第2話【塔より襲来する悪夢】
「あー、もう。これ以上調べたってなにも出ないよ!!」
【
声の主は黒髪紫眼の青年だった。
烏の濡れ羽色の髪をハーフアップにまとめ、紫色のとんぼ玉が特徴の
奪還軍の長であるにもかかわらず、彼の格好は実に簡素だった。白いシャツに細身のズボン、踵の高い靴という威厳の欠片もない服装だが、側に携えた懐中時計の埋め込まれた死神の鎌が物々しい雰囲気を漂わせていた。
彼の名はグローリア・イーストエンド、アルカディア奪還軍の最高総司令官である。
「とりあえず、あちこちに散らばった同志の集結が必要かなぁ。――スカイ、連絡状況はどうなってる?」
「ぼちぼちってとこッスねー」
机に広げた地図を睨むグローリアの横で、大量の鼠や猫に囲まれた赤い髪の青年が応じる。
毒々しい色合いの赤い髪は鳥の巣の如くもじゃもじゃとしていて、前髪は目元を完全に覆うまで長い。さらに前髪の上から赤縁の眼鏡をかけるというおかしな格好をした彼は、明らかにだらしがない。
着古したジャージと突っ掛けサンダルという完全に寝起きのような服装の彼は、至って真面目に猫や鼠と向かい合っていた。それらの向こうでは、別の景色が広がっていることをグローリアは知っている。
彼はスカイ・エルクラシス、アルカディア奪還軍最高総司令補佐官である。これでも優秀な人材なのだ。
「
「そろそろあの二人も【閉ざされた理想郷】に隠居してくれればいいんだけど、アルベルドさんの方が無理だろうなぁ。ユフィーリアが言うにはあの人、放蕩癖があるみたいだから」
グローリアは苦笑する。
アルカディア奪還軍最強の天魔憑き――ユフィーリア・エイクトベルの師匠たる男は、彼女に負けず劣らずの自由人だ。むしろ彼女の自由奔放さが可愛く思えてくるほど、扱いが難しい。
とはいえ、彼の隣には常に相棒の存在がある。聡明な相棒に詳細を伝えれば大丈夫だろう。
「え、嘘、えー……」
「どうしたの、スカイ?」
「いや、あのッスね……その……なんて言ったらいーッスかね」
猫と戯れているように見えて、実はちゃんと情報収集と伝達という仕事をしていたスカイは言いにくそうに頰を掻いていた。
なにかあったのだろうか。首を傾げたグローリアが異変を問うと、
「あの……これなんて言ったらいーんスかね」
「なにかあったの? あの白い塔関係?」
「そーッスね、あの白い塔に関係してるッス」
スカイは非常に言いにくそうに、
「実はッスね、ユフィーリアとショウ君の第零遊撃隊が地上に出て……」
「あの二人だからね、きっと暇だからって理由で地上に出たんだろうなぁ」
付き合いが長いからだろうか、あの二人が地上に出た理由が簡単に想像できる。
おそらくだが、自由人なユフィーリアに引きずられるようにしてショウも地上に出たのだろうか。いや、最近はショウもユフィーリアの自由人っぷりに毒されていて、嬉々として彼女の行動について行くので侮れない。
どのみに、彼らが地上にいて白い塔関連ということは、なにか白い塔の秘密でも発見したのだろうか。
「うん、そのまま報告を続けて」
「天魔が白い塔から溢れてきてるッス」
「…………うん? ごめん、もう一度言ってくれる?」
なんか聞いてはいけないような報告があった気がする。
グローリアは確認するように、スカイへもう一度問いかけてみた。自分の聞き間違いであると信じて疑わない行動だった。
「だから、天魔の大群が白い塔から溢れてるんスよ」
「……なんで?」
「首謀者は『白い塔の方が喧嘩を売ってきた!!』『あいつらが売ってきた喧嘩だ、だから言い値で買ってやるんだ』と供述しており」
「あー、うん。分かった。もういいや」
その首謀者というのは、なんとなく察することができる。
現場担当で最も支持率が高く、信頼されており、仲間内の悪ノリも全力で付き合うことができる彼女だけだ。
グローリアは頭を抱えると、
「ユフィーリア、君はどうしてそうやっていつもいつも厄介ごとを運んでくるのッ!?」
☆
「おらァ!! こっちこいよォ!!」
「間抜け野郎ども、動きの速いヤツしかいねえとでも思ってんのかァ!?」
白亜の巨塔を調査していた第一索敵強襲部隊が囮となって、天魔の大群を引きつける。
そして引きつけられた天魔の大群を迎え撃つのは、もちろん主戦力である彼らだ。
「セイッ!!」
空を舞ったユフィーリアが、距離を飛び越えて居合を放つ。
視界にあれば距離・空間・硬度を無視してあらゆるものを切断できる異能力――切断術の前に、数すらも関係ない。認識できた一〇匹の天魔の首を、無差別に切り落とす。
ボロボロと落ちる天魔の首。頭部をなくした胴体が膝から頽れるが、それでも他の天魔は仲間が倒れたところで歩みを止めない。
