第10話【機械兵士は神に祈らない】
「こちらです」
リヒトが先導して、第零遊撃隊の二人は廃都市をこそこそと移動する。遠くの方で聞こえた爆発音は、おそらくハーゲンが人形の群れを巻き込んで自爆した時のものだろう。
ボロボロの建物の間を縫うように歩き、三人は廃都市の最奥を目指していた。目的の建物は廃都市の象徴とも呼べる、巨大な教会だ。
蒼天を貫かんばかりに高い
「信心深くねえから教会なんざ行ったことねえけど、俺でも分かるわ。すげえわここ」
「あの教会に、母がいる」
これから母と対面するというのに、リヒトは妙に落ち着いていた。自分の生みの親を殺すのだから、もう少し緊張していてもいいだろうに。
姿かたちは人であっても、やはり人形だ。だが、奪還軍の同胞が相手している人形たちとリヒトを比べると、この白い人形の方が人間味がある。実に不思議なものだ。
「ユフィーリア、教会の前に見張りがいる」
「本当だな。ある程度の知識はあるようだな」
教会のすぐ側までやってきた三人は、建物の陰から教会の入り口前に番人よろしく仁王立ちしている二体の人形を発見する。その両腕は砲身をいくつも束ねた重機関銃となっていて、敵を見つけ次第その銃弾がぶっ放されることだろう。
初手から殺す気満々できている人形たちだが、相手は数々の天魔を相手にしてきた奪還軍――その中でも特に強敵と戦ってきた、最強の精鋭部隊である。取り分けユフィーリアは距離・空間・硬度などを無視して、視界にある
なにやら険しい表情で出て行こうとするリヒトを手で制し、ユフィーリアは相棒の少年へ振り返って言う。
「俺はあいつらを殺してくる。お前は後方の確認と索敵、敵の数が増えたら援護を頼む」
「了解した」
さすが相棒、頼りになる回答である。
ユフィーリアは相棒の頼もしい回答に「じゃあよろしくな」と快活な笑みで返すと、教会の前で仁王立ちする二体の人形の前に姿を現した。ガラス玉のような眼球でユフィーリアの姿を追い、二体の人形は揃って重機関銃に変形させた両腕を構える。
だが、どれもこれも遅い。ユフィーリアは鈍間な人形たちを嘲笑うと、
「遅ェ、
抜刀。
ユフィーリアの神速の居合が、距離を飛び越え人形たちの首を掻き切る。
二体の人形の胴体から首が切り離され、ガチャンと耳障りな音を静かな廃都市に響かせる。首をなくした胴体も、やがて膝から頽れて動かなくなった。
「はははは、楽勝楽勝」
「周辺にも敵影は確認できなかった。このまま侵入しても問題あるまい」
「問題があれば全部まとめて叩き切ってやらァ」
薄青の刀身を黒鞘に納めながら、軽い調子で笑い飛ばすユフィーリア。それが当然だとばかりに、ショウも頷く。
二体の人形を相手に一瞬で決着をつけたユフィーリアに、リヒトは圧倒されている様子だった。全ての機能が停止したかのように、棒立ちになったまま動かない。
「……手合わせの時にも感じたが、貴殿は
「こちとら上官の無理難題に何度も付き合わされてるからな」
やれやれと肩を竦めたユフィーリアは、番人を倒したことでがら空きになってしまった教会の扉を開く。観音開き式の扉は施錠すらされておらず、ギィと蝶番が軋む音を立てながらゆっくりと開いた。
埃っぽい部屋の臭いが鼻孔をくすぐり、ユフィーリアは思わず「うえッ」と顔を
しかし、扉の向こうに広がっている壮麗な光景には驚いた。荘厳な外観に違わず内装も美しいもので、礼拝堂に嵌め込まれたステンドグラスを通して差し込む極彩色の光が薄暗い教会内を照らしている。長椅子は横倒しになり、高い天井から吊り下げられたシャンデリアには
そして、その礼拝堂の最奥に鎮座する横倒しになった教壇に、一体の人形が腰かけていた。
紺色の頭髪にリヒトに似た顔立ち、瞳もガラス玉のように無機質だ。俯けていた顔を上げた人形は、真っ直ぐにリヒトを見やる。
「……歓迎。ようこそ、機体番号A_00001号機――リヒト。再び相まみえたことに感謝する」
リヒトと比べると、平坦な声。
義務的にも取れる歓迎はとても気味が悪いもので、ユフィーリアはいつものように軽口すら言えなかった。
「宣言。母の元へは行かせない。ここで貴殿は再び壊される」
「否。自分は母に会わなければ――母を殺さなければならない。かの暴虐の女王を許すことはできない!! 何故、貴殿にはそれが分からない!!」
「分からない。分かるはずもない。貴殿と自分では、なにもかもが違うのだから」
どこか諦めたように言うその人形は、両腕を重機関銃に変形させた。
そのガラス玉のような眼球には、
「リューズ!!」
リヒトが叫ぶ。
虚ろな瞳で白い人形を見据える紺色の神の人形は、両腕の重機関銃をぶっ放そうとして――、
「残念だが」
「やらせる訳にはいかねえなァ」
荘厳な礼拝堂を舐め尽くす紅蓮の炎。ぶばばばばばばばば!! と乱射される重機関銃の弾丸を、紅蓮の炎が余さず受け止めた。
射線をすり抜けて、重機関銃をぶっ放してきた人形にユフィーリアが肉薄する。無機質なガラス玉の瞳を見開いて、リューズと呼ばれたその人形はユフィーリアへ照準を変えようとする。
しかし、
「はっはーッ!! だから遅ェんだよ!!」
ユフィーリアの神速の居合には、追いつけなかった。
