第1話【楽しい除染作業】

「おーい、こっち除染液なくなった」

「だったら取ってこいよたかるな」

瓦礫がれきが邪魔だなおい!! 力自慢はこれを退けてくれ、除染液が撒けねえだろ!!」

「お前の筋肉は見掛け倒しかよ。蹴飛ばせよ」


 綺麗に晴れ渡った蒼穹には、ぽこぽこと数個の綿雲が浮かんでいる。本日も快晴のようでなによりだ。絶好の除染作業日和と言えようか。

 麗らかな日差しが燦々さんさんと降り注ぐ地表には、随分と荒れ果てた街並みがあった。かつては大都市だったようだが今では見るも無残に建物が倒壊していたり、瓦礫の山に変貌していたりしている。まるで巨大な怪物かなにかが暴れ回ったかのような、そんな雰囲気すら感じる。

 中心に聳え立つ白亜の城から半径五キロ圏内は、かなり荒れ果てているようだった。原型を留めている建物はほとんどなく、建物の残骸である瓦礫すらも粉々に潰されている。

 そんな荒廃した世界を彷徨うのは、姿形こそは人間に似ているものの、どこか人間離れした何者かだった。ある者は犬の耳を頭頂部から生やし、ある者は皮膚につぎはぎのような模様がある。ある者には腕一面に竜の鱗がびっしりと張りついていて、ある者はふわふわと虚空を自由自在に漂っている。共通しているのは全員して如雨露じょうろのようなものを持って、透明な液体を地面や瓦礫に振り撒いているところだろうか。

 彼らは天魔憑てんまつき――人類がとある怪物によって地上を追いやられた現在、地上の自由を取り戻すことができる唯一無二の存在である。

 決して多いとは言えない人数の彼らは、ぶつくさと文句を言いながらも如雨露を振り回して液体をぶち撒ける。この行動に意味があるのかと問われれば答えは『是』――これはなのだ。


「あーあ、こんな広大な城から行ったりきたりするのすげえ面倒」


 その除染作業に対してまた文句を言う天魔憑きが一人。

 男の割合が圧倒的に多い天魔憑きだが、目を見張るような美人が豪華絢爛を体現した城の中を如雨露片手に彷徨い歩いていた。鈴を転がすような美しい声はがさつで乱暴な男口調をなぞり、のっしのっしと大理石の床を突き進む足取りもまた男らしい。

 回廊から差し込む陽光を浴びて輝く銀髪は寝癖が目立つほどぼさぼさであり、手入れなどしていないようにも見える。宝石を想起させる青い瞳に人形めいた顔立ちは絵画から出てきた女神のようであるが、歩くたびに翻る黒い外套と子供の身長ほどはありそうな大太刀をいたその様はさながら歴戦の戦士のようであった。

 退屈そうに欠伸をし、空っぽになった如雨露を手慰み程度に振り回しながら歩く彼女は、ふと背後から自分の名前を呼ばれて反応する。


「ユフィーリア、終わったのか?」

「あん? おう、ショウ坊。そっちはどうだ?」

「一通りは終了したが、これで除染できているのか甚だ疑問である」


 生理的な涙が浮かぶ青い瞳が見据えた先にいたのは、黒髪赤眼の少年だった。年の瀬は一〇代後半程度だろうが、ピンと伸びた背筋と落ち着き払った態度のせいでやたらと大人びた印象がある。

 艶のある黒い髪をポニーテールに結い、薄闇の中でも炯々と輝く赤い瞳はその色鮮やかさを失わない。顔立ちは端麗であるのだが、正確なところは顔の半分以上を覆い隠す口布のせいで分からない。黒いシャツに同色のズボン、革靴という黒ずくめの上から華奢な体躯を強調するかのように巡らされたベルトが、さながら拘束具のような印象を与える。良くも悪くも目を引く格好だった。

