第15話【黎明にて決着す】
「夜明けまであと一〇分!!」
グローリアによる宣告が戦場に響き渡る。
天魔の卵より生まれた吸血鬼モドキを討伐するべく戦う奪還軍の面々も、気合が入っていた。
「引きつけろォ!!」
「こっちだ吸血鬼モドキが!!」
「よそ見してんじゃねえ!!」
エドワード率いる第一索敵強襲部隊が吸血鬼モドキの攻撃を引きつけ、その隙に主力部隊が動く。吸血鬼モドキは戦場を縦横無尽に駆け回るエドワードたちに「死ね、シネ、しねええええ!!」と罵倒して、鮮血を固めて作られた棘を射出する。
さすが第一索敵強襲部隊である、普段から囮をやり慣れていると言えばいいだろうか。吸血鬼モドキは完全にエドワードたちに気を取られて、突っ込んでくる主力部隊の存在に気づいていない。
「こっちだ、モドキ!!」
「あああッ!?」
バッと振り返った吸血鬼モドキの前に躍り出たのは、爆薬を煙草よろしく咥えたハーゲンだった。
満面の笑みで吸血鬼モドキに突っ込むハーゲンは、奇声を上げながら自爆する。
「はれるやーッ!!」
戦場の中心で盛大な爆発音がする。
夜明け前の空を揺るがす轟音、飛び散る血飛沫と肉片。自爆したハーゲンはもちろん、自爆に巻き込まれた吸血鬼モドキも上半身が吹き飛んでいた。
持ち前の異能力によって瞬時に再生を始めたハーゲンは、慌てた様子で「撤退、撤退」と引っ込んでいく。どうしてそんな一度しかできないような攻撃にこだわるのか、よく分からない。
しかし、再生を始めたのは吸血鬼モドキも同じだ。
「あ、ハァ」
「げ!! ちょ、掴むな再生できないだろーッ!?」
超再生する吸血鬼モドキは真新しくなった腕で、全裸のハーゲンの腰に抱きつく。すでに逃げようとしていたハーゲンは「やだーッ!!」と叫んで助けを求めた。
「なにしてんだ変態野郎が!!」
「ぎィ、ッ」
骨組みが再生し始めた吸血鬼モドキの顔面に、ユフィーリアの渾身の力が込められた拳が突き刺さる。
硬い骨が砕ける感触が、拳から伝わってくる。再生した歯がポンと弾け飛び、吸血鬼モドキは口から血を吐きながら吹き飛んだ。
どちゃ、と地面に倒れ込む吸血鬼モドキへ、黒い影が肉薄する。夜明けの空を背負って宙を舞うショウが、起き上がろうとした吸血鬼モドキを容赦なく踏みつけた。
「ぐぶゥ」
呻く吸血鬼モドキ。
吸血鬼モドキを踏み台にして、ショウは再び空を舞う。喪服を想起させる黒い着物と漆塗りの下駄という格好なのに、身軽に動けるのは素晴らしいの一言に尽きる。
入れ替わるようにしてユフィーリアは倒れ伏す吸血鬼モドキの長い髪の毛を引っ掴み、
「ほーら飛んでけ!!」
ぶちぶち、と吸血鬼モドキの地肌から髪の毛が抜けることも厭わず、ユフィーリアは空に放り投げる。
抗えずに空に投げられた吸血鬼モドキはジタバタともがいて体勢を立て直そうとするが、
「クイーン、振り下ろせ」
「はい、お兄様」
キングの命令を受けたクイーンが、太い木の根で吸血鬼モドキをぶん殴る。
ビッタン!! と地面に再び叩きつけられる吸血鬼モドキは、顔面を強かに土へ打ち付けることとなった。
「あと七分!!」
夜明けまでの刻限が迫っている。
吸血鬼モドキはガバリと勢いよく起き上がると、手のひらで地面を叩いた。その手のひらにはベッタリと自分の血液が付着していて、うぞうぞと血の海が地面に広がっていく。
ユフィーリアは大太刀の
