第4章 『100万Gを取り返せ!』

死織は、すかさず突っ込んだ

第78話 騙された女子中学生


 ウィスティン・ホテルのカジノは、1階にある。

 正面エントランスから、1階のロビーを抜けて、赤い絨毯の敷かれた廊下の奥の奥。シックで頑丈な両開きドアを開くと、そこにゴージャスな大人の遊技場が広がっているのだ。


 夜ともなればドレスアップしたプレイヤーたちで溢れ、ルーレットが回り、スロットマシーンが金貨を吐き出す。天井には超巨大なシャンデリア、壁にはお洒落な燭台がずらりと並び、窓のない室内を昼間のように明るく照らしている。


「ラスベガスじゃねえんだからさぁ!」

 死織はすかさず突っ込んだ。

「こんなカジノは本来のウィスティン・ホテルにはねえだろ。新宿にあるホテルなんだぞ」


「ええ、でもそこ、あたしに駄目だしされたも困りますって」

 イガラシが半泣きで抗議する。


「ったく」

 舌打ちしながら周囲を見回す死織。だがしかし、赤いチャイナドレスの自分が、妙にこの堕落した空間にマッチしているのを感じる。逆に、白いナース服のイガラシは、頭のおかしい巨乳女としか見えない。おまえが病院に行けと教育的に指導したいくらいだ。


「で、なにがあった?」

 死織は周囲を見回しながら、イガラシにたずねる。昼間だからだろう。カジノは営業しているが、プレイヤーの姿はない。黒服のNPCが優雅にバーカウンターでグラスを磨き、客待ちのディーラーが静かにカードをシャッフルしている。


「最初、ヒチコックちゃんはスロットマシーンで目押しに挑戦してたんだけど、そのうちカードゲームやってみたくなったみたいで、あっちのカウンターをうろちょろし始めたんだ。で、説明受けてブラックジャックをやり始めて、そしたら馬鹿みたいに勝って」


「あいつ中学生だろ。そんなの、おめーが止めとけよ」

 死織はうんざりと肩をすくめる。

「そうなんだけど、ヒチコックちゃんのお金だし、50万Gも持っているっていうから……」

 ごにょごにょと言い訳するイガラシ。

「それで?」

「そしたら、ちかくにいた男の人に話しかけられて、ポーカーで遊ぼうって」

「男? プレイヤーか?」

「うん。背が高くて、スタイル良くて、イケメンで、お洒落だった」

「はいはい。女はそういうのに弱いから」

「でも、感じのいい人だったんだよ」

「デブで、毛深くて、汗っかきで、ステテコ姿でも、同じように感じたか? まあいいや。で、そのイケメンとポーカーやって、敗けたか」

「うん。最初は何回かヒチコックちゃんが勝って、で、4回目くらいにいきなり金額があがって、どっかん!って感じで敗けた……」


「ふうむ」

 死織は顎に手を当てて考えた。

「ベット・システムか?」

「うん」

 イガラシはうつむき加減でうなずき、死織はため息をついた。


 ベット・システムとは、ハゲゼロにある「賭け」のシステムである。なんでもいい、他のプレイヤーと賭けをするとき、このシステムを起動するのだが、現金すなわちGやアイテムを賭けることができ、敗けるとそれらを奪われることになる。


「カジノなんだから、わざわざベット・システムを起動する必要ないだろ。普通にゲームで勝負すればいい。ヒチコックの奴、まんまと騙されたな」


「でも、ジャッジはNPCだったし、不正なんかできないと思ったから……」

 イガラシは半泣きだった。まあ、多少は責任を感じてもらいたいところだから、死織は慰めない。


 ベット・システムは、ハゲゼロのメニューにある特殊システムのひとつで、誰かと何かを賭けることが出来るものだが、賭けの内容は何でも有り、だ。

 コインの裏表。投げた石が的に当たるか否か。どちらが敵をより多く倒すか。

 その賭けの内容が何でも有りであるため、周囲にいるプレイヤーもしくはNPCを、最低3人、ジャッジと設定して、賭けの勝敗を判定してもらうお遊びのシステムだ。


 だが、当然ヒチコックは、そんなベット・システムのことは知らなかったろう。


 プレイヤーがジャッジだと、たしかにインチキな判定や贔屓な判定が生まれる。逆にジャッジがNPCであるなら、それはつまりAI判定になるから、一般的に公平であると思われていた。


「ポーカーっていったか?」

「うん」

「どの場所でやった?」

「あそこ。あの奥のテーブル」


 死織はヒールを毛足の長い絨毯に沈み込ませながら、いまは誰もいない丸テーブルに近づく。

「ヒチコックの席は?」

「こっち」

 イガラシが壁際の席をさす。

「ふうん……」

 死織は後ろの壁のフラワースタンドに近寄った。

 マホガニー製の四角いスタンドには、銀器の花瓶が乗り、そこに赤い薔薇の花がドカ盛りされている。死織はその銀の花器に注目した。四角柱の、ぴかぴかに磨かれた鏡のような花瓶。それが変な角度で置かれている。


「おそらくこの花瓶の表面に反射させて、ヒチコックのカードの手を盗み見たんだろうさ」

「え? でも」イガラシは首を傾げ、周囲を見回す。「反射させても、距離があって見えないし、角度も無理があると思うよ」

「その男本人が見ていたんじゃない」死織は首を横に振る。「おそらく別のやつが、あっちの廊下の奥から見ていた。距離にして10メートル近いから、トンビみたいに目のいい奴か、あるいは望遠鏡を使ったんだろう。そして、ヒチコックのカードの手を、相手の男に伝えた」

「でも、望遠鏡なんてアイテムなかなかないし……、しかも、ってことは他にも仲間がいたってこと?」

「だろうな」

 死織はカウンターバーの方を振り返り、指を鳴らしてバーテンダーを呼んだ。


 早足に近づいてきた黒服の男に、死織はたずねる。

「さっきまでこの席にいたイケメンの男性、よく来る客かい?」

「はい。ロレックス様ですね。毎日いらっしゃいます。いつもは夕方なのですが、本日は珍しくお昼にお見えでしたね」

「有名な人?」

「はい。もの凄いお金持ちでいらっしゃいます」

「ありがと」

 死織はにっこり笑ってこたえた。


 黒服がいってしまうと、イガラシにそっとささやく。


「ものすごい金持ちだってさ。そりゃそうだな。インチキ・ポーカーでがっぽり稼いでやがるみたいだから」

「でも、どうしよう。ヒチコックちゃん、そいつに100万Gもの大金を借金しちゃって、連れてかれちゃったんだよ。なんとか助けてあげないと」


「100万Gか……」

 死織は不敵に笑った。

「騙されて奪われたってんなら、こちらも騙して奪い返してやるまでさ。そのロレックスって男からな!」


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