第172話 よし、それでいこう
死織はアマテラスを構え、その神鏡が放つサーチライトのような光芒を真正面に固定したまま、まばらな樹間を走る。
前方でぽっと火の手があがり、それらがキャンドル・ライトのようにつぎつぎと灯って何かを取り囲んでいる。陽炎の火遁の術だ。ただし、忍者の忍術は敵に与えるダメージが異様に低く、しょせん目くらましにしかならない。
「カエデ! 一発たのむ」
死織は隣を追い抜いてゆく、カエデに声を掛ける。
衣装はひらひらキラキラの魔法少女だが、中身は体育会系の元野球少女。長身と強い体軸が生み出すダッシュ力は半端なく、死織を追い抜き一直線に陽炎の火遁を目指す彼女は走りながら大きく踏み込むと、叩きつけるようなマサカリ投法で火球を投げた。
曳光弾のような火球が、木々の間を奔って夜の闇を裂き、火の壁の中から飛び出してきた白い装束の人影を打ち抜いた。
ぱっと火の粉が散り、斬り下ろした太刀に血ぶるいをくれる白い人影。
絹と銀糸の狩衣。頭には偉そうに烏帽子をかぶり、足には朱塗りの
白とも見える銀色の毛皮に覆われた狐の頭。シャープな鼻先。鋭い眼光。とがった耳。横に張り出す純白の頬毛。
憎々し気にゆがめた口元からは、するどい犬歯がのぞいている。高貴にして邪悪な、妖怪・妲己狐の、これが本性だった。
「人間どもが、このわたしの毛皮を焦がそうなどとは笑止の極み」
「へそで茶が湧くかい?」間を詰めた死織がアマテラスで照らしながら、人型の妖怪を揶揄する。「おっと、へそで茶が湧くのは狸だったかな?」
妲己狐は、しゃーーっと威嚇する。その白銀の狩衣に銃弾が突き刺さる。
後方からのヒチコックの銃撃だ。
ぽっ、ぽっと絹地に弾痕が穿たれ、赤い血がぽつぽつと滲む。妲己狐のHPバーが表示され、その緑色のゲージが、ぐっ、ぐっ、と短くなる。が、つぎの瞬間、短くなったゲージは、たちまちのうちに回復して元の長さにもどってしまった。
超回復か。死織は舌打ちする。このレベルの回復力だと、ヒチコックの破邪の銃弾でもHPを一瞬だけ削るほどの効果しか得られない。
が、死織の後方で、ヒチコックはあきらめずに銃撃を続ける。
彼女の、神器の力を得た銃弾は、着弾と同時に青紫の炎を噴き上げるが、それも一瞬の事。つぎの瞬間には、妲己狐のHPゲージは完全回復し、着弾痕も狩衣の血もたちまちのうちに消えてしまっている。
が、そこに真冬が飛びこむ。
滑るように間を盗んだ真冬の一刀。妲己狐は優美に躱し、反りの強い太刀で切り返すが、真冬は合わせ技で斬魔刀オロチの刃を合撃打ちに絡め、七支刀の刃を鉤として絡めて斬り下ろし、そのまま妲己狐の太刀を打ち折った。
がりっとHPが削れる。太刀は復活しないが、体力は完全復活し、しかし武器を破壊された怨念を獣の眼に宿らせて妲己狐は後方に飛び
そこへヒチコックの連射。破邪の銃弾がつぎつぎと妲己狐の胸に突き刺さり、その着弾の衝撃と神威に、さしもの大妖怪もその場に踏みとどまるのが精いっぱい。だが、がりっ、がりっと削られる妲己狐のHPは、そのたびに、ぐっ、ぐっと回復して実質ダメージは与えられない。これは、事実上の無敵状態。
だが。
死織はすっと目を細めた。
回復の瞬間、妲己狐の背後で、あの見事な九本の尻尾が光を放っている。おそらく、奴の超回復を生み出している秘密は、あの尻尾。
「真冬さん! ヒチコック!」
死織は二人を呼び寄せる。
阿吽の呼吸で、前に出て妲己狐に襲い掛かるイガラシと、火球の投擲を開始するカエデ。
二人の援護をうけて素早く後退したヒチコックと真冬が死織の肩に背中をあずけてくる。
死織は低い声で、指示をだす。
「尻尾だ。あいつの尻尾を九本、一気に斬れるかい? 真冬さん」
「はい。斬ります。でも、動かれたらちょっと……」
「ヒチコック。マガジンは三本全部つかえるか?」
「いま使ったマガジンの復活までに、あと五秒くらい。三つ数えて飛び出して、二本分を撃ってるあいだに復活すると思う」
「よし。じゃ、それで行こう」死織は不敵に笑ってうなずいた。「じゃあ、せーの。いち、にの、さんっ!」
二人が飛び出した。
カエデの火球をものともしない妲己狐が、獣化したイガラシを殴り飛ばす。それと入れ違いに真冬がオロチで斬りかかるとみせて、抜け技で妲己狐の背後に回り込む。
ヒチコックは前に飛び出してトリガーを引いた。
ガンっ! ガンっ! ガンっ!
銃声が夜の森に鳴り響く。
妲己狐に殴り飛ばされたイガラシのHPが三割を切っている。
「ヒール!」
死織は単体回復呪文を唱え、ついで味方への補助魔法。
「ストロン! ディフェン!」
すかさず、妲己狐を魔法着弾で硬直させるために、神聖魔法。
「スター・シャイン!」
妲己狐の動きが止まる。だが、それは大して長い時間ではないはず……。
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