第3話【真なる葬送を君に】
それは暗闇を照らす、熱き炎の乱舞だった。
紫色の輝きすら飲み込み、肌を焼くほどの熱気がショウを中心にして爆発する。吹き荒ぶ風に黒髪を乱し、ショウは紅蓮の炎を【
「ぐぅぅ――――!!」
【素戔嗚】は紅蓮の炎をまともに食らっても、その全身を燃やしながらも、なお抵抗を止めなかった。炎を掻き分けて、その巨大な手のひらをショウに伸ばす。
ショウは【素戔嗚】が伸ばす手から身を翻して逃げ出し、いまだ壁に張り付く廊下へ飛び移る。だが、
「ッ!!」
自分の切り札である『
案の定、跳躍の力が足りなくて次の足場に届かない。ショウは目一杯に腕を伸ばして崩れかけた廊下の端を掴むが、手や腕に力が入らない。これでは体を持ち上げることすらできない。
「クソ……ッ!!」
ショウは忌々しげに舌打ちをすると、自分の体を戒めるベルトに指を走らせる。
すると、太腿を締め付けるベルトが自分の意思を持って動き始めた。さながら蛇の如くショウの太腿から離れていくと、廊下の端を掴むショウの腕に巻きつく。もう片方は廊下の手すりに巻き付けられると、グンとショウの体を引っ張り上げた。
このベルトは天魔の毛髪から作られたベルトであり、伸縮自在の機能を有する。さらに先程のように自分の意思でもって持ち主であるショウを助けようとしてくれるので、正直なところ非常に助かった。
「サイオンジ家の奴らから渡されたものが役に立つとは……」
密かに舌打ちをするショウ。
このベルトを渡したのは、あの忌々しいサイオンジ家の連中だ。彼女たちの趣味だろうかと気持ち悪がったが、命令とあれば逆らうことができなかったので装着していただけだ。今では、すでに癖のようなものになってきてしまっている。
安全な足場に座り込んだショウだが、まだ安全な訳ではない。全身を炎で炙られながらも、あの巨大な蛇男はまだ元気な様子だ。ユフィーリアがこの場にいれば、ショウの炎に乗じて切断術で首を掻き切ることだろう。
「そうか……切れば……」
ショウは赤い
「【
【変えられるが、なにするつもりだ?】
彼の手の中にある赤い回転式拳銃の形状が揺らぐ。
ジロリと黒曜石の瞳が、座り込むショウを捉えた。「があああああああああッ!!」と身に纏う炎と紫色の液体を撒き散らしながら叫び、その腕を伸ばしてくる。
全てがゆっくりに認識できる。一秒が一〇秒――いや、それ以上に。
いつか、彼女が言っていた。
彼女自身の切り札は、見える全ての時間がゆっくりに見えるのだと。時間さえも置き去りにして、神速の居合を敵に叩き込むのだ。
ああ、なるほど。
これが彼女の――ユフィーリア・エイクトベルが見ていた光景か。
形状が揺らぐ赤い回転式拳銃を一瞥したショウは、自分の内側で眠る天魔【火神】に命じる。
「ユフィーリアのように、大太刀へ!!」
赤い回転式拳銃の形状が完全に消え去り、右腕が炎に包まれる。
不思議と熱さを感じない。足先に力を込めて立ち上がり、ショウは空腹感を無理やり自分の中から排除する。術式の燃費の悪さには物申したいが、今だけは文句を言っている暇なんてない。
意識をしっかり保て。
空腹感がなんだ、それがどうした。死んだ訳じゃないんだ。
自分に言い聞かせるように吐き捨てて、ショウは迫りくる【素戔嗚】の手を回避する。
跳躍、そして【素戔嗚】の腕に着地を果たす。紫色の液体――濃度の高い酸性の液体に塗れた腕に。
素肌で触れれば確実に火傷を負う。いや、それだけで済むだろうか。肌どころか骨まで溶けて、死んでしまうのではないだろうか。
【走れ、宿主!!】
自分の内側から【火神】が叱責する。
ショウは背中を押されたかのように走り出す。【素戔嗚】が驚いたように黒曜石の瞳を見開き、もう一方の腕をゆっくりと持ち上げた。
