【ホテル・ドテルチェーナに三階はない】
「ぎゃー!! 降ってきた!!」
「先程まで晴れていたではないか……!!」
第零遊撃隊に襲いかかったのは、
しかし、運が悪いことに第零遊撃隊が今回命じられたのは、廃都市の調査である。天魔が巣を作っていると報告があり、その巣の調査及び解体が任務の内容だが、この土砂降りでは任務を遂行するのは難しい。
崩壊しかけた建物の群れの中で、一棟だけ無事な建物があった。きちんと天井もあり、壊れた扉は客人を招き入れるように開きっ放しの状態が保たれている。第零遊撃隊の前衛担当――ユフィーリア・エイクトベルは青い瞳をキラリと輝かせて、その無事な建物に目をつけた。
「ショウ坊、あそこで雨宿りするぞ!!」
「了解した!!」
第零遊撃隊の後衛担当――ショウ・アズマは相棒の提案にすぐさま了解と返して、二人して無事な建物の中に駆け込む。
この判断が、まさかあのような悲劇を招くとは思ってもいなかった。
☆
「あー……すげえ濡れた。やべえわ、下着までぐっしょぐしょ」
「ここで脱ぐな。せめてどこかで隠れて着替えてくれ」
「え、別に元々は男なんだからよくね? むしろ見とけよ、俺は気にしない」
「俺は気にする!!」
ショウに怒鳴りつけられて、ユフィーリアは渋々と横倒しになったソファの影で着替えることにした。
二人が駆け込んだ場所は、どうやら元々はホテルだったようだ。
さすがに濡れた下着まで取り替える訳にもいかないので、ユフィーリアは濡れてしまったシャツだけを交換することにした。どうせ動き回れば服だって乾いてくるだろう。
「いやー、本当に参ったな。なんだってこんなことに――いや、本当になんでそんなことになってんだろうな」
「え?」
上半身だけ着替えたユフィーリアが見たものは、全身火だるまの状態になったショウだった。顔の部分だけは無事なようだが、体全体を炎で包んでいる少年に、ユフィーリアは「これって夢かな」と現実逃避し始める。
ショウの火葬術は生きとし生ける全ての命を灰燼に帰すものであり、いくらなんでも自分にもその火葬術が通用しないのかと問われれば疑問である。というか、その使い方は一体なんなんだろう。
一方でショウは自分を包み込んでいた炎を消し去ると、
「火葬術で濡れた衣服を乾かしていた」
「え、なにそれ羨ましい。俺もやって」
「ユフィーリアの場合は燃えるが、それでもいいか?」
「よくねえよ、なに平然と提案してんだ」
時折、彼はとんでもねー爆弾をぶち込んでくるので恐ろしい。
相棒に一抹の不安を感じながらも、ユフィーリアはホテルのロビーを見渡した。埃を被ってはいるものの、全く使えないという訳ではなさそうだ。
「ショウ坊、ホテルの中に使える部屋がないか探そうぜ」
「了解した」
どうせこの土砂降りでは、まともに任務を遂行することなどできやしないのだ。天魔だってこの雨では活動すらできないだろう。
ユフィーリアは全体的に埃を被ったロビーを抜けて、客室が並ぶ廊下へと足を踏み込む。古びた廊下の床板が、二人分の体重を受けてギシと軋んだ。
「全体的に埃っぽいな」
「客室にも鍵がかけられているようだ」
「無理やり壊してもいいけど、人間様に返還した時に使用された跡が残ってたんじゃなァ」
どこか空き部屋はないものか、と探して回り、二人は二階へ進む。
埃っぽい階段を上ると、やはり一階と似たような客室の構成となっていた。客室のすべては厳重に鍵がかけられた状態で、ガチャガチャとドアノブを回そうとしても鍵は開かない。
「やっぱりダメだな。このホテルって二階までだっけ?」
「そのはずだが」
一階にあったホテルの地図では、このホテルは全部で一階と二階しかない小さなホテルだったと記憶している。
しかし、ユフィーリアはカクリと首を傾げた。少し後ろを歩いていたショウは「どうした?」と問いかけてくる。
「三階に繋がる階段があるんだよ」
「……屋上ではないのか?」
「さあな。どうなんだろ」
ユフィーリアの目の前には、上階へ繋がる階段が存在していた。三階に繋がる階段は存在しないはずだが、この会談は屋上にでも繋がっているのだろうか。
二人して顔を見合わせて、突発的な作戦会議を開始。
「行く?」
「使える客室を探すと言うのであれば進むべきだろうが、何故か嫌な予感がする」
「どんな感じで?」
「こう、幽霊的な意味で」
ショウの真剣な眼差しに、ユフィーリアは「うへぇ」と顔を
とはいえ、ここで「じゃあ戻るか」という判断も癪である。せっかくここまできたのだから、三階も散策して客室を探したい。
腕組みをして悩むこと数秒、ユフィーリアは決断を下す。
「よし、行こう」
「行くのか」
「多少の危険は承知の上だ。それに命を削るようなやり取りは、今まで何度もしてきただろ」
「それもそうか。今までの任務に比べれば、この程度など些事に過ぎない」
「そういうこった」
第零遊撃隊の意見は、謎の三階へ進むということでまとまった。
前衛を担当するということでユフィーリアが先を歩き、あとからショウが追いかけるという形式を取る。なにが出てきても慌てないように大太刀へ手を添え、ユフィーリアは埃っぽい階段を上った。
