第1話【白亜の塔への乗り込み方】

 さて、白亜の塔へ乗り込むには一体どうすればいいだろう?


「白亜の塔の内部を調べる他はねえんじゃねえか?」


 そう提案したのは、銀髪碧眼の美女――ユフィーリア・エイクトベルである。

 透き通るような銀髪に色鮮やかな青い瞳、人形めいた顔立ちに反してその口調は男性を彷彿とさせる粗野なもの。誰もが振り返る美女らしからぬ無骨な格好をした最強の天魔憑きは、普段とは打って変わって真剣な様子で言う。


「でかい穴が開いただろ。あそこから侵入して内部を調べりゃ、なにか分かるんじゃねえのか?」

「ユフィーリアの意見に賛成だ」


 彼女の意見に頷いたのは、黒髪赤眼の少年――ショウ・アズマだ。

 艶やかな黒髪と夕焼け空にも負けない赤い瞳、少女の如き儚げな目鼻立ちはその大半が黒い布によって隠されている。黒色で統一された服装の上からベルトで全身を締め上げる彼は、眉一つ動かさない能面のような無表情で続ける。


「塔から溢れる天魔ばかりで、内部のことは全く調べられていない。侵入するのだから内部を調べてもいいのではないか?」

「キングの群衆操作で大半が殺されてんだ、妥当な判断だろ」


 二人が意見を求めている相手は、黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドだ。

 烏の濡れ羽色の髪と朝靄あさもやの如き双眸、中性的な顔立ちはいつも浮かれている朗らかな笑みはない。最高総司令官という立場にいるにもかかわらず、彼は自分を着飾ることはせず、代わりに懐中時計が埋め込まれた死神の鎌をくるくると手持ち無沙汰に振り回す。

 しばらく悩むような素振りを見せていたが、ややあって彼は「そうだね」と頷いた。


「それが最善策かもしれないね。多少の危険はあるだろうけど」

「それを払拭するのは俺らの役目だろ?」


 ユフィーリアは不敵に笑って、


「どうせそんな役目だろうと思ってたんだが、俺の間違いだったか?」

「いいや、君の判断は正しいよ」


 真剣な表情を見せていたグローリアが、フッと微笑んだ。


「さすが最強の天魔憑きだね。凄い自信だよ」

「そりゃどうも。同じような役割を何度請け負ったか分からねえからな、大体は予想できるようになったさ」


 なあ、ショウ坊? とユフィーリアは視線だけで相棒のショウを見やる。

 ショウもしっかりと頷くと、


「イーストエンド司令官の命令は、毎度毎度無茶振りが多いからな」

「やだなぁ、必要な命令だよ」

「その無茶振りで何度命を落としかけたことか」


 ショウの赤い瞳が眇められ、グローリアはそっと顔を逸らした。

 ユフィーリアは「まあいっか」と肩を竦め、


「それで、グローリア。お前のその手に持ってる奴はどうするんだ?」

「ああ、これ?」


 グローリアは手にした縄を引っ張った。

 その先に巻き付けられた肉の塊が、まるで潰れた蛙のように「ぐえッ」と呻く。

 正体は赤髪の青年――スカイ・エルクラシスである。白い塔の内部調査を命じられたことが嫌で逃げ出し、奪還軍総出で捕まえられたのだ。

 寝癖や髪質からくるもじゃもじゃ髪がまるで鳥の巣のようで、前髪は分厚いカーテンのように目元を覆う。壊れかけの眼鏡を引っかけ、よれよれのジャージや突っかけサンダルがだらしない印象を与える。

 縄で縛られた彼は「ひでーッス……」とグローリアに訴え、


「なんで……なんでボクまで……」

「最高総司令補佐官なんだから、君も一緒にくるんだよ」

「やだー……やだー……めんどくせーッス……」


 スカイは懸命に拒否するが、グローリアは「聞かないよ」と彼の主張を一蹴した。


「グローリア、白い塔の内部を調べるってことでいいか?」

「うん、そうしよう」


 ユフィーリアの言葉にグローリアは提案を受け入れ、


「じゃあ作戦通りに。――さあ、勝鬨を上げようか」


 ☆


 結局、役割は変わらず命懸けで戦わなければならないようだ。


 白い塔から溢れてくる天魔は、次々と自害していっている。

 群衆を操る異能力を持つ天魔憑きのキングが、常時異能力を展開しているので生まれた端から死んでいく。そのおかげで、天魔の数が急激に減っていくので調査はしやすい環境ではあるだろう。