 同じように空の如雨露を抱えた少年は、眉一つ動かすことなく言う。


「イーストエンド司令官の言葉は正しいのか? この液体で【毒婦姫ドクフヒメ】の毒を完全に除去できるとは思えないのだが」

「この除染液ってのはちょっと特殊なんだよな。まあ除染液の補充がてら話してやるよ」


 くい、と出口の方面を顎で示す銀髪碧眼の美人に、黒髪の少年が続く。

 銀髪碧眼の美人はユフィーリア・エイクトベル。

 黒髪の少年はショウ・アズマ。

 彼ら二人は怪物から大地を取り戻さんと立ち上がった『アルカディア奪還軍』の主戦力――第ゼロ遊撃隊に所属する精鋭である。



「実のところ如雨露の中身はただの水だ。液体自体にはなんの意味もねえよ」

「む。そうなのか」


 空っぽになった如雨露を繁々と興味深げに眺めるショウの反応は初々しく、つい余計なことまで教えたくなってしまうのが悪い大人というもので。

 しかし彼が求めているのは如雨露の仕組みについてであって、余計なことを教えてしまうと「それは聞いてない」などとクソ真面目に突っ返されてしまいかねないので、ユフィーリアはあえて真摯に説明することにした。


「じゃあただの水で最強を一〇秒で死に至らしめる毒を除染できるかと言えば、答えは否だ。できる訳がねえ」

「ふむ」

「それを可能にしてるのがこの如雨露だよ」


 ユフィーリアは如雨露を掲げてみせる。

 なんの変哲もない如雨露であるが、銀製のそれは実は細やかな装飾が随所に施されている。持ち手の部分には花の意匠が刻み込まれ、如雨露の本体には幾何学模様が描かれている。普通に使う如雨露にしては随分と凝った意匠である。


「この如雨露は不浄なものを浄化する『聖銀せいぎん』って貴重な金属が使われてんだよ。聖銀を通すことによって、あらゆる汚いものは一瞬で綺麗になっちまうって寸法だ」

「なるほど。それは便利だ」

「だろ? ちなみにこれに触ってると傷の治りも早くなるぜ」


 ほれ、とユフィーリアは自分の右手をショウに見せてやる。前線で戦い続けているからか、ユフィーリアの手は意外と細かい傷が多い。だがそれも聖銀のおかげで、傷一つない真っさらな手のひらになっていた。

 いまだ傷を残したままの左手と比較させてやると、彼は不思議そうに首を傾げて呟く。


「……どちらも綺麗なままだが」

「おう、一丁前にお世辞か? 似合わねえからやめとけ」


 カラカラと軽い調子で笑い飛ばして、ユフィーリアは今まで除染作業に勤しんでいたパレスレジーナ城の玄関を潜る。

 眩いばかりの陽光が降り注ぎ、ユフィーリアの網膜に容赦なく突き刺さってくる。あまりの眩しさに顔を顰めたユフィーリアだが、徐々にその視界も慣れてきた。

 建物が崩壊した街並みが目立つものの、いつかこの王都アルカディアにも人が戻ってくるとなると、命を懸けて取り戻した甲斐があるというものだ。感慨深くて一人うんうんと満足げに頷いていると、いつのまにか隣に並んだショウがふと空を見上げてポツリと漏らす。


「本日もいい天気だな」

「だな」


 つられて、ユフィーリアも同じように蒼穹を見上げた。

 澄み渡った空に浮かぶ無数の黒点。それらは徐々に大きくなっていき、やがて異形の怪物であることが判明する。それは二足歩行の犬や猫であったり、一つ目や複数の目を有する巨人であったり、でっぷりとした樽のような腹を揺らす小鬼であったり、喋る樹木であったりと様々だ。千差万別の怪物が地表を目指して雨の如く降り注ぎ、我が物顔で地上を闊歩かっぽする。

 無数の怪物が降り注ぐ空を眺めて、二人同時にため息と共にげんなりとした様子で言う。


「「今日も天魔てんまは止むことなし」」


 ――天魔、空から降り注ぐあの異形の怪物を人類はそう呼んだ。

 人類は天魔によって地上を追いやられて、地下に全三階層からなる巨大都市【閉ざされた理想郷クローディア】を作って一〇〇年近くを引きこもって過ごした。ユフィーリアたち天魔憑きが現れるまでは、異形の怪物を相手に戦うことすらしなかった。

