第4話【決着】
足場はすでにない。
武器となり得る刃物もない。
それどころか、武器を掴む右腕すらない。
それでも、背中を受け止めてくれた温かさはある。
まだ体を支配する痛みは、不思議と消えていた。ユフィーリアはショウを一瞥すると、
「本当に、遅かったじゃねえか。俺もうこんなんだよ」
「勝てるのか?」
「当然」
彼がいれば、勝てる自信が出てきた。
ユフィーリアは遠ざかっていく【
「ショウ坊」
「なんだ」
「刀、出せるか? なんでもいい」
「もちろんだ」
ショウはユフィーリアの左腕に手を伸ばし、彼女の白い手を握る。
手のひらから伝わってくる温かさ。見れば、左腕を包み込むように紅蓮の炎が灯っていた。燃えているのではないか、という焦りはなく、左腕を包み込んでいた炎が徐々に形状を変えて大太刀となる。
いつのまに、こんな形状変化を覚えたのだろうか。疑問を解消するのは、全てが終わってからでいい。
「行ってこい」
「おう」
背中を強く押されて、ユフィーリアは送り出される。
これが本当に最後だ。
油断はするな、確実に仕留めろ。
ここで全てを終わらせるのだ。
「お
暗黒の空に散らばる瓦礫が落ちる速度、驚きのあまり逃げようとする【黒輝夜姫】の動き、全てが遅くなる。
時間の流れを置き去りにして、ユフィーリアはつま先に力を入れて瓦礫を蹴飛ばす。
虚空を漂う瓦礫を蹴飛ばし、跳躍し、足場にし、空気のない暗黒の世界に飛び出して、その先で待ち受けていた【黒輝夜姫】へ肉薄する。
「――さ、せ」
【黒輝夜姫】は口を開き、腐敗術を発動しようとする。
それよりも先に、ユフィーリアは最後の瓦礫を蹴飛ばして左手に握った赤い大太刀を振り抜く。
「――
抜刀――切断。
【黒輝夜姫】の生首を上下に分断すると、彼女の首が紅蓮の炎に包まれる。ごうごうと燃え盛る生首は「ぎゃあああああああああ!!」と断末魔と共に、黒い炭の塊と化した。
左手の中から大太刀が消えていく様を見届けたユフィーリアは、落下しながら消し炭となる【黒輝夜姫】を一瞥する。
「ざまあみろ」
それが、確かに天魔の女王の最期だった。
☆
地球の周囲をぐるりと取り囲んでいた天魔の卵が、ゆっくりと崩壊していく。女王であり母である【黒輝夜姫】が死亡した時点で、天魔の絶滅も決定づけられた。
ああ、これで本当に終わったのだ。ユフィーリアは倦怠感に支配された体を動かして両腕を広げて、自分を送り出してくれたショウへ抱きついた。
「終わったあああああッ」
「ああ、これで完全勝利だ。さすがユフィーリア、最強だな」
「もっと褒めて、右腕を犠牲にして掴んだ勝利なんだよおおおお腕痛えええええ」
思い出したように右腕が痛み始めて、ユフィーリアは終戦の反動もあって泣きそうになる。
重力にそのまま身を任せる二人だったが、少し待ってほしい。
――ここは今どこで、どのぐらいの高さから落ちているのだろうか?
「なあ、ショウ坊」
「なんだ?」
「これさ、俺ら死なねえか?」
「…………死ぬだろうな」
重力に従って落ちているが、ここは大気圏であれだ燃え尽きるとか云々ではなく天魔憑きでもこれは死ぬ!!