「ころ、こ、ころろろ、コロコロコロコロ殺す殺す殺す!!」
吸血鬼モドキが広がった血の海から、赤い棘をいくつも伸ばす。その範囲にいた奪還軍の仲間を刺し殺そうとしたようだが、棘を出現させると同時にユフィーリアが大太刀を抜き放つ。
切断術――視界にある万物を距離・空間・硬度を問わず切断する異能力。
ユフィーリアの視界で認識できた赤い棘は、うつ伏せになっている吸血鬼モドキを守るように波状に展開された全て。根元から切断されて、赤い海にぽちゃんと落ちる。
「が、あああ!!」
威嚇するように叫んだ吸血鬼モドキは、赤い海に手を突っ込んで赤く長い棘を引っ張り出す。槍のように振り回して、吸血鬼モドキはユフィーリアめがけて駆け出した。
尖った先端をユフィーリアの腹に突き刺そうとするが、最小限の動きでユフィーリアは吸血鬼モドキの構えた赤い棘を回避する。赤い瞳を見開く吸血鬼モドキの脳天に、抜き放ったままの大太刀を叩きつけた。
「ごぅッ」
吸血鬼モドキの口から呻きが漏れる。
よろめく吸血鬼モドキへ次に襲いかかったのは、ごうごうと燃え盛る紅蓮の炎。
「
地面を舐めるように這い進む紅蓮の炎は、吸血鬼モドキの足元を焼く。じゅう、と肉が焦げるような臭いと音がする。
「あづ、づい、づいいッ」
熱いと叫ぶ吸血鬼モドキはジタバタと炎の上で暴れる。まるで不格好な踊りのようだが、笑っている場合ではない。
吸血鬼モドキは紅蓮の炎を操るショウを睨みつけると、かろうじて握りしめていた赤く長い棘をショウめがけて振り下ろす。
「ッと」
ショウは振り下ろされた赤い棘を左腕で受け止めるが、受け止めた棘からさらに小さな棘が伸びて射出される。小さな棘はショウの眼球を狙って放たれたが、ショウはかろうじて小さな棘を回避する。
しかし、小さい棘はショウの瞳のすぐ横を掠めた。一筋の傷からツゥと赤い液体が伝い落ちる。
「ッ!! テメェ、ショウ坊になにしてんだこの野郎!!」
ユフィーリアは怒号を上げ、吸血鬼モドキの顔面に拳を叩き込む。
鼻がひしゃげて吹き飛ばされる吸血鬼モドキは、背中から地面に倒れ込む。その際に後頭部を天魔の卵の破片にぶつけてしまったのか、痛そうに呻いていた。
「ころ、コロ、コロコロコロコロ、殺したい殺したい殺したい!!」
吸血鬼モドキはガクンガクンと首を振り回しながら、金切り声を上げる。
耳障りな声が夜明けの空に響くと同時に、チカリとなにか強烈な光が放たれた。視界の端で輝くそれは、待ち望んでいたものだ。
「あと五分だ!!」
刻限は半分まできた。
大太刀を鞘に納め、ユフィーリアはショウへ振り返る。赤い
「行けるか?」
「問題ない」
「残り五分だ。畳み掛けるぞ!!」
「了解した!!」
ユフィーリアは吸血鬼モドキめがけて駆け出す。
立ち向かってくる彼女を警戒して「うがあああああ、あああああッ!!」と吸血鬼モドキは威嚇してくる。犬歯を剥き出しにして叫ぶ吸血鬼モドキは、最初の状態に戻ってしまったようだ。
うぞうぞと蠢く血の海に手を翳し、吸血鬼モドキは腕を振る。相手の手の動きに合わせて血の海も蠢き、ぞぞぞぞぞと地表を這って進んでいく。
「ユフィーリア!!」
「ッ!!」
ユフィーリアの足元に赤い海が迫ってくる。
逃げようと方向転換しても、三歩以上は必要とする広さがある。即座に攻撃が飛んでくれば、さすがにユフィーリアでも避けられない。
飛んで回避するべきか? いいや、そうする時間はあるか?
