第二十四幕 建国の戦い(Ⅱ) ~元締めとの接触
そこは娼館を兼ねた広めの酒場であるようだった。平時にはそれなりの賑わいを見せていたのだろう店も、今の時勢とこの街の状況を反映してかほぼ活気という物が無かった。それは他の界隈にしても同様だ。
酒場には普通の客はほぼおらず、用心棒を兼任しているような人相の悪い男達が屯しているだけであった。どう見ても堅気ではない。
リーダー格の男――ガフという名前らしい――の先導の元酒場の扉を潜ると、中にいた男達の視線がギロッと効果音が付いてきそうな勢いで向けられた。そしてすぐにその視線が卑猥な物に変化した。視線の先にいるのは勿論ソニアとヴィオレッタの2人の美女だ。
2人共タイプは違うが妙齢の美女であり、かつ煽情的な格好をしているので余計そうした目で見られやすい。男達が口笛を吹いた。
「おいおい、ガフ。随分上玉引っ掛けてきたじゃねぇか。ここ最近じゃ滅多にお目に掛かれねぇぜ」
寄ってきた男の一人が下卑た笑みを浮かべながらヴィオレッタの顎に手を掛けようとする。するとヴィオレッタがその手をピシャリと払った。
「ごく潰し共が汚い手で私に触らないで頂戴」
普段は妖艶で男を蕩かせる彼女だが、一旦相手を蔑む態度を取ると何とも挑発的で憎らしく映る。案の定男の顔が朱に染まった。
「こ、このアマ、舐めんじゃ…………いっ!? 痛てててぇっ!」
「――聞こえなかったのかい? 彼女は触るなと言ったんだよ?」
ヴィオレッタの髪をふん掴もうとした男の手が、横から伸びた別の手によって逆に掴まれる。マリウスだ。見た目からは想像もできない握力で男の手を締め上げると、男は情けない悲鳴を上げた。
「おい、てめぇ! 何してやがる!?」
色めき立った残りの男達が殺気立つ。この展開は予想出来ていた。というより最初からこの方が手っ取り早い。
「ソニア、悪いけどもう一暴れするよ?」
「はは! むしろまだ暴れ足りなかったくらいさ!」
頼もしい返事を背に、マリウスは先んじて男達に先制攻撃を仕掛けた――
「一体何の騒ぎだ!?」
そうして乱闘を続けていた所、吹き抜けになっている酒場の二階の廊下から怒鳴り声が響いた。見上げると手すりからこちらを見下ろしている40代くらいの男の姿が目に入った。右の頬に大きな刀傷。事前にガフに聞いていた特徴と同じだ。つまりこの男が……
「ボ、ボス……! こいつらがいきなり殴り込んできて……」
「何ぃ?」
ボスと呼ばれた男がギロッとこちらを睨み付けてくる。間違いない。こいつがこの街の『元締め』だ。マリウスはとっくに伸びている男の胸倉から手を離してニッコリと笑顔を作る。
「やあ、あなたが元締めのドニゴールさんですか。初めまして。私はマリウス・シン・ノールズと申します。今日はあなたにお話があってやって参りました。時間が惜しいのであなたに会う為の正式な手順を踏まずに、少々乱暴な手段を取った事はお詫び致します。勿論誰も殺してはおりませんのでご安心下さい」
「……俺に会う為だと? お前、頭湧いてるのか? こんなに派手に暴れて面子を潰されて、黙って話なんぞ聞くと思うか? 俺が一声掛けりゃこの街中の筋者が集まるぜ。女連れの3人だけで太刀打ちできると思ってんのか?」
元締め――ドニゴールが目を細めて、額に青筋を立てながら恫喝する。この反応も予想は出来ていた。その上で敢えて強引な手段を取ったのだ。マリウスは相変わらず笑いながら剣の柄に手を掛ける。
「ええ、そうでしょうね。そんなあなただからこそ、こうしてお話に参ったのです。それに……今までは
「……!」
ソニアも青龍牙刀の柄に手を掛けて周囲を威嚇している。マリウスも軽く殺気を発散させる。するとドニゴールの眉がピクッと吊り上がった。どうやらそれなりの腕はあるらしい。
マリウスの殺気の凄まじさを感じ取ると共に、その強さが相当な物であり、言っている事が決してハッタリではないと理解した様子だ。
「……お前一体何モンだ。俺に何の用があるってんだ?」
ドニゴールが周囲を囲む子分たちに下がるように合図すると、そんな風に問い掛けてきた。
(とりあえず話の席に着く事は成功したな)
そう判断したマリウスは殺気を収める。ヴィオレッタの方を向いて彼女と目線で頷き合った。
「とりあえずそこじゃ話しにくいですし、一旦降りてきてもらえませんか? それか私達がそちらに伺うでも構いませんが」
「……いいだろう。お前が上がってこい。ただし来るのはお前だけだ。その女2人はそこに残れ。うちの子分共に監視させる。それが呑めるなら話を聞こう」
「…………」
つまりは人質か。自分が素性の知れないマリウスの前に身を晒すのだから、保険を掛けておこうと考えるのは不思議ではない。そして実はこういう可能性も事前にヴィオレッタから指摘されていた。
自分達が人質になる事で対談を了承させる……。しかし腕が立つソニアだけでは人質としての価値は低い。だからこそ危険を承知でヴィオレッタ自身も、『交渉材料』として同行したのだ。
なのでマリウスに動揺はない。
「いいでしょう。ただし理由もなしに彼女達に狼藉しようとしたら……」
「ああ、解ってる。その時は俺を殺すなり人質に取るなり好きにしろ」
マリウスは2人の女性の方を振り向いた。
「ソニア……ヴィオレッタの護衛を頼むよ」
「ああ、任しときな。奴等には指一本触れさせやしないさ」
ソニアが自分の胸を叩く。
「ヴィオレッタ……じゃあ行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい。大丈夫。事前の打ち合わせ通りの流れになるはずよ」
彼女からはこの状況を予測しての、大体の交渉の流れを説明されていた。準備は万端だ。
「ああ、そうだね。ありがとう、ヴィオレッタ」
そしてマリウスは彼女達を一階に残して、ドニゴールとの『交渉』へ臨んだ……
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