ヒチコックは賭けに出る
第100話 スナイパーVS女子中学生ガンナー
「一か八か、行くしかないっ!」
ヒチコックは、叫ぶや否や飛び出していた。
「ハドソンさん、隠れていてください!」
テラスを駆け抜け、一直線に家の前を走る街道を渡る。岩山を見上げ、スナイパーの姿を探すが見つけられない。
──時間切れ!
心の中で叫びながら、横っ飛びに地面に転がり、這いずり回って岩の影に。
ちゅーんとという音がして、地面の石が弾ける。さっきまでヒチコックがいた場所。
いま、岩山の上にいるスナイパーが撃ったはずだが、音も煙も見えない。ましてや相手の姿も銃身も見えない。
──完璧に隠れている。
ヒチコックは、すぐに岩陰から飛び出して、斜面を駆けあがる。こちらは下、向こうは上。あらゆる意味で敵が有利だ。
砂利に足をとられて斜面をかけあがること、4秒。ヒチコックはもう一度横に転がって、斜面を見上げる。
──やばい、撃ってきていない!
ヒチコックは慌てて地面の上をもう一度転がる。いま自分がいた位置に着弾。
怖っ。回避を読まれている。すぐに立ち上がり、横に走る。走りつつ斜面を見上げる。
どこに敵がいるのかまったく分からない。だが……。
ヒチコックは一度逆方向に切り返し、そこからさらに逆へダイブ。また敵は撃ってこない。
──引きつけるつもりだ。
距離が詰まれば詰まるほど敵が有利。斜面だってきつくなるし、こちらは相手の位置すらつかめていない。
しかし、いるとすれば、あの頂上付近。大きな岩が複雑に絡み合った割れ目の辺りしかない。他に隠れる場所はないのだから。
──こうなれば、一か八か、賭けてみよう。
ヒチコックはポンチョの下から手鏡を出すと、すばやく鏡面を調整して、上方の、岩の辺りを太陽の反射光で薙ぐ。
──お願い、目を眩ませてて!
祈るような気持ちで立ち上がり、手鏡を放り出して斜面を斜めに駆け上がる。
ぽっと小さなマズル・ファイアがあがった。
──え!? あんな位置!!
ヒチコックが驚いたのも無理はない。スナイパーの銃火は、大きな岩のはるか右、何もない砂の中であがったのだ。敵の狙撃手は、地面にもぐってヒチコックを狙撃していた。そして敵が自らの位置をを晒す代償に放った一弾は、的確にヒチコックの胸にヒットしていた。
狙撃銃の弾丸の、強烈な直撃を喰らって後ろにすっ飛ばされるヒチコックの身体。
斜面を転がり、一拍死んだ振りをしたヒチコックは、むくりと起き上がると走り出した。
──見ーつけた、スナイパー!
真正面から敵の潜む狙撃ポイント目指して駆け上がる。距離、20メートル弱。拳銃の間合いに入った!
再び、地中からの狙撃。土の中から突き出した黒い筒から、ぱっと火花が散り、ヒチコックの胸に2発目が着弾! 身をのけ反らし、足をとめたヒチコックだが、今度は転ばず走り出す。左手に持っていた鉄アレイのように重たい銃、コヨーテのバフバスターを右手に持ち替えた。
──ルール3。撃つときは躊躇するな!
ヒチコックは走りながら、銀色のマグナムの照準をつける。左右に身を躍らせ、敵の銃口を攪乱し、タイミングを外して腰を落とすと、両手でしっかりホールドしたマグナムのトリガーを引いた。
ドッゴォォォン!
目の前で火花が弾け、熱波が膨らむ。自動車に正面から轢かれたみたいな衝撃と反動に、ヒチコックの身体は後ろにひっくり返った。敵の銃撃より痛い。尻餅をつきながら、横に転がる。
目の隅に、他のプレイヤーのHPゲージが突然表示されて、それががっつり短くなるのが見えた。当たったんだ!
──ルール4。パンチも弾も、一発目は外すな!
ヒチコックは立ち上がりながら、ハンマーをコック。右に大きく位置をずらす。
地面の下に隠れているから、あいつは銃口を回せない。大きく横に動けば、狙えない。
──ルール6。絶えず安全な場所に身を置け!
さっき1発撃っただけだけど、バフバスター454カスールの
敵の銃口、地面から突き出した黒い筒めがけて照準し、トリガーを引く。
ドッゴォォォン!
