第110話 お江戸の壬生狼
ひとしきり笑った真冬は、今度は自分のことを話し始めた。
「ごめんなさい、いつまでも笑ってて」
といいつつ、笑顔はおさまらない。
「あたしは、LV1の剣士です。ここでの生業は『壬生狼』、いわゆる新選組ですね。でも、御用改めとかはしないから安心してください。あたし、実は大阪の出身なんです。歴史好きだったんで、京都の大学入って、京都の会社に就職したんです。でも江戸時代の風俗習慣とかにすごい興味があったから、それ目当てで、休職してこの『ハルマゲドン』計画に参加したんです。地球防衛とかダーク・レギオン殲滅とかは、だから二の次で……」
ちょっと後ろめたいのだろう、真冬の声はそこで小さくなる。
「……ここに来て、江戸時代の生活を堪能してます」
「へえ、それで寿司のことなんかに、詳しいんだな」
「ええまあ」真冬は照れたように頭をかく。「時代考証とかに、ちょっと煩いおばちゃんですよ」
「え、おばちゃんなの?」死織はちょっと吹き出す。たしかに彼女のヒチコックを見る視線は、保護者っぽい。
「去年、三十路になっちゃったんです」
「へえ」女性の年齢の話なので死織はスルーしようとするが、
「あ、でも死織さんは38歳ですよ」
とヒチコックが余計なことを言ってくる。
死織はヒチコックになにか言い返そうとするが、真冬に、
「そうなんですか? あたし、年上の男性にすごい憧れがあるんですよ」
と、きらきらした目で見上げられてしまう。
仕方なく頭を掻こうとして、自分自身のもの凄い髪型に触れ、あわてて手を引っ込めた。
真冬はその様子をみて、また口元をおさえて笑う。笑い上戸である。
「頭を掻くときは、
「へえ」
「あと、ヒチコックちゃんの岡っ引きなんですが、お江戸の生業システムではこういう風になってますけど、実際には岡っ引きは
「へえ、じゃあ『お江戸大戦』の考証はそれほどリアルでもないんだな」
「まあ、江戸時代を楽しむというのが趣旨なんでしょうね」
真冬は楽しそうに語りだす。
「じっさいの江戸時代は時代劇やゲームの認識とちがう部分があったり、研究者でも誤解や混同が多いですから。たとえば、室内では刀は自分の右側に、刃を内側に向けるようにして置くんだ、なんてまことしやかに語る人もいますが、本来刀は他家をおとずれたときは玄関であずけるので自分の右側になんか置かないんです。それって居合の道場なんかでやる所作であって、武家の礼法と同一とは言い切れないんです。事実、当時の屏風絵なんかでは、刀掛けに乗っけたり、邪魔にならないよう後ろに置いたりしてますから」
じっさいに真冬は腰の大刀を自分の後ろに置いていた。
黒塗りの鞘、革巻きの柄、鍔は美しい透かし彫り。
真冬の刀に注がれる死織の視線に気づいた彼女は、「あ、ごらんになります?」と口元をほころばせる。どうやら刀剣好きでもあるようだ。
彼女は後ろに置いた大刀をとると、死織に嬉しそうに渡す。なんか、自慢の愛犬を人にみせる飼い主みたいな笑顔である。そういえば真冬の笑顔はちょっと犬っぽい。
刀を受け取ったが、見方がわからないので死織が柄の辺りをじっと見つめていると、真冬が手を貸してくれた。
「本当はこういう場所で刀を抜くのは無粋なんですけれど」といいつつ、死織から受け取った刀の鞘を、慣れた手つきでするりと払う。
中から、磨き上げられた鏡のような刀身が滑り出る。周囲が明るくなるほどの美しい刃である。
真冬は手の中で柄を回して刃を自分の方に向けると、その刀を死織に手渡してきた。
受け取った死織は、あらためてその刀身を眺める。
ぎらりとした鋭い刃。鍛え抜かれた金属を、すべての無駄を削いで、いっさいの贅肉を排して鍛え上げた美しい刀身。
美術館に展示されるような美しさにもかかわらず、ほんとうに人を斬って捨てられるほどの豪壮な道具。まさに、人間を斬るために鍛え上げられた、巨大な包丁だ。
それでいて、究極の美がとじこめらめた刀身。洗練され鍛錬されつくした鋼の刀身は、魅入られてしまうほどに美しい。
感心して抜き身の刀身を見上げる死織の視界に、武器のステータス画面が開く。
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攻撃力 99
装備LV 1
値段 500G
カテゴリー オリジナル
「すごくないですか?」
真冬はほくほく顔で目を輝かせる。
「装備LVが1なのに、攻撃力が99もあるんですよ! これってほぼマックスの数値なんです。しかも、この刀身の見事な再現性。刃紋といい、地金といい、本物の同田貫を超えた出来なんですよ。あ、でもこれ、レプリカだから、同田貫のドウの字が違うんですけどね。でもこれ、絶対本物以上のレプリカです!」
ちょっとトーンの上がった声で一気に語る真冬。
死織は、ステータス画面のすみにあるサメの歯型のアイコンに気づく。これは、古都ラムザで出会ったウェポン・メーカーのアギトのアイコンである。
あいつの作った偽武器かよ。
笑っちゃいそうになるのをこらえ、もう一度刀身をざっと鑑賞する。
うーん、たしかに凄い出来。日本刀にハマる人がたくさんいるのも分かる。美しく、凄惨で、それでいて鋭利。見ていて飽きない。
あいつ、やっぱ凄えな。
「よく分かんねえけど、たしかに凄い出来だな。もし作者に会ったら、凄い出来だって伝えとくよ」
「ですよねー、凄い出来ですよね」
自分の愛刀を褒められて嬉しいのだろう。真冬の目尻は最高に下がっている。
「同田貫って、実用一点張りの質実剛健な作風なんですよ。頑丈で実戦向きの
「へえ」
──そうか、値段が500Gってことは、ここでのレートは500両か……。そりゃ高いな。
死織は、真冬が先ほどやったように、刃を自分に向けると、胴田貫を彼女に返した。
「あたしにも、見せて!」
隣でヒチコックがジタバタして大声を出す。死織が制止するより早く、真冬が「はい」と抜き身を渡してしまう。
「怪我しないように、注意してね」
なんか保護者っぽい笑顔で、ヒチコックに胴田貫を渡す真冬は、嬉しそうにあれこれ説明している。
「刀の角度を変えて、刀身に光を反射させると、いろんなものが見えてくるでしょ」
「うおー、凄えっす。きゃー、あたしも侍になって、日本刀買おうかな!」
めちゃくちゃ興奮しているヒチコック。おめーはガンナーだろうがと死織はあきれつつも、よく考えたら、刀剣好きとガンマニアは相通ずるものがあるのかもしれない。
そんなことを考えてるところに、店の女中が大皿を持ってくる。
「おまちどうさま」
そこには、大ぶりな握り寿司が十二貫、ででん!と山盛りにのっていた。
死織が絶句していると、うれしそうなヒチコックの声。
「いやー、死織さん。やっちまいましたね!」
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