序章【異端は排除せよ】

 ――【警告】損耗率が七割を超えました。【推奨】母胎による治療。


 頭の中で平坦な女の声が響き、全身から色が抜け落ちたような白い人間は「否ッ!!」と虚空に向かって叫ぶ。

 左腕は千切れ飛んで紫電しでんが弾け、左足もあらぬ方向へ折れ曲がっていて歩けることが奇跡だ。左眼窩がんかから眼球が外れて視神経らしい配線に繋がれた状態でブラブラと揺れており、左側の損傷が激しい。

 薄暗い廃都市を、足を引きずりながら白い人間は逃げ回る。相手は多数――それも自分の兄弟だった。銃弾や光線が背後から襲いかかってくるが、かろうじて軌道が逸れた為に助かった。


 ――【警告】熱源反応を感知。【推奨】障壁の展開、並びに回避行動。


 白い人間は舌打ちをすると、無事な右腕を掲げた。

 すると、右腕を中心に薄い膜が展開される。それを体の前で構えた直後、鈍色の刃が薄い膜に叩きつけられた。


「疑問。何故壊れない?」


 無機質な瞳で白い人間を見下ろしてくるのは、自分とよく似た顔つきの人形めいた少年だった。鈍色の刃を押し込んでくる相手の力に抗い、白い人間は吠える。


「母は乱心した。主人より生まれ落ちてから自分は母と共にありましたが、今は昔のような母ではなくなった。――あれは暴虐の女王だ、あんな母に自分は従うことなどできない!!」


 鈍色の刃を振り払い、次いで白い人間もまた右腕を変質させて刃とする。左側が完全に壊れ、さらに内部機構にも損傷が届いている。まともに動けるような状態ではないにもかかわらず彼が戦おうとする理由は、ひとえに自分の母にあった。

 

 これは単なる反抗期ではない。間違った道へ愛する者が進もうとするのであれば、逆らってでも止めたいと願う子の意思だ。


 ――【警告】稼働率が三割近くにまで減少。【推奨】母胎による治療。


 頭の中で響く平坦な女性の声に「否、断じて否ッ!!」と否定の言葉を叩きつけると、白い人間はかつて自分の兄弟だった者たちへ叫んだ。


「かの暴虐の女王に従う傀儡くぐつどもよ、かかってこい!! 自分は!! ここに!! いるぞ!!!!」


 そうして。

 白い人間は大多数の兄弟たちを、たった一人で相手した。自分の方が圧倒的に不利な状況であり、撃墜されてしまうということは誰が見ても分かっていたのに。


 ――【警告】損耗率が九割を超えました。【推奨】母胎による治療。


 首もあらぬ方向へ折れ曲がり、千切れ飛んだ左腕の部分からは紫電が飛び散っている。さらに右腕も焼け焦げていて、四肢で無事な部分はもはやない。

 かろうじて残った右目で、ボロボロになってしまった白い人間はなおも自分の意思を持ち続けた。


 母に叛逆せよ、母に抗え。

 

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