残り1ドットまで減り、視界が瀕死を現すレッドに点滅する。


 ──つーか、おれごと撃つか? ふつう……。


 死織の身体を貫通したマグナム弾が、妲己狐の身体を撃つ。

 死織の視界の隅で、妲己狐のHPがゼロになる。


『ヒチコックさんが、妲己狐を倒しました』

『ヒチコックさんが、LV6になりました』

『ヒチコックさんがS級ハンターの称号を得ました』


 とかいう表示とファンファーレを聴きながら、死織は妲己狐の死体の上に倒れ込んだ。


「ちょっと、死織さん! 大丈夫ですか?」

 驚いて真冬が駆け寄ってくる。

 瀕死の死織の身体を抱き起こし、胸骨圧迫をしようとしているが、待って、ねえ真冬さん、俺いま胸撃たれたから、それは待って……、と手を上げるが、その手を親切にも握ってくれるのは同じく駆け寄ってきた陽炎。

 ただし、その目はあきらかに笑っている。


「いや、すんません、死織さん」

 にやにや笑いながら、ビッグ・マグナムをショルダー・ホルスターにもどして、ヒチコックが歩いてくる。

「死織さんを外して撃つと、弾自体外れそうだったんで」

「おめーは、どこのジーパン刑事だ……」

 言い返したら吐血した。血で咳き込む。だが、さらに言い返す。

「どこのハリー・キャラハン刑事だ……」


「いやー、動かないでくださいって言おうと思ったんですけどー」

 ヒチコックは頭をかいている。

「動くと弾が外れるから」


「スレッジ・ハマー刑事かよ……」

 死織はがくっと身体を倒した。その頭が妲己狐の身体に触れる。

 ん?と死織は思った。


 妲己狐の奴、まだ消滅していない? おかしいな、『倒した』とアナウンスが流れたし、ヒチコックもレベルアップしているのに……。


 そんなことを思った瞬間だった。


 ばっと何かが飛び出して、それがヒチコックの首に噛みついた。死織が反応する暇もなかった。

 妲己狐の死体から飛び出した妖狐の首が、空を飛び、ヒチコックの喉笛に噛みついたのだ。女子中学生の頭より大きい、獣の頭部が彼女の首を噛み切ろうとしている。


 野獣の頭部。血に濡れた金色の毛皮。憎悪に燃える緑色の眼。死織は呆然と、相棒を噛み殺そうとする怪物の頭を、手も足も出せずに傍観した。


 ヒチコックがやられちまう。ヒチコックがやられちまう。

 そう思うのだが、彼は肝心な時にまったく身動きが取れなかった。


 パーティーメンバーであるヒチコックのHPゲージが一瞬で灰色に反転する。ゲージは減っていない。だが、彼女のHPは、グリーンの表示ではなくなる。


 呆然とする死織がはっと我にかえったのは、妖狐の頭部に着弾し、頭蓋骨と脳漿をとびちらせた一発の銃弾だった。


 音速で飛翔した銃弾はさらに二発。獣の頭部をえぐり、それにより、妲己狐の首はどさりと地面に落ちる。


 しかし、かぶりついてきた首が離れてもヒチコックのHPゲージは戻らず、彼女はそのまま後ろにどさりと倒れて、かすかに地面を振動させた。


 誰かが悲鳴を上げ、何人もがヒチコックの名前を呼びながら駆け寄る。だが、それっきりヒチコックは目を覚まさなかった。


 死織は呆然としながら、地面に落ちて動かない妲己狐の首と、仲間たちの間からのぞけて見えるヒチコックの足を見つめたまま、意識を失った。


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