引き裂くように笑った吸血鬼モドキが裁定を下すより先に、ユフィーリアの腰に木の根が巻きついた。
「うおおおッ!?」
空に放り投げられるユフィーリア。
天高く放り投げられた彼女は、体勢を変えて地上に視線をやる。
薙ぎ倒された木々の中央、今回の戦場となった場所。煌めく金色の髪を翻し、空を舞うユフィーリアを見上げる全盲の修道女。そのすぐ側では赤と黒の瞳を輝かせた王様が、ユフィーリアを目で追いかけて手を振っていた。
彼はなにかを呼びかけているようだ。口元が動いている。
い ま で す あ ね う え。
ユフィーリアは口の端を持ち上げて笑った。
大太刀の鯉口を切り、地上にいる相棒に向けて叫ぶ。
「ショウ坊!!」
――それだけで、彼にやるべきことは伝わった。
空を一瞥したショウは赤い回転式拳銃へ祈りを捧げるように構え、そっと瞳を閉じる。
すると、彼を中心として紅蓮の炎が勢いよく噴き出した。吸血鬼モドキを逃さないように紅蓮の炎が取り囲むと、じわじわとその範囲を狭めていって吸血鬼モドキを炎で包み込む。
「あああああッ、ああああああああああッ!!」
吸血鬼モドキはあまりの熱さにジタバタともがき苦しむが、炎を剥がすことができない。吸血鬼モドキの焼けた腕が炎の中から伸ばされる。皮膚が剥がれ落ち、肉が焼け、骨が剥き出しになってしまっている腕だった。
ユフィーリアは炎に包まれる吸血鬼モドキを視界に入れ、
「お
時を置き去りにする。
炎が焼けるその様が、もがき苦しむ吸血鬼モドキの様が、仲間たちの行動する様が、朝日が昇る様が、全て遅く認識される。
「――
重力に従い、ユフィーリアは落下を開始する。ごうごうと燃え盛る炎にめがけて、まずは一閃。
(もう一度――!!)
炎の向こうで苦しむ吸血鬼モドキを縦に両断する。青い剣閃が吸血鬼モドキを走り、ユフィーリアは着地する。
そこで、時がユフィーリアに追いついた。それと同時に倦怠感がユフィーリアを襲う。
「ぁ、が……」
吸血鬼モドキはぶちぶちと縦に割れようとするが、驚異的な再生能力の働いて修復されていく。
しかし、相手も満身創痍だ。ショウによる切り札『
なにせ、夜明けまであと少しだ。
「あ、が、あぁ」
吸血鬼モドキはゆらりと手を伸ばす。
視線は一点に注がれていた。
「――――ぁ」
立ち尽くしているルナだった。ワイングラスを両手に握りしめて、吸血鬼モドキの視線を受けて怯えている。
ユフィーリアは舌打ちをした。倦怠感と脳内麻薬が切れたのか、左腕の痛みが今になって蘇ってきた。それでも吸血鬼モドキがルナへ襲わないように、ユフィーリアは吸血鬼モドキに手を伸ばす。
「が、あああッ、あさ、あざ、あざひぃ、あざび、が、ぁ」
吸血鬼モドキは呻く。
残り僅かとなった刻限から逃れる為に、吸血鬼モドキは彼女を人質にでも取ろうとしているのだろうか。
「させ、るか!!」
「うあ、あああ、ああがッ」
吸血鬼モドキは暴れる。ユフィーリアが掴む腕を振り解こうとする。
「あざ、ひぃ、あああ、ざ、ひぃ、がッ――――」
チカリと空が明るくなる。
薙ぎ倒された木々の向こうから、太陽が顔を覗かせる。
ついに朝がきたのだ。吸血鬼の苦手な朝日が、紛い物とはいえ吸血鬼モドキに襲い掛かる。
「ああああああああああッ」
吸血鬼モドキは断末魔を上げると、ザァと砂となって消える。
黎明にて決着はようやくついたのだ。
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