 ユフィーリアは天魔がぞろぞろと出てくる白い塔を見上げて、


「……今度こそ死なねえかな、俺」

「不吉なことは言うものではないぞ、ユフィーリア」


 ショウにたしなめられるが、ユフィーリアは「だってよォ」と唇を尖らせる。


「ただでさえ天魔を相手にするのも命懸けだってのに、これ以上命を懸ける必要があるのかよ。楽な仕事がしてえ」

「地上にいる限り、楽な仕事など不可能だ」

「来世は自営業でもするかな」

「ユフィーリアだと店の金すら使い込みそうだな」


 さて。

 ユフィーリアはグローリアとスカイへ振り返ると、二人を小脇に抱える。今回はショウを抱えて走ることはできないので、優秀な相棒には白い塔へ入るまでの間、露払いをしてもらうことにしよう。


「俺は便利な運搬係じゃねえんだけどなァ」

「まあまあ、いいでしょユフィーリア。速く走れる君はとても凄いことだよ」

「そッスよ、凄い凄い」

「スカイは置いて行こうかな、ここに」


 スカイの褒め方がなんとなく気に食わなかったユフィーリアは、腹いせに敵陣ど真ん中へ上官を置いて行こうかと本気で考える。


「姉上!! お気をつけて!!」

「お姉様、どうかご無事で」

「馬鹿弟子ィ!! 死んだら地獄の底まで追いかけてやっかんなァ!!」

「ショウ、最善を尽くして頑張ってきなさい」

「あなたならできますよ、グローリア。御武運を!!」

「カカカカ、お主らならなんとかなるじゃろ」

「か、頑張ってくださーい!!」

「あっははははははは!! 絶対に生きて帰ってきてねーッ!!」

「ユーリ♪ ショウちゃン♪ お帰りを待ってるワ♪」

「景気付けに自爆するッ!?」

「気合入れて行きなよぉ、ユーリ!! お前さんらにかかってるんだからねぇ!!」


 いざ一歩を踏み出そうとしたその時、背中から仲間たちの声援が飛んできた。

 この場に残って天魔の掃討を行う彼らへ振り返り、四人はこう応じる。


「誰が簡単に死ぬもんッスか」

「僕たちの凱旋を楽しみにしててね!!」

「絶対に勝ってくる」

「おう、任せろ。生きて帰ってきてやらァ」


 そして四人は、白い塔へと足を踏み入れる。

 壁にフジツボよろしく貼りつく繭玉が気持ち悪さを醸し出し、ユフィーリアの小脇に抱えられたスカイが「うへぇ」と顔を顰める。


「気持ち悪いもんッスね」

「それは完全に同意だな」


 ユフィーリアも頷いた。確かにこの繭玉の群れは気持ち悪い。


「陛下のおかげで天魔が次々と死んでいってるけど、あの戦術が通用するのも時間の問題だよね。早く塔の上部へ行ける手段があればいいんだけど」

「――イーストエンド司令官、あれはどうだ?」


 ショウが塔の隅を指で示す。

 薄暗い塔内の隅には、台座のようなものが設置されていた。なにかを乗せる台座であることは分かるが、果たしてなにを乗せる台座なのか。

 小脇に抱えていたグローリアとスカイを下ろすと、ユフィーリアは生まれてくる天魔に警戒しながら台座へ歩み寄る。


「台座だろうけど、これに乗った途端に落ちるとかねえよな?」

「乗ってみればいいのでは?」

「壊れたら心が折れる」

「大丈夫だろう」


 ショウに促され、ユフィーリアは渋々と台座の上に乗る。

 すると、足場が煌々と輝き始めた。白い光を放つ台座に、ユフィーリアは「ええ!?」と驚きを露わにする。


「ちょ、まッ、これ!! どうすりゃいい!?」

「ふぁいと」

「ショウ坊おまッ――!!」


 視界が光に覆い尽くされる。

 ユフィーリアは反射的に目を瞑り、受け身をいつでも取れる体勢になる。

 ほんの少しの浮遊感があったあと、何故か周囲から音が消えた。おそるおそる目を開くと、


「…………んん?」


 ユフィーリアは首を傾げた。

 そこはおかしな世界だった。

 空は毒々しい赤色に染まり、大地は飲み込まれてしまいそうな漆黒が続く。鬱蒼とした木々には赤い薔薇がなっているが、その薔薇から赤い液体がポタポタと滴っている。

 目を擦って何度か確かめてみるが、やはりそこは現実だった。現実からかけ離れた世界だが、確かにそこは存在しているようだった。


「ええ……」


 奇抜な世界を目の当たりにしたユフィーリアは、そっと漆黒の大地に降り立つ。土ではなく、つるりとした漆黒の大地は大理石のような硬さがあった。


「なんでこんな世界……」

「ユフィーリア、無事か?」

「大丈夫!?」

「いきなり消えたんで心配したッスよ」


 あの台座を使って飛んできただろうショウ、グローリア、スカイの三人はこの赤と黒の世界を前にして口を揃えて言う。


「「「うわ、気持ち悪ッ」」」

「だよな、知ってた」


 予想できた反応に、ユフィーリアは苦笑するのだった。

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