 そして天魔憑きとは、あの異形の怪物と契約を果たした人間のことを示している。人の姿をしながら人ならざる部分を持ち合わせているのは、天魔と契約をした結果、人の身を捨てることになった証左とも言えようか。

 そんなことはさておき。

 本日も飽きることなく空から降ってくる異形の怪物の群れをぼんやり眺めていたユフィーリアは、退屈な除染作業を放り出すことに決めた。第零遊撃隊に割り振られた場所は広大な敷地を有する王都アルカディアにおいて最も重要な施設――パレスレジーナ城である。ここが最も毒によって汚染されているのだが、こんなだだっ広いところを二人で処理するとか鬼か。

 すでに除染を終えた玄関前にどっかりと座り込み、胡座を掻いて煙草の箱を出す。箱から直接煙草を咥えると、なにやら非難の視線を浴びせてくる隣の少年を見やった。


「ショウ坊もサボろうぜ」

「しかし、これはイーストエンド司令官の命令で」

。お前もサボれ」

「了解した」


 サボりに苦言を呈したショウだが、ユフィーリアのある一言で即座に従った。とはいえサボりとはなにをすればいいのか検討もついていないようで、見様見真似でユフィーリアの隣に正座する。

 この少年、まるで人形のように命令に対してひどく忠実なのである。誰彼構わず『命令』とつければなんでも実行してしまうほどであり、人形めいた美貌も相まって『空っぽエンプティ』と揶揄されていた。

 そしてそれは、命令の上書きも可能のようだった。上官であるはずのグローリアからは除染作業を命じられていたが、ユフィーリアの「お前もサボれ」という理不尽な命令によって上書きされてあっさりと除染作業を放棄した。――実のところ、命令されればというか『サボれ』という命令を待っていたのではないかと予想してしまうが、まあそれは人間らしい部分もあるということで。

 煙草の先端に火を灯し、滲み出てきた苦味を舌の上で転がす。手持ち無沙汰にぼんやりと崩れかけた王都を眺めるショウの横顔を一瞥して、ユフィーリアは思い出したように外套の内側からあるものを引っ張り出した。


「ほれ」

「?」

「弁当。セレンに頼んでおいた」


 ユフィーリアがショウに突き出したのは、一抱えほどもある銀色の包みだった。そろそろ昼飯時である。腹が減ってはなんとやらだ。


「貴様の分は?」

「俺はいい。育ち盛りなんだから食っとけ」


 腹は空いていると言えば空いているのだが、別に食に関してそこまでこだわりを持っていないユフィーリアは常備している軍用の携帯食料レーションでも食べればいいかと考えていた程度である。不味いけれど。

 大人しく包みを開くと、きっちりと綺麗に並べられたサンドイッチが現れた。できる限りの工夫を凝らして具材は全て違うものを選んでくれたようである。大衆食堂の店主――セレンのセンスには感服する。

 ショウはサンドイッチの個数を数えて、それから野菜の挟まったサンドイッチを手に取るとユフィーリアに突き出した。


「まだ術式を使っていない故に、そこまでの量は必要ない。これは貴様の分だ」

「……………………」


 多分、意訳として『ユフィーリアにもあげるので一緒に食べよう』ということなのだろう。素直にそう言えないのか。

 ここでショウの好意を「お前が食えって言ったろ」と無碍にすることもできるが、そこはそれ、軍用の携帯食料を食べればいいと考えて自分の昼飯のアテがなかったユフィーリアである。素直に受け取ることにした。


「おう、ありがとな」

「…………ん」


 突き出されたサンドイッチは瑞々しい野菜とハム(と呼ばれる天魔の加工肉)が挟まれていて、きちんとパンには焼き目がついている。美女にあるまじき大口を開けてかぶりつけば、程よく柔らかなパンとシャキシャキとしたレタスの相性が抜群でいくらでも食べ進められそうだ。パンの裏側に塗られたマスタードもいい刺激となっていて、味に変化をもたらしている。