飛びかかってきた狼の天魔が、涎を垂らしながらユフィーリアを頭から被りつこうとする。引き裂けた口にはぞろりと鋭い牙が並び、ユフィーリア一人だけなら丸呑みされそうな勢いがある。
「無駄無駄ァ!!」
ユフィーリアは抜き放ったままの大太刀を狼の天魔の上顎に突き刺し、狼の天魔が突き刺さった状態のままぐるんと振り回す。
兎の天魔や犬の天魔が吹き飛ばされ、涎と共に滴り落ちる血の臭いに引きつけられて小さな花の天魔が根っこを両足のように動かしてやってくる。地面に染み込む赤い液体を吸い上げるべく根を下ろしたところで、ユフィーリアは容赦なく上から踏み潰してやった。
ぷち、となにかが潰れる感触が靴底から伝わってくる。ユフィーリアはすでに上顎を刺し貫かれて死んだ狼の天魔の死体から大太刀を引き抜き、足元に転がった死体を蹴飛ばしてやる。巻き込まれて、また三匹ほどの天魔が押し潰された。
「際限がねえな、おい!! あとどれぐらいだよ!!」
「たくさんだよぉ!!」
大量の天魔を引きつけて走り回るエドワードが、半泣きの状態で叫ぶ。
「まだまだ白い塔から溢れてるよぉ!! まさかとは思うけどぉ、天魔の卵が塔になったとかないよねぇ!?」
「縁起でもねえこと言うんじゃねえ!! 本当になったらどうするつもりだ!!」
泣き言を叫ぶエドワードに、ユフィーリアはそう返す。
彼の言葉が本当になりそうで怖い。あの白い塔が天魔の卵になっているとは信じたくないが、こうして際限なく天魔を生み出しているところを見ると本気で白い塔が天魔の卵のような役割を果たしているのかもしれない。
とにかく、この際限なく生み出される天魔をどうにかして、あの塔を登らなければならない。
鋭い爪を振り翳してきた二股の尻尾を持つ猫の天魔へ回し蹴りを叩き込んで吹っ飛ばしながら、ユフィーリアは相棒へと振り返る。
「ショウ坊、大丈夫か!?」
「この程度、造作もない」
迫りくる天魔の大群を隅から隅まで消し炭にしながら、ショウは赤い
「雑魚しか出てこない辺り、塔へ侵入させない為の使い捨て兵士だろうか。こちらを消耗させようとしているのだろうか」
「馬鹿正直に相手してたらキリがねえぞ」
「それは理解しているが、主戦力は俺たちしかいないぞ」
相手を見ずに火球を巨大な鼠の天魔にぶち当てたショウは、
「他の戦力を呼んでくるべきか?」
「どうやって?」
「それは……その、エルクラシス補佐官の使い魔を通じて」
「お前それ、絶対に俺らのやったことがグローリアとスカイにバレんじゃねえか」
卵から直接四肢が生えた気持ち悪い怪物を蹴飛ばしながら、ユフィーリアは言う。
あの白い巨塔に刻まれた文章を「喧嘩を売られた」と解釈したユフィーリアたちは、破落戸よろしく塔に呼びかけたのだ。その結果がこれである。
余計なことをしてくれたな、と言われることは確実である。正座で説教はさすがに嫌だ。
「しかし、このままジリ貧でどうにかできるのか? そのうち自滅するぞ」
「足の速い奴らが呼んでくるとかあるだろ」
「時間の無駄では?」
「正論が耳に痛いッ!! あー、くそ邪魔だ!!」
三つの首を持つ犬の天魔に大太刀を叩きつけて頭を潰してやり、ユフィーリアは「オラァ!!」と力なく倒れた天魔にトドメとして蹴り飛ばす。
放物線を描き、犬の天魔は背中から地面に落ちる。仲間の屍を踏みつけて、白い塔から溢れ出てくる天魔は絶えず立ち向かってくる。この上なく面倒くさい。
「ショウ坊、まとめて焼き払えねえか!?」
「
ユフィーリアの言葉に、ショウは質問で返した。
やたら真剣な表情で、彼は続ける。
「俺はかなり食べるぞ」
「知ってるよ!!」
今まで彼に補給用の携帯食料を与えていたのは誰だと思っているのだろうか。
ショウが「そうか、了解した」と赤い回転式拳銃に構えたその時、
「はっほーい!!」
なにかがユフィーリアのすぐ横を駆け抜けていった。
それは爆薬を口に咥えていて、毬栗を想起させる赤茶色の短髪を揺らし、いきいきとした表情で天魔の大群のど真ん中目指して突っ込んでいく馬鹿だった。
気づいた時には、その馬鹿は奇声と共に木っ端微塵に砕け散っていた。
「はれるやーッ!!」
ッッッッドン!! と腹の底まで響く爆発音。
大量の天魔がそれだけで巻き込まれて肉片へと化し、その中心で自爆した馬鹿野郎はあっという間に元の状態に戻る。
全裸の状態で清々しい表情を見せる彼は、ユフィーリアの存在に気づくと「おーい」と手を振って自己主張してくる。
「真打登場☆」
ピースサインして片目を瞑る戦友、ハーゲン・バルターにユフィーリアは頭痛を覚えた。
戦力が駆けつけてくれたことにはありがたいが、何故よりにもよってこの自爆馬鹿なのか。
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