序章【水底を進む沈没船】
こぽ、と暗い海の底に気泡が生まれる。
白い気泡はゆらゆらと揺らぎながら藍色の世界を
月明かりすら届かない海の中はとても静かで、さながら死の世界のようであった。海を悠々と泳ぐ魚の群れは異物などに気づかずにどこかを目指して立ち去っていき、色とりどりの
「ふあぁ……」
そんな中、眠たげに欠伸をする少年が一人。
海底に入る為の装備すら整えず、珊瑚が侵食する岩の上に腰かけている。
青い髪に深海色の瞳、あどけなさを残す顔立ちは一〇代後半ぐらいだろうと推測できる。退屈そうな表情で静かな海の底を見渡す彼の下半身は、魚の
比喩ではない。そこにあるのは人間の両足ではなく、魚の尾鰭だったのだ。童話でよく見る、人魚のようである。
「見張りなんて面倒くさいなぁ。さっさと終わらないかなぁ」
少年は独りごちる。
一応、見張りの役割を買って出たものはいいが、わざわざ海の底までやってくる気力のある敵などいやしない。少年としてはさっさと家に帰って寝たいところなのだが、サボったら上司になにを言われるか。
水に揺らめく青い髪をガシガシと掻きながら、少年は仕方なしに見張りの作業を続ける。
すると、
「――――ん?」
暗い海の向こうで、なにかが動く。
目を凝らすと、それは船のようだった。
「船? 沈没船か?」
少年は首を傾げる。
こんなところに沈没船などなかったはずだが、はて、いつのまにあれは波に乗って流されてきたのだろうか。
それよりも見張りの続きだ。少年が沈没船から視線を外すと、なにか重たいものを引きずるような音が耳朶に触れた。
「は?」
もう一度、少年は沈没船へ視線をやった。
動いている。
沈没船が動いているのだ。
海の底を掻き分けて進むように、砂を巻き上げながら沈没船が船首をどこかへ向ける。それからゆっくり、ゆっくりと浮上し始めた。
「あわわわわわ」
少年はどうすればいいのか分からなかった。
沈没船が動いている、なんて寝ぼけているのかもしれない。だが、あれは現実で動いているのだ。
「た、た、大変だ。急いで知らせなきゃ!!」
岩を蹴飛ばして動く沈没船から背中を向けて泳ぎ出す少年は、この悪夢のような状況をどうやって上司に報告するか考える。
きっと上司は信じてくれない――それならいっそ、上司よりも上の奴を引きずり出せばいい。
そう、例えば。
王都アルカディアに本部を置く、アルカディア奪還軍最高総司令官なんてどうだろうか?
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