第32話 クエスト・ボード
「エリ夫さんって、なんでログインしたんですか?」
「おまえ、そういうプライベートなこと聞くなよ!」
「だってー、エリ夫さんって、いっつも絵ばかり描いているじゃないですか? 戦わないなら、なんで『ハルマゲドン・ゼロ』に来たのかな?って思っちゃったんですよ」
「人にはそれぞれ事情ってもんが、あるんだよぉ」
「ああ、いや」エリ夫が困ったように口を挟んだ。「たしかに、ヒチコックちゃんの言う通りだよね」
ちょっと困って眉尻をさげる金髪碧眼の美少年。ヒチコックに言わせると、本当は自分もこういうキャラクターにしたかったらしい。外見が同じでも、おまえにこのキャラは無理だ、と死織は思うのだが。
エリ夫はちょっとテーブルに身を待たせ、ふっとため息をついてから口を開いた。
「こう見えて、ぼくは高等遊民だったんだ……」
「恰好つけんな、バカ。おまえ、ニートだったのかよ」
死織は舌鋒鮮やかにエリ夫に突っ込む。
「子供のころから絵が上手くて」ノーダメージで語りを続けるエリ夫は、「大友克洋以来の天才なんて呼ばれていて」軽い自賛をいれつつ……。
「大友克洋ってだれですか?」ヒチコックの小声の質問が挿入され、
「漫画家な。画家じゃねえから」という死織の突っ込みをスルー。
「将来はアニメをやりたいと思っていたんですが、なかなか就職が決まらず、ここで稼いで一旗あげようと思ってきたんですが、バトルを繰り返しているうちに、戦いの虚しさを知ってしまったんです」
と、どこか遠くを見つめるエリ夫。
「ふうん、そうなんだ」
ヒチコックは深く納得して、うんうんと頷いた。
「とかなんとか、格好いいこと言ってたけどさ、あいつ」
エリ夫と別れて村の大鳥居へ向かいながら、呆れたように死織は口を開いた。
「ただ怖くなっただけだろ。なにが戦いの虚しさだよ。バッカじゃねえの。だいたいあいつ、LV3だぞ。虚しくなるほど戦ってねえじゃん」
「えー、そうなんですかー」
びっくりして目を丸くするヒチコック。
「そうだろー。ってか信じてたのかよ、あいつの話」
「いやでも、本人がそう言うから……」ヒチコックは口を尖らせるが、エリ夫に対して悪感情は抱いていないようである。「まあ、たしかに戦いは、怖いですからね。やらなくて済むなら、やりたくないですよね」
「やらなくて済むならな。やらなくて済むならな!」
昼食後、一休みして、ふたたびの翼竜狩りである。
できれば今日の狩りで指定狩猟数に達してクエスト・クリアにしてもらいたい死織であった。
翼竜を狩れば、それ自体のGと経験値が入るが、クエスト完遂時の報酬は大きい。ざくっと稼いで、『勇者祭り』までの何日かを、ここでゆっくり休みたかったのだ。
大鳥居をくぐり、草原を下りながら、眺めのいい風景を見渡す。
空には薄雲。遠くには頂に雪を冠した高山。その裾から広がる深い森。なんとも平和な光景である。
いつもより遠くで草を食む羊の集団。すこし手前で待つことにする死織とヒチコック。
とにかく、森から飛び立った翼竜どもが現れてくれないことには、狩りは成立しない。翼あるオオカミどもが、草原でのんびり遊ぶ羊たちに襲い掛かってくれるのを待つこと、数分。
遠くの樹冠を揺らせて、低い高度で5匹の翼竜たちが、羊の群れへ接近するのを死織は見つけた。彼女が指さすと同時に、隣のヒチコックが草原を下り始める。
もう、ここはヒチコック1人で大丈夫だろうと、死織は傍観を決め込んだ。
3匹の翼竜が降下したタイミングで、ヒチコックが発砲し、ぱん、ぱんと乾いた火薬の音が草原に響く。
翼を撃ち抜かれた翼竜3匹、明らかに手慣れた様子のヒチコックによって、的確に撃ち殺され、光の破片となって散ってゆく。残り2匹は、警戒して降りてこない。
のんびりとした戦いだが、ヒチコックの経験値は稼げているし、低級ではあるがダーク・レギオンも減らせている。別段悪いことではないな、と思いつつ、暇を持て余した死織はスタート画面から、クエスト画面を開き、いま受注中のクエスト情報を確認した。
狩るべき翼竜の数があとどれくらいか、それぐらいは知っておかないと今後の予定が立たないと、そう思ったからだ。
クエスト・ボードが拡張現実式に、光るページとして目の前に出現する。
最初、死織はその報酬額の高さに目を瞠った。
──50万G!? なんでそんなに高額報酬なんだ?
慌てて討伐数を確認するが、そこには1匹としてか書かれていない。
死織はぎょっとした。
──このクエストは一体なんだ? あいつ、いったい何のクエストを受注したんだ!
クエスト・ボードの一番上に目を走らせ、死織は全身から血の気が引くのを感じた。ぞっとして、体中から体温が瞬間的に失われた。
「ヒチコぉーーーーーークっ!」
彼女が叫ぶと同時に、空を何かが覆った。辺りが瞬間的に暗くなる。
それは、あり得ないくらい、巨大な敵の影だった。
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