ヒチコックVSノスフェラ
第72話 弾切れ
ヒチコックは走り込み、トリガーを引いた。ガンっ!という
何度目だ! 当たらなかったのは!?
そんなことを考え、ふと目線を脇にずらす。視界のすみ、アイテム表示欄にシルバーチップの残弾数が表示されていて、それがすでに20数発になっている。
ヒチコックはぎょっとした。
正確な残弾数は28発。
弾倉と予備弾倉に計9発入っているから、ストレージにはあと、えーと18発とか19発とかしかない。19発といえば、マガジン3本分を切っている。このペースで無駄弾を使い続ければ、あっという間に残弾はなくなり、ヒチコックは無手になってしまう。
だが……。
相手が止まったのを見てトリガーを引く。またもやノスフェラに躱された。
──あいつに、銃は効かない。3メートル以内に近づかないと……。
死織がくれたアドバイス。「ノスフェラに3メートル以内まで近づけ」。分かっている。それは分かっているけれど、追いかければ逃げてゆく。突っ込めば躱される。下手に弾倉交換すれば、いっきに迫られて、あのチョップで斬り殺されてしまう。
どうにか……、どうにかしないと。そうは思うのだが、
「どうにもならないよぉ」
ガンっ!と1発撃ったら、がしゃっとスライドがストップした。残弾ゼロ。慌ててマガジンをチェンジする。こちらの弾倉交換の瞬間がくるたび、ノスフェラは目を輝かせて間を詰めてくる。
ヒチコックの銃がカスピアン・カスタムであるため、ボタンひとつで空弾倉が落とせることと、毎日練習してきたマガジン・チェンジ動作のおかげで、ヒチコックはノスフェラに間を詰められることなく弾倉交換を行えているが、これだって、いつ失敗するか分からない。もし失敗したら、そのときはヒチコックの首が落とされるとき。そして、いまも確実に残弾はゼロに近づいていた。
──なんとか、なんとかあいつをつかまえないと……。
気は焦るが、結果はでない。このままでは……。
ヒチコックは唇を噛んで、手にした銃を見下ろす。
小さい手のヒチコックでも扱いやすいようにカスタマイズされた銃。アンビ・セイフティー。ロング・マガジンキャッチ、そしてロング・スライド・ストップ。
「そうか、やってみるか」
ヒチコックは小さくつぶやいた。
銃を上げ、様子をうかがうノスフェラに連射。
ガンっ! ガンっ! ガンっ!
跳ね上がる銃口を、そのたびに抑え込んでトリガーをつぎつぎと引く。花火くさい硝煙が立ち込め、ちーん、ちーんと音をたてて空薬莢が地面に転がる。
が、ノスフェラには当たらない。くるり、くるりとターンを決めるヴァンパイアは、蝶のように舞い、蝿のように躱して、ヒチコックの銃弾から逃れる。
ふたたび、がしゃっとスライドが後退位置でストップする。ヒチコックは、流れるような動作で左手をお腹のマガジン・ポーチへ伸ばした。が、そこには何もない。空っぽだった。
新しい予備弾倉は、10秒待たないと出現しない。前の弾倉を抜き取ってから、10秒経たないと、つぎの弾倉は実体化してくれないのだ。
「やばいっ!」
ヒチコックは、はっと顔をあげる。
にかっと笑ったノスフェラが、銃弾をも凌駕するダッシュ力で、一直線にヒチコックに向かって突進してくる。
「わっ、わっ、わっ」
ノスフェラはぼうっと青い炎をまとった手刀を振り上げる。ぽーんと跳躍し、ヒチコックの首めがけて、斬撃力のある手刀を打ち下ろしてきた。
「わっわっわっ、……なーんてね」
ヒチコックが、
ほぼゼロ距離。銃口がノスフェラの胸にめり込む近距離で、ヒチコックはトリガーを引いた。
ガンっ!
ばっと血しぶきが散り、赤い雫がヒチコックの頬にとぶ。ノスフェラは、ヒチコックの肩先を飛び越えるようにして、そのまま地面に突っ込んだ。
顔から突っ込んでそのまま倒れているノスフェラの背中に、ヒチコックは冷静にあと2発シルバーチップを撃ち込む。
がくっ、がくっ、と短くなって真っ赤になるノスフェラのHPゲージ。
さらに、ヴァンパイアの少女の腕の中でかすかに身じろぎしたゾンビのテディーベアにも情け容赦なく銃弾をお見舞いした。
テディーベアのぬいぐるみには、ノスフェラの使い魔が仕込まれていたようで、「ぎゃっ」と悲鳴をあげて赤い血を流し、やがて動かなくなった。ヒチコックは、このテディーベアが、ずっと自分の動きを目で追っていたことに気づいていたのだ。
ノスフェラとテディーベアにトドメを刺したヒチコックは、それでも慎重に銃を向けたままダーク・レギオンから下がる。そして、ゆっくりと周囲を確認した。
屋上では、まだイガラシと陽炎が戦っている。死織とモルガンの姿はなかった。
カスピアン・カスタムのスライド・ストップは長い。手の小さいヒチコックでも操作しやすいロング・タイプが使われているのだ。
スライド・ストップは、残弾がなくなると、スライドを後退位置で止め、ホールド・オープンという状態にしてしまう。だが、残弾が無くならなくても、射撃時にこのスライド・ストップを親指で押し上げていれば、スライドは引っかかり、やはりマガジンは後退位置で止まってしまう。
ノスフェラは、ヒチコックが撃発時に親指で押し上げて、わざとホールド・オープンさせたスライドを、てっきり残弾ゼロであると思い込み、みずからヒチコックのそばまで飛び込んできた。
ヒチコックは、タイミングを合わせてスライド・ストップを押してスライドを前進させ、実は空っぽではない弾倉から次弾を装填して、銃のトリガーを引いたのであった。
ヒチコックはぺろりと舌を出した。
「こう見えて、あたし、結構女優ですから」
ピロリロリーンという、レベルアップを伝えるファンファーレが鳴り響き、ヒチコックがLV4に上がる。さらに、表示がきた。
『ヒチコックさんが、「ヴァンパイア・ハンター」の称号を獲得しました』
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