第3章 『ヴァンパイア・ハンターたちのダイハード・ナイト』

ヒチコックは、いまならおにぎり100個は食べられそうである

第46話 古都に到着


「お腹すきましたよー。とにかくなんか、食べましょうよぉー」

 へろへろのヒチコックは、のろのろと石畳のスロープを昇りながら、隣を、これまたふらふらと歩く死織に提案した。


「そ、そうだな。とりあえず、なんか食べよう」

 さすがの死織も足元が怪しい。

 森の中で道に迷い、3日3晩彷徨ったすえ、やっと街道に復帰できた2人は、夜通し歩いて、いまやっと大きな街にたどり着いたのである。


 荒野の真ん中に、威圧感をともなって鎮座する巨大な都市。古都ラムザ。


 周囲を高い城壁に守られて防御は完璧。街の門は、お城の城門のようで、ゆるやかなスロープの上には左右に開いた巨大な扉と、鎧を着こんだ門番までいる。


 ちなみに門番は、手に槍を持っているが、NPCなのでダーク・レギオンと戦ったりはしてくれないらしい。が、怪しい奴が通ろうとすると、「こらっ」といって止めるそうだ。「こらっ」といって止めて、それだけらしいのだが。


 ゲームだから、3日だろうが100日だろうが、なにも食べなくても餓死したりしないのだが、定期的に襲ってくる空腹感と、何も食べていないというストレスから、すっかりへろへろになってしまっていたヒチコックと死織は、よたよたと城門へのスロープをのぼり、門番に自己紹介して通してもらった。

「死織です。クレリックです。ドスレの村から来ました」

「ヒチコックです。ガンナーです。あたしもドスレの村から来ました」


「よし、通れ」

 そう言われて、2人は正門をくぐる。

 こんなんでいいんだ……。


「セキュリティー、ゆるくないですか?」

 死織に訊くと、肩をすくめる。

「あれ以上やっても仕方ないだろ。ギャラルガーみたいなのが突撃してきたら、どっちにしろぶち破られるんだから。ま、自動生成の街の限界みたいなもんだな」



 古都ラムザは大きな街である。石造りやレンガ造りに、瓦ぶき三角屋根の建物が並び、ヨーロッパとかロシアとか、なんかそんな感じの古い町並みである。

 ヒチコックの視界のすみに、アイコンが点滅し、地図データがダウンロードされてきた。あとで見ておくことにする。とにかく、いまはお腹が減っていたから。


 正門の内側は、大通り。広場でもある。

 中央に噴水があり、出店が並ぶ。屋台や露店も所狭しとひしめき合い、行きかう人の数も多い。NPCもまじっているが、ほとんどがプレイヤーである。

 剣士や魔術師、戦士や騎士で溢れている。


「おー、すげー。なんか異世界にきたみたいですよー」

「おい、ヒチコック。とりあえず、たこ焼き食わねえか? おまえの奢りで」

「異世界の雰囲気、いま速攻でぶちこわしましたね」とは言ったものの、ヒチコックも空腹である。「食べますか。50万Gあるんで、いくらでも奢りますよ、へっへっへっ」

「いや、たこ焼きなんて、4Gで買えるから」



 お祭りの出店みたいなたこ焼き屋で、NPCのおっちゃんからタコ焼き2つを買った2人は、その場ではふはふ食べながら、街の様子を眺める。


 街は大きく、プレイヤーの数も多い。通りは整備され、たまに荷馬車も走っている。いまも正門からきらびやかな装飾の4頭立ての馬車が入ってきて、歩行者に警笛を鳴らしながら、ゆっくりと進んでゆく。プレイヤーではなくNPCのようだ。一種のキャラバン隊みたいなもので、教会の聖人が乗っているという設定らしい。

 馬車の行く手を目で追うと、街の中央部に、天を突くような教会の尖塔が見えた。


「死織さん、あれ教会ですよね?」

「ああ。ここの教会なら、神父がいるかもしれねえな。ヒチコック、おまえ、ガンナーから転職したらどうだ? 可愛い魔法少女とか、いいんじゃねえの」

「いやですよ、魔法少女なんか、子供みたいで。ガンナー最高じゃないですか。それより、死織さん。あの教会のとなりの高層ビルはなんですか? このファンタジーな街の雰囲気壊しまくる未来の建物は?」


 三角屋根の街並みのむこうに突き建つ教会の尖塔の隣に、ほぼ同じくらいの高さの、未来的デザインともいえる、背の高いビルがあった。規則正しく並んだ窓が、いかにも現代的な高層ビルである。


「ありゃ、ホテルじゃねえか?」死織はタコ焼きをのみこんでから答える。「『ハゲゼロ』は、CMだのスポンサードだのの関係で、実在のホテルや店舗が出現することがあるんだ。あれは、新宿のウィスティン・ホテルにそっくりだから、それだろう。でも、教会の隣に高層ホテルじゃあ、雰囲気ぶち壊しだな」

 死織はにやにやと笑う。


「へー、ホテルなんですか」ヒチコックはちょっと驚いた。「屋上にすごい長いアンテナが立っているから、なんかの基地かと思いましたよ」


「アンテナじゃねえよ。ありゃ避雷針。だいいち、この世界にテレビ放送とか無線通信とかねえっての。でも、ああいう高層ビルの屋上に、ヘリポートが出現しちゃうってバグは多いんだぜ」死織は我慢できずにぷっと吹き出してしまう。「自動生成ってのも、適当だよな」


「泊まりましょうか?」

「ん?」

「あの、ホテル。値段の一番高い部屋に」

「お、いいね。おまえの奢り?」

「だって、死織さん、お金ないでしょお?」ヒチコックはにへらーっと笑った。「あたし、50万Gほど所持金ありますんで」

「それは、俺だけ安宿に泊まれということか?」

「うーん、まあ、死織さんも、泊めてあげても、いいですけどぉ?」

「お願いしますよ、ヒチコックさま。スーパー・ガンナーのヒチコックさまぁ」

 死織は、お代官さまの前でひれ伏す農民みたいな卑屈な声をあげて、腰を折る。胸の谷間を強調して、ハニートラップを仕掛けてきた。

「ふぉっふぉっふぉっ」ヒチコックはご満悦で笑う。「まあ、そこまで頼むのなら、泊めてあげますかねぇ。いままでお世話になったことだし。ふぉーっふぉっふぉっふぉっ」

「ありがとうごぜえます、ヒチコックさま。でも、ヒチコックさま、そのバルゆうン星人みたいな笑い方は如何なものかと……」


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