 ちまちまとお行儀よく食べるなど邪道、とばかりに豪快にサンドイッチへかぶりついて、ユフィーリアはあっという間に食べ終えてしまった。


「ごっそーさもがッ」

「……………………」


 おかしい、自分は食事を終えた時の挨拶をしたはず。口の中は空っぽでなにも入っていなかったはずなのに、どうして新たなサンドイッチが詰め込まれているのか。

 見れば、ショウが新たなサンドイッチを構えて待機していた。もがもがと卵とチーズのサンドイッチを消化してから、三つ目のサンドイッチを口の中に詰め込もうとしてくるショウの腕を掴んで阻止する。


「ショウ坊、いきなり口ン中にサンドイッチ詰めてくるとか馬鹿か? 危うく窒息で死にかけたぞ?」

「問題ない。窒息で死ぬことなど誰にでもあることだ」

「問題あるわ!! 死にたくねえんだよこっちは!!」


 見当違いな回答をいけしゃあしゃあと述べるショウに、全力で異議を唱えるユフィーリア。さすが他人の死を扱う葬儀屋だけあるのか、「なにか問題でも?」と言いたげにショウは首を傾げる。

 そしてついでに左手で摘んだままの煙草は火が灯った状態である。そのまま素手で握り潰せば、ユフィーリアの手のひらには火傷ができていたことだろう。

 まだ小さな火が灯ったままの煙草を咥えて、ユフィーリアは食後の一服とばかりに紫煙を吐き出した。ショウも自分の昼食を再開させ、もそもそと器用に口布をしたままサンドイッチを消化していく。はた目から見ると異様な光景だが、大衆食堂では常にこの状態で食事を摂るものだから見慣れてしまった。

 そして凄まじい速度であっという間に銀の包み紙を空にしたショウは、丁寧に両手を揃えて頭を下げて「ご馳走様でした」と告げる。育ちの良さが見て取れる。


「つーか、まだ除染作業しなきゃいけねえのかよ。先に瓦礫を片付けた方がよくね?」

「瓦礫の上にも【毒婦姫】の毒が降りかかっている。そのまま瓦礫を再利用でもすれば、人類が王都へ戻った時に毒死してしまう」

「ンなこたァ分かってんだよ。言ってみただけだろ」


 相変わらず冗談が通じない少年である。まあ冗談で言ったつもりはないのだが、正論で返されてしまってぐうの音も出ない。

 薬品めいた紫煙をゆっくりと吐き出して、除染作業も楽じゃねえなァと密かに思う。しかもこんな広大な城をたった二人で、だ。

 ふとユフィーリアは、なんとはなしに空を見やった。

 数分前と変わらず、天魔がバラバラと降り注ぐこと以外は平穏な空模様である。雨雲の心配もなし、天気が崩れたところで洗濯物云々の心配はしていない。そんな主婦めいた思考など持ち合わせていないのがユフィーリア・エイクトベルという女である。

 そんな空――正確には天から降り注ぐ天魔の群れのうち、小さな一粒が唐突に奇妙な動きを見せた。大きく旋回するそぶりを見せ、それからぐんとこちらに向かってくる。


「…………あん?」

「どうした?」


 訝しげな表情を見せたユフィーリアに、ショウの素直な質問が飛んでくる。

 小さな一粒は徐々に大きくなり、その姿を露わにする。どうやら鳥の形をした天魔のようだが、はて相手もこちらの姿に気づいたのか。

 いや、あれは違うか。ユフィーリアは黒い煙草を大理石の床の上で消し、


「ショウ坊、今空からやってくるあの黒いのを狙撃できるか?」

「黒いの――あれはおそらく、エルクラシス補佐官の使い魔だろう。何故狙撃する必要が?」

「面倒な仕事がやってきそうだから」


 いいから命令だと付け加えるより先に、ユフィーリアの行動を読んでいたらしい天才的な上官殿の声が背後から聞こえてきた。


「こーら、ユフィーリア。ショウ君を巻き込んでサボらないの」

「ッ!? あっちはハッタリか!?」

「空からやってくる方も必要だけど、直々に僕が出向くのは当然だと思うけど?」


 背後に広がるパレスレジーナ城の豪奢な内装、薄暗い中に沈む玄関ホールの虚空が水面の如く揺らいでいる。声が聞こえてきたのはそこからのようで、波紋と共に腕がするりと伸びてくる。