閃めく薄青の刀身。極彩色の光で溢れる礼拝堂に青の軌跡を描き、人形の左腕を切断した。埃っぽい床の上にガシャンと重機関銃が落ち、見る間にそれは左腕へと戻っていく。
ガラス玉のような無機質な瞳を見開き、その人形はユフィーリアを見やる。訳が分からないとでも言いたげな彼に、ユフィーリアは大太刀の切っ先を突きつけて笑い飛ばした。
「遅い遅い。
「……貴殿は、あの時の……」
掠れた声で人形が言葉を紡ぐ。
あの時、というとリヒトを拾った時か。なるほど、あの瞬間に目の前の人形はいたのか。
「リヒト、お前は母ちゃんのところに行ってこい!! この人形の相手は俺らがやる!!」
「しかし――」
踏みとどまろうとするリヒトの背中を、ショウがぶっ叩く。
「母を倒すと決めたのだろう。ならば最後までその意思を貫け」
「…………貴殿らには、感謝している」
リヒトは
「健闘を祈っている」
「おうおう、人形ってのは神様に祈るものなのかね。そいつァ面白い」
「自分は神など存在しないと思っている。当然ながら、神に祈るようなこともしない」
ユフィーリアの皮肉に対して、リヒトはやはり変わらない淡々とした調子で答えた。
「――貴殿らの腕に、勝利を祈る」
「お前こそ、しくじるんじゃねえぞ」
最後に、リヒトはペコリと頭を下げてから横倒しになった教壇を目指して走り出す。
しかし、立ち塞がる人形がリヒトを先に進ませまいと、残った右腕の重機関銃を疾駆する白い人形に突きつけた。
「行かせるかァ!!」
「させるか!!」
ぶばばばばばば!! とリヒトに襲いかかる銃弾の
舌打ちをする人形の背後から、ユフィーリアが大太刀を大上段から振り下ろす。振り返り様に人形は右腕の重機関銃を掲げてユフィーリアの大太刀を受け止め、ガッキィ!! と耳障りな音を立てた。
「く、ぅ!!」
「残念だが、天魔を相手に手加減するつもりは毛頭ねえ。大人しくここで壊されろ!!」
ユフィーリアは人形の重機関銃を振り払うと、無防備な腹部を思い切り蹴飛ばしてやる。
天魔最強と名高い【
もうもうと礼拝堂に立ち込める粉塵を引き裂くように、すぐさま無数の銃弾が飛んできた。ユフィーリアは「うおおおあ!?」と慌てて飛んでくる銃弾の嵐を埃っぽい床を転がって回避し、先程までの威勢とは対照的な泣き言を叫んだ。
「確実に怒ってる!? なんだよォ、ちょっと馬鹿にしただけだろォ!! 冗談が通じねえなァ!!」
とはいえ、そんな泣き言を叫んでいるぐらいには余裕がある。
ユフィーリアは同じように床を這うショウへ目配せをすると、相棒はなにをするべきか理解したのかコクリと確かに頷いた。
赤い
「――紅蓮、葬送歌!!」
ぶわり、と。
礼拝堂全体に、紅蓮の炎の乱舞が起きる。
肌を焼かんばかりの熱気が爆発し、ユフィーリアはあまりの熱さに思わず顔を
ショウの最大の攻撃は、無機物である機械兵士には通用しない。火葬術は生者しか燃やすことはできず、相手が自由に動けるからといって素材が無機物であればショウの火葬術は残念ながら適用されない。
「お
そして、ユフィーリアも自身の切り札を発動させる。
時間の流れが急激に遅くなり、ショウが操る炎すら止まって見えるようになる。ほんの僅かに作られた隙間を縫うようにしてユフィーリアは駆け抜けて、人形が突っ込んだ壁の穴を目指す。
「――
時間にして僅か三秒ほど。
ユフィーリアは起き上がろうとした人形を殴り倒し、その首筋に大太刀をひたりと当てた。
切断術を載せなければ、刃引きされた大太刀などただの鈍器でしかない。だが、鈍器であっても人形の首程度なら容易く折ることができる。
「リューズだっけか」
紺色の髪を持つ人形の顔を見下ろしたユフィーリアは、静かに彼の名前を呼んだ。
リヒトからは、リューズと呼ばれていた。一度だけだが、確かにそう聞いた。
人形――リューズは、リヒトに似た無表情のまま平坦な声音で言う。
「疑問。何故すぐに殺さない」
「最後ぐらい会話したいって思ったらダメなのか?」
「自分は、貴殿と話すことなどない」
リューズは、ガラス玉のような瞳を瞬かせて「……やはり、敵わない」と呟く。
「リヒトは、やはり自分と違っていた。それがひどく羨ましかった」
「お前……」
「しかし、ダメだ。自分と彼では違いすぎる」
リューズはそう言うや、ユフィーリアが突きつける大太刀を重機関銃から元の腕の状態に戻した右手で掴むと、自分の額に勢いよく突き入れた。
めり、と金属の肌を突き破って、その先にある記憶回路やらなにやらが詰まった頭部を破壊する。ユフィーリアに殺されたかのようにも思えるが、リューズは自らの手で命を絶った。――まるで「抗ってやったぞ」と言いたげに。
「なにがしたかったんだ、こいつ」
ポツリと呟くユフィーリアは、動かなくなったリューズの額から大太刀を引き抜く。
その時、ぷちゅりと突き入れられた薄青の刀身に、肉の塊のようなものがへばりついていた。眉根を寄せるユフィーリアは、リューズの脳天をかち割って中身を確認する。
「……おい、ショウ坊」
「…………これは」
倒れたリューズの脳天には、穴が開いた脳味噌が収まっていた。
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