現実を突きつけられた二人は、落下しながら絶叫した。
「「――――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」」
これ本当に死んだ、本気で死んだ。
そもそも宇宙空間で声が響くとか、あってもいいのだろうか。白い塔の内部か? 最後の最後まで白い塔が疑問に思えてくる。
いや、このままでは無事に生還するどころか、大気圏で燃え尽きること間違いなしだ。地表に辿り着く前に塵となる。
「どどどどどうするショウ坊!? 俺どうしよう!?」
「おおおお落ち着けユフィーリア!! ひっひっふーだ!!」
「ベタなボケをありがとうよクソが!! 誰か助けてぇ!!」
さすがのユフィーリアでも、この状況では助けを求めざるを得ない。
疲れた思考回路を必死に働かせて危機的状況を打破する方法を考えるが、二人はどうやら悪運が強かった。命懸けの難関任務を幾度となく成功させてきた第零遊撃隊だからこそ、最後の最後で勝利の女神が満面の笑みで応じてくれたのだ。
崩れる白い塔の瓦礫に埋もれるようにして、あの白い台座があったのだ。ユフィーリアとショウをここまで運んだ、あの台座だ。
「ショウ坊、あれだあれ!!」
「台座か!?」
「そうそうそれそれ!! あれに乗れば少なくともどっかに転移できるんじゃね!?」
「そうだな、もうそれに賭けるしかない!!」
白い台座を目指して虚空を泳ぐユフィーリアとショウは、かろうじて台座に足を乗せる。
すると、台座が白く輝いた。無事に起動するようだ、これで大気圏で燃え尽きることは免れる。
「よし行くぞショウ坊、どんな結果になっても恨むなよ!!」
「恨むなら運命の神を恨む!!」
「その意気だ、中指立てて舌出してやれ!!」
白い台座による転移が発動し、浮遊感と共に視界が切り替わる。
晴れ渡った青い空、雲一つどころか怪物の影すら見えない快晴。眼下に広がる大地の先に、王都アルカディアが見える。
無事に地球内部へ転移できたらしい。よかった。
――いや、あまりよくない状況だが。
「やっぱり高高度じゃねえか馬鹿ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「父さん、先立つ不幸をどうかお許しください」
「お前は不吉なことを言ってんじゃねえ!! この状況を打開することだけを考えろ!!」
「無理」
「即答!?」
高高度から自由落下することになったユフィーリアは、すでに生存を諦めて遠くを見つめてしまっているショウをガクガクと揺さぶって正気に戻そうとする。
もうこの状況ではどうすることもできない。このまま二人で地面と激しい抱擁を交わして、そのまま冥府へ旅立つことだろう。二人揃って戦死である、喜べない。
その時だ。
「適用『
ふわ、と。
落ちる速度が、途端にゆっくりになる。
ユフィーリアとショウは互いの顔を見合わせ、それから揃って視線を地面にやる。
空から降ってくる彼らに懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を突きつけた、見慣れた顔が一つ。それから激闘を制して、疲れ果てた同胞たちの姿が確認できた。
「あいつらも、誰一人として欠けてないんだな」
「そうだ、完全勝利だぞ」
ゆっくりと降下しながら、ユフィーリアは苦笑する。
「大気圏で燃え尽きなくてよかったな」
「本当に、そうだな。死を覚悟した」
「俺もだよ。久々に泣きそうになったし」
「珍しいな、ユフィーリアが泣きそうになるとは」
「全身から変な液体を噴き出しそうになったな」
「美人が言う台詞ではないぞ」
やがて、二人はようやく地面に降り立った。
大気圏で燃え尽きる寸前で転移、そして高高度からの自由落下という二度に及ぶ命の危機を乗り越えて、さすがに膝が限界だった。ユフィーリアとショウは、二人揃って膝から崩れ落ちる。
「ユフィーリア、ショウ君。大丈夫?」
「おう、なんとかなァ」
ユフィーリアはひらひらと左腕を振りながら、駆け寄ってきた黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドに笑いかける。
「いや大丈夫じゃないよね!? 腕は!? 君の武器は!?」
「腐り落ちた。命があるだけで儲けモンだろ」
右腕を失ったユフィーリアに、グローリアが詰め寄ってくる。
他にもエドワードやハーゼン、アイゼルネが「勝ったのぉ!?」「え、引き分けとかじゃねえよなッ!?」「負けてたら死んでるでショ♪」などと勝敗の行方を気にして、師匠のアルベルドに至っては「オメェ、オイラが打った刀を壊しやがってェ!!」などと怒り狂い、ショウの父親であるキクガに羽交い締めにされていた。
いつも通りの騒がしさに包まれたユフィーリアは、戻ってきたことに安堵しつつ言ってやる。
「完全勝利に決まってんだろ、俺らを誰だと思ってやがる」
それが、勝利宣言となった。
奪還軍の同胞たちは両手を天へ突き上げて雄叫びを上げ、ユフィーリアとショウは興奮した奪還軍の同胞たちにもみくちゃにされるのだった。
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