「我の体を這い回るな、小虫がぁ!!」
視線はそのまま固定して、ショウは手の中の得物を触感だけで確かめる。
それは細長い、そして温かな大太刀だった。ユフィーリアの持つような黒鞘で薄青の刃を持っている訳ではないが、彼の象徴する紅蓮の炎を固めたかのような鮮やかな赤い刀身が輝く。
【素戔嗚】の腕が迫る。ショウは前傾姿勢で駆け抜け、革靴の底を溶かしながら走り、ついに【素戔嗚】の喉元まで到達した。
「紅蓮葬送歌――いや」
【素戔嗚】の体の上に残った火葬術の残滓が、勢いを取り戻す。
じわじわと、じゅわじゅわと、蛇男の肌を焦がしていく。焼いていく。あまりの熱さに【素戔嗚】が絶叫する。
それらすらも置き去りにして、ショウは一歩を踏み込んだ。
仄かな温かさを持つ大太刀を両手で握りしめて、その切っ先を【素戔嗚】の喉元に突き刺す。
「――
持てる限りの、ありったけ。
火葬術を【素戔嗚】の内部へ叩き込む。
「ぐがあああ、ぎゃあああああああああッ!!」
【素戔嗚】は痛みと熱さでぐわんぐわんとその巨体を暴れさせ、ショウを振り落とそうとする。めちゃくちゃに振り回した腕は廊下どころか、壁すらも破壊した。
ピシ、と壁にヒビが入る。蛇の尻尾が壁を打ち据えて、さらに壁にヒビが広がっていく。
「ぐぅッ」
【素戔嗚】の髪の毛がショウの背中や足に触れて、じゅうと焼けつくような痛みを与えてくる。だが、こんな怪我など【火神】の恩恵があればすぐに回復できる。
暴れる【素戔嗚】の体を足場にし、ショウは両手に力を込めて突き刺した赤い大太刀を横に動かす。ぶちぶち、ぶちぶちと肉が裂ける気色悪い感触が手のひらに伝わってくるが、大太刀から手を離すことはなかった。
「――ぁぁああああああああああああッ!!」
裂帛の気合と共に大太刀で【素戔嗚】の喉を引き裂くと、ぶしゃあッ!! と赤い液体が噴水の如く出てくる。
それが決定打となった。【素戔嗚】は「かッ――――」という断末魔を最後に、その巨体がぐらりと傾ぐ。
力なく項垂れた頭がひび割れた壁に叩きつけられ、ついに突き破ることとなる。ガラガラと壁が崩れ落ちて、その向こう側に落ちていく。
雲一つない、澄んだ青い空。壁という支えを失った【素戔嗚】の巨体は、酸の海からざばりと持ち上がると壁の向こう側へ落ちていく。
「あ――」
【素戔嗚】の体を足場にしていたショウは、足を滑らせて虚空に投げ出されてしまう。
背中に広がる酸の海は健在、このままでは瓦礫と共に溶かされる未来が待ち受けている。そんなことになれば、ショウは絶対に生きていることはないだろう。
(ユフィーリア……)
心の中で彼女の名前を呼ぶ。
脳裏によぎったのは、いつものように大胆不敵に微笑む銀髪碧眼の美しき相棒の姿だった。ショウの我儘を飲み込んでくれて、先に進んだ最愛の彼女。
死んだら、俺も死ぬ。――彼女は確かに、そう言っていたか。
それは嫌だ、彼女には長生きしてもらいたいし、その彼女の隣で自分も生きていたい。
「――――」
その時、視界の端で紫色の輝きを見た。
壁が崩壊したことで強い光が縦長の空間内に入るようになり、明るく円形の部屋を照らす。
視線の先に立っていたのは、見慣れた青年の姿。その隣に連れ添っているのは、まるで鳥の巣のようにもじゃもじゃの赤い髪の青年。
彼は懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を握りしめて、そして。
「よかった、生きていたか」
彼の生存が確認できた安堵からか、ショウは意識を手放した。
ぷつッ。
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