ギシ、ギシ、と一段進むごとに段差が軋む。短い階段をゆっくりと時間をかけて上り、ひょっこりと階段から顔を覗かせて上階の様子を確認する。
どこまでも伸びる客室が並ぶ廊下と、土砂降りの外の様子を映す窓。床の上に雪の如く降り積もった埃が、高級そうな絨毯を容赦なく汚している。
二階と特に変わった気配はなく、ユフィーリアは手だけで「問題なし」とショウに伝えた。
「このまま進むぞ」
「了解した」
ショウはユフィーリアに反対意見を言わず、後ろからついていくことを選択した。
埃っぽい廊下を進むと、二人分の足跡が廊下に残る。一体どれだけ掃除されてないんだと顔を顰めた矢先のこと、ユフィーリアは扉が開きっ放しになっている部屋を見つけた。
「ショウ坊、一室だけ開いてる」
「おお、それは
ここにきてようやく使える客室があったと、第零遊撃隊の二人は感覚がすでに麻痺していた。――存在しない三階に、果たして無事に使える部屋があるのか疑問に思うところだが。
開きっ放しになっている扉から客室を覗き込むと、そこは一般的な客室だった。ベッドがあり、家具があり、そして少女がいる。どうやら客室は使用中のようで、窓際に設置されたベッドにネグリジェ姿の少女が腰かけている。
少女は窓の向こうに広がる夜空に夢中で、ユフィーリアとショウの存在に気付いている様子はなかった。
「……ショウ坊、逃げるぞ」
「了解した、ユフィーリア」
こそこそと耳打ちをした二人は、足音を立てずに撤退を開始した。
だって、おかしいだろう。
少女が眺めている窓の向こうに広がっているのは、月が浮かぶ紺碧の空だ。だが、ユフィーリアたちは土砂降りに見舞われて、このホテルまで逃げ込んできたのだ。外の世界が晴れている訳がないし、第一、夜と呼べるような時間帯でもない。
すると、窓の向こうに視線をくぎ付けにしていた少女が、ふと美しい声で語りかけてきた。
「今夜は月が綺麗でございますわね」
――月? あり得ない。彼女は何を見ている?
ユフィーリアとショウは、視線だけでやり取りをする。
(――どうする?)
(このまま逃げよう。なにも言わない方が得策だ)
しかし、少女はなおも語り掛けてきていた。
「とても綺麗な月夜で、外に出かけたくなりますわ」
美しい声の中に混じる『異常』――それが、ユフィーリアの
外套の内側から銀の筒を取り出したユフィーリアは、上部に施された栓を口に咥えて引き抜いた。何事も先手必勝である。
少女はベッドに腰かけたまま、首だけを開きっ放しになっている扉へ向けた。ちょうど撤退しようとしていたユフィーリアと、少女の目が合ってしまう。
なかった。
少女の
握りしめた銀の筒を構えたまま、ユフィーリアは凍り付く。
幽霊的なアレが出るとは事前に聞いていたが、まさかここまで恐ろしいものが出てくるとは誰が思うだろうか。
「――ねえ、そう思うでしょう?」
ユフィーリアは銀の筒を部屋の中に投げ込み、相棒へ向かって叫んだ。
「走れ!!」
ドタドタドタッ!! と廊下を駆け出すと同時に、部屋に投げ込んだ銀の筒が爆発する。大量の埃が綿雪のように舞い上がり、パラパラと木片が天井から降ってきたが、そんなことも気にしていられないぐらいにユフィーリアとショウは必死に逃げた。
階段を駆け下り、再び一階に戻ってくると、土砂降りの中を飛び出そうとする。
「扉が閉まってる!?」
「はあ!? 嘘だろ、さっきまで開いてたじゃねえか!!」
一階のロビーまで戻ってくると、なんと開きっ放しになっていたはずの扉がきちんと閉まっていた。ショウが扉を開けようとするが、どうやら鍵がかかっているようで開かないらしい。
ならば、とユフィーリアが切断術で扉を叩き切ろうとするが、後ろから近づいてくるヒタヒタという足音に二人の行動が止まった。
「どこへお行きですか? もう少しお話ししましょう」
ユフィーリアは応じることができなかった。見えているので切断術は通じるだろうが、果たして切断術だけで相手が成仏してくれるとは限らない。
それでも応戦するべきかと大太刀の鯉口を切ると、ショウが客室方面へズカズカと歩いていく。その手には赤い
「……あら? お話してくれる――」
「
あろうことかこの少年、幽霊相手に最大火力で焼き払った。
この世の終わりかと思うほどの悲鳴を上げた少女は見事に火葬され、燃え尽きていく少女の魂を忌々しげに睨みつけたショウは吐き捨てるように言う。
「二度ほど死んでこい」
――うわあ、この相棒怖ェ。
幽霊を相手に強気な姿勢を崩さないショウに若干の恐怖心を抱いたユフィーリアは、最大火力をぶち込んだ影響で腹を空かしているだろう相棒の為に携帯食料を取り出した。
「ユフィーリア、何故泣いている?」
「……俺、お前だけは怒らせないようにしようと今決めた」
「?」
情緒不安定な相棒を不思議に思ったらしいショウは首を傾げるだけだったが、特に言及することはなかった。
それから、二人は雨が止むまで埃っぽいロビーで過ごすのだった。
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