死織は、格闘ゲーマーである

第7話 回復なんて、間に合わねえから


 その少し後、死織は少々呆れつつも、森へと続く小路を登っていた。


 隣を歩くのは、本日出会った初心者プレイヤー・ヒチコック。ガンナーである。

 彼女の『中の人』、すなわち棺桶コフィンで眠っている肉体は、女子中学生。ゲーム規制法が施行されてから生まれた、いわゆる『ノーゲ世代』であり、今年38歳の死織からすれば、親子といっても差し支えないほど歳が離れている。


 死織からすればヒチコックは新人類であり、異星人であり、もう理解しきれない存在であった。

 キャラメイクでやらかすわ、最弱&地雷といわれる職業ジョブの『ガンナー』になるわ、武器である拳銃は反動の強さで選ぶわ、もうやりたい放題。このゲームは、ある種のデスゲームであり、キャラが死ねば強制ログアウト。そのさいに脳神経が破壊されることがあり、記憶ロストや精神圧壊もありえる。ゲーム・オーバー=死である、というのにだ。


「森って、遠いんですか?」

 呑気にヒチコックが訊ねてくる。

「この坂を登り切ったら、唐突に始まるよ。そういうところは、やっぱゲームだよな」

 死織は坂の上を指さす。


 坂の上から唐突に森。右手には大きな河が流れている。ただし河に橋はないので、向こう側へはいけない。川から水をとるための用水路が村へ伸びていて、そこだけ妙にリアルだった。



「よーし、やるぞー」

 ヒチコックは、気合たっぷりに腰のホルスターから銃を抜いて、構えてみせる。


 さっき武器屋で買ったばかりの新品。コルト・ガバメントだ。

 ベルトには茶革のビキニタイプ・ホルスターが通され、反対側の腰にはマガジン・ポーチが装備されていた。マガジン・ポーチには、予備の弾倉マガジンが一本挿さっている。


 死織もさすがに知らなかったが、武器屋の親父の説明によると、この弾倉マガジンというのは、特殊アイテムで、弾を撃ち尽くして銃から抜くと、消えてしまうらしい。で、ポーチを装備していると、保存領域ストレージにデータセーブしてある弾丸を自動で装填して、ポーチ内に再出現するらしい。消えてから、装弾されてポーチ内に再出現するまでの時間、なんと10秒。


「えっ、たった10秒なんですか!」

 武器屋で説明をうけたヒチコックは驚いたが、死織は逆の意味で驚いた。


「10秒もかかるのかよっ!」


 そう。バトル中の10秒というのは、ものすごく長い。これは格闘ゲーマーである死織の経験だが、10秒間的確に攻め続ければ、相手の体力の半分以上を奪うことができるのだ。


「それ、マガジン、もう一本買った方がいいんじゃないか?」

 死織はヒチコックに提案したが、彼女は従わなかった。

 ホルスターやポーチを買って、弾薬を仕入れたら、もう残金があまりなかったのである。

「ちょっと稼いでからにします」


 ということで、ヒチコックのレベル上げ、および資金稼ぎに付き合って、敵が出現する可能性の高い森へと向かい、いまは坂道を登っている状況である。


「死織さん、クレリックってことは、回復魔法がつかえるんですよね?」


 いざとなったら死織に回復してもらうつもりのヒチコックは、意気揚々と問い掛けてくる。


「使えるけど、意味ないぞ」

「どうしてですか?」

 口を尖らせるヒチコックに言ってやった。

「LV1じゃあ、攻撃受けたら一撃で死ぬからだよ」

「……え?」

「つまり、回復してる暇はない」

「じゃあ、さっき買った回復薬は?」

「当面、無用の長物だな」


「え、でも、それって、おかしくないですか? LV1で、敵の一撃で死ぬなら、だれもLV2にいけないですよね」

「喰らわない、しかないな」


「え? でも、スライムの攻撃は、3発くらいまでなら死なないって、たしか……」

「スライムなんて、いねえよ」

「え? でも、最初の敵はスライムなんですよね?」

「昔はな」死織は肩をすくめた。「でも、もう全滅した」

「全滅なんてするんですか?」


「みんなが狩りつくしたからな」死織は嘆息する。「だって、全滅してくれないと、困るだろう? 俺たちの目的は暗黒軍勢ダーク・レギオンの殲滅だ。倒したら消えてくれないと困る。復活なんてされたら意味がないだろ。これはゲームであって、ゲームではないのだ」

「えーと」

「スライムは、LV1で参加してきたプレイヤーたちが、LV2になるために、狩って狩って狩りまくった。もうすでに絶滅しているよ、オーストラリアのフクロオオカミみたいにな。だから、おまえが相手にするのは、アレだ!」


 死織は、森の入り口、叢の中で身を低くして戦闘態勢を取っている獣を指さした。

 そこには、ちょっとビビるくらい大きな狼がいた。

 ブルー・ウルフだった。


「安心しろ。フクロはついていない」

 死織はきっぱりと言い切った。


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