 なにもない虚空から腕が伸びてくるとかこの上ない恐怖映像でしかないが、相手は時と空間を自在に操ることができる天魔憑きだ。ここで逃げれば時間を止められてでも阻止されるだろう。――おそらく時間を止められるより先に、隣の相棒にラリアットでもぶちかまされそうだが。

 なんの障害もなしに腕が、足が、胴体が、そして最後に顔が通り抜けてくる。ひらりと大理石の床の上に降り立ったのは、まだ二〇代に到達したばかりの青年だった。

 黒い髪をハーフアップにまとめ、さらに紫色のとんぼ玉がついたかんざしを挿している。中性的で男にも女にも見える端正な顔立ちに柔和な笑みを浮かべ、朝靄あさもやを想起させる色鮮やかな紫眼が不思議な印象を与える。全ての天魔憑きを束ねる最高総司令官を肩書きに持つが、その威厳は見た目からでは到底感じられない。

 禍々しい雰囲気をまとう懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を携えた青年は、微笑みを絶やさず言う。


「やあ、ユフィーリアとショウ君。除染作業ご苦労様」


 上に立つ者としての威厳はまるでないのに、何故か彼が言葉を発するだけで緊張感が走る。それだけ彼がこの戦場にもたらした功績は大きいものだ。

 アルカディア奪還軍最高総司令官――グローリア・イーストエンド。朗らかな笑みを浮かべ、この誰にでも優しそうな雰囲気のある青年は天才と名高い軍師である。

 自分の上官がこうして直々に足を運んだにもかかわらず、ユフィーリアはチッと舌打ちをして、


「帰れ」

「おっと、酷いなあ。わざわざ労いにきたのに」


 軽い調子で笑うグローリアに、ユフィーリアは機嫌悪そうに自前の銀髪を掻いた。ぼさぼさの銀髪がさらにぼさぼさになってしまう。


「その労いのあとに、一体なにを任せるつもりだ? 瓦礫の撤去か?」

「まさか。うーん、でも予想はついてるんだね。僕が別の仕事をお願いしにきたってことは」

「経験上な」


 ユフィーリアはフンと鼻を鳴らすが、ショウは予測がついていなかったようで首を傾げていた。「本当なのか?」とばかりの態度である。

 ほぼ同時に、バサリという翼がはためく音を聞いた。出口を――あるいは逃げ道を塞ぐように、巨大なからすがユフィーリアとショウを高みから見下ろす。鋭い瞳は刃の如しであり、めつけられただけで身が竦みそうな厳しさが漂っている。

 しかし、巨大な鴉を通じて聞こえてきた青年の声は、実に緊張感のないものだった。


【うあー、めんどくせ……グローリア早くしねーと見失うッスよ】

「そうだね。じゃあ、ユフィーリアとショウ君。ちょっと我慢してね」

「は、え、待て一体なにをする気だお前ッ!?」


 こちらはなんの了承もしていないのだが、なにかが決定事項となってしまったようである。

 除染作業よりも面倒な仕事を押しつけられることが確定しそうなユフィーリアはなりふり構わず逃げ出そうとしたが、残念なことに利き腕を鋭い爪が伸びた鳥の足が掴んでくる。見れば巨大な鴉が器用にユフィーリアの腕をがっしりと掴んでいて、バッサバッサと翼をはためかせ始める。

 まさか、この状態で飛ぶ気か。


「おいショウ坊!! やばいぞこれ逃げ――!!」


 逃げるぞ、と叫ぼうとしたユフィーリアだが、ショウの反応がないのでちらりと隣を見やる。

 …………ユフィーリアよりもさらに酷いことに、


「扱いが雑すぎんだろ!? 俺はともかくそいつなにもしてねえのに!?」

【飛ぶッスよー】

「うわ、ちょ、待てやばいっておいこれ宙吊りとか洒落にならねうわああああああ飛んだああああああああ」


 ユフィーリアの抵抗は虚しく終わり、巨大な鴉は自由な大空へ飛び立った。甲高い悲鳴が王都中に響き渡り、除染作業中だった天魔憑きたちは何事かと空を見上げる。

 彼らが見た光景は、巨大な鴉に連れ去られる精鋭部隊の二人だった。静かに合掌されたのは言うまでもない。

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