第44話 伝説の勇者
ギャラルガーの顎が高速でヒチコックに襲い掛かる。
「ヒチコック! よけろっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫をあげて後方から飛び出してきたエリ夫が、腰だめに構えた槍でギャラルガーの顎に体当たりした。
飛竜の巨大な頭部が、下から槍の刺突をうけ、喉元の柔らかい部分に銀色の穂先がずぶりと刺さる。
ギャラルガーの頭部の動きが一瞬とまった。
今だ!
死織は反射的に飛び出し、低い位置で止まっているギャラルガーの顎に、拳を打ち込んだ。
このまま永遠にだって削り続けてやる! この巨大な飛竜だって、無限のHPを持っているわけではないはずだ!
しかし、さすが敵もダーク・レギオン。一瞬の溜めののちに、凄まじい力で首を一振りして反撃してきた。
頭部に絡んでいたエリ夫と死織は、まとめて横なぎに吹き飛ばされる。
地に転がりながら、死織は叫ぶ。
「ヒチコック、下がれ!」
ここは一時撤退しかなかった。それにより、結果的にこのギャラルガーを取り逃がすことになったとしてもだ。
首をふりあげたギャラルガーの胸前で、ヒチコックが片膝ついた姿勢でガバメントを連射していた。
まずい、やられる!
死織がそう思い、肝を冷やした瞬間。唐突にそれは訪れた。
なにか、視界いっぱいを覆う黒い大爆発だった。
ぼんっ!という爆発音をともなって噴き出したそれは、まず一番ちかくにいたヒチコックを吹き飛ばし、反作用でギャラルガーの上体さえ、後方にのけぞったほどだった。
一瞬視界が遮られ、噴き出したそれは空を黒く覆い、やがて死織とエリ夫の上に、熱湯のように降り注いできた。
「あちっ」
「なんすか、これ」
エリ夫が空から降って来た粘っこい液体を指ですくう。
「血だな」死織が答えた。「ギャラルガーの血だ」
死織の言葉にかぶるように、力尽きた飛竜が長大な首を地に落とし、巨頭が大地を打つ。
飛竜の死は、ずいぶんと速やかに訪れたらしい。
大動脈瘤破裂などでは、人間はあっという間に絶命すると聞いたことがある。それは、巨大な飛竜、強力なダーク・レギオンでも一緒であるようだ。心臓を撃ち抜かれた光撃飛竜ギャラルガーは一瞬のうちの絶命し、倒された。いかに頑強な飛竜といえど、その心臓が止まれば、あっという間に昇天してしまう。いや、巨大であるがゆえに、心臓を止められることは大きいのかもしれない。
あたり一面、真っ赤な血の池だった。
地面の上を、血が川を作って流れ、ドスレの池は、いまや血の池となっている。
全身血まみれのヒチコックが立ち上がり、「やったー!」と両腕を空に向けて突き上げる。それに合わせて、ファンファーレが鳴り響いた。
ヒチコック、LV3にレベルアップ。そして、クエスト完了。さらに、『ヒチコックさんが、「ドラゴンスレイヤー」の称号を獲得しました』 という表示が出る。
「ヒチコック、おめでとう」死織は呆れかえって告げる。「だが、今のは、普通なら死んでいたぞ。今回は運が良かっただけだ。2度とするな」
「ちがいますよ」スカートの裾から血を滴らせながら、ヒチコックが歩いてくる。「倒すならあそこしかないと考えたんです」
「心臓か?」
「エリ夫さんに聞いたんです。恐竜は爬虫類ではなく、鳥類や哺乳類に近い心臓を持っているって。とくに心臓は優秀で、それは恐竜が激しい運動を普段からしていたからなんですって。知ってましたか? 恐竜の心臓は、人間とおんなじ場所にあるらしいですよ。だから、左胸を狙いました。一点集中、全弾ぶちこみましたよ。全力で弱点を撃ち抜きにいかないと、細かいダメージをいくら与えても、飛竜は倒せないと思ったんです。だって、……だって、あんなに大きいんですよ」
たしかに、そうかもしれなかった。
事実ギャラルガーのHPは表示されなかった。いくらダメージを与えても、その蓄積ではこのレベルの敵は倒せないのかも知れない。
死織は、「ふっ」と笑うと、ヒチコックの肩を叩いた。
「レベルアップおめでとう。そして、飛竜討伐おつかれさま。今回の伝説の勇者は、おまえだ、ヒチコック」
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