バフバスターが火を吹く。
バッファローに体当たり喰らったみたいな反動。身体がのけぞって、手の中で暴れた銃がヒチコックの顔面を強打する。目の前で星が散り、錯覚かと思ったら本当に頭の上でくるくるとお星さまのエフェクトが回っている。
こんなときに限ってレア・エフェクトがくる。が、弾は外れ。反動が怖くて、ガク引きし、かなり下へ着弾がずれた。
──でも、レアが出てるんだから、あたしはついてる!……はず。
身に迫る危険に耐えられず、とうとうスナイパーが立ち上がる。身体を隠したデザートパターンの
距離10メートル。
ヒチコックはバフバスターをあげ、スナイパーは狙撃銃を向ける。
──ルール5。敵に狙われたら、銃を持った手の方へ逃げろ!
相手の脇が緩んで照準が甘くなるからだ。
ヒチコックは、相手の右腕側へダイブしながらトリガーを引いた。
ドッゴォォォン!
454カスールと、狙撃銃の7・62ミリ弾の銃声が交錯し、地平線の彼方まで、号砲のように鳴り響いている。
「痛たたたた……」
ヒチコックは、赤く腫れた手をさすりながら立ち上がると、握りなおしたバフバスターを、倒れているスナイパーに向けながら、ゆっくりと斜面を上がった。
454カスールの銃弾を2発喰らった敵は、すでにHPゲージをのこり1ドットまで減らされ、胸から血を流しながら砂地の上に仰向けに倒れている。
そばには、放り出された
「狙撃銃って、すごいレアだって聞いたんですけど、実際に持っている人っているんですね」近づきながら、ハンマーをコックする。キチリっと音を立てて、ノンフルーテッドの武骨な
倒れた女の子は、生気のない表情でヒチコックを見上げている。腰のホルスターにでっかいオートマチック、たぶんデザートイーグルが入ってるが、それを抜く気はないようだった。
「あんた……、名前は?」
かすれた声で少女が訊く。
「ヒチコック。LV4のガンナーです」
「LV4……!」スナイパーの少女は、血を吹いて笑った。「このあたしが……、たかがLV4の……ガンナーに負けるなんて……ね。ソラララトフよ……それがあたしの……名前。……LV20、……スナイパーだ。ねえ……ひとつ、教えて。あたしの弾は、2発……あんたの胸に……当たっていると、思う、んだけど……」
ヒチコックはその言葉を聞くと、にんまり笑ってポンチョをまくり上げた。彼女のポンチョの下には、宿の裏庭にあった射撃場からとってきたスチール・ターゲットが、首から紐で吊るされていた。
「ルール2。武器は見えないように所持しろ。これ、施設アイテムですから、30分は消えませんから」
ふたたびスナイパーは、血の雫を飛ばして笑う。
「あたしが……、頭を、狙ったら……、どうするつもり……だった?」
「狙わないと思いました」ヒチコックは微笑する。「あなたはコヨーテさんの胸を狙って確実にダメージを与えていました。コヨーテさんが動いていないのに。だから、ヘッドショットはダメージ2倍だけど、外れるかもしれないから、狙わない。そう思いました」
スナイパーは咳き込むように笑う。
「やられた……わ。早く、殺せ」
言われてヒチコックは、バフバスターの銃口を眼帯の少女に向ける。
「ソラララ痛っ」舌を噛んだ。「えーと、柳生ちゃん!」
「勝手に名前! ゴホッ、……変えるな」
「柳生ちゃんは、ロレックスさんに頼まれて、コヨーテさんを殺したんですか?」
「はあ? ……知らないな。あたしは……プレイヤー・キラー、を狩る、のが……仕事だ。……そして、ラムザのロレックスも……ターゲットの一人だ」
「そうですか」ヒチコックは、バフバスターの銃口を、ソララララ……柳生ちゃんの頭に向け、トリガーを絞った。
柳生ちゃんは静かに片目を閉じる。
「あたし、柳生ちゃんが何考えているか、分かります。あたしが6発撃ったか、5発しか撃ってないか考えてるでしょ」
「考えてない。……3発しか撃ってない」
「あたしも、慌ててて、撃ち合いの最中に何発撃ったか、忘れちゃったんですよ。あたしが6発撃っていると思うなら、反撃してきても、いいですよ」
「早くしろ……。3発しか撃ってないから」
ヒチコックはちょっと考え、そしてトリガーを引いた。
カチャンという金属音が響き、柳生ちゃんはぴくんと身体を震わせる。が、弾は出なかった。
「ルール8。いま新しく作りました」ヒチコックはいたずらっぽく笑った。「射撃練習で使ったら、弾はちゃんと補充しておきましょう」
ヒチコックは、バフバスターの弾倉をスイング・アウトすると、エジェクター・ロッドを叩いて、単三電池みたいに大きな空薬莢を排出した。
そして、倒れている柳生ちゃんに背を向けると、そのままスタスタと斜面をくだっていった。
柳生ちゃんことソラララトフに撃たれるかも知れないとは、微塵も疑っていなかった。
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