第二十一幕 解語の妖花(Ⅵ) ~四人目の仲間


「ミ、ミハエル殿……。それがあなたの本心だったのですか……」

「……ッ!!」


 ミハエルの顔が再び青ざめる。この部屋での会話は全てドメニコに筒抜けだったのだ。


「ば、馬鹿な……何故ここにドメニコが……。それに隠し部屋・・・・だと!? ま、まさか貴様ら……」


 何かに気付いたようにミハエルが、未だにひざまずいたままの女達を見下ろす。すると今まで黙っていたヴィオレッタが顔を上げた。そこには先刻の絶望した様子など微塵もなく、逆に会心の表情を浮かべていた。


「ようやく気付いた、お馬鹿さん? 全て私達の掌の上・・・だった事に」


「……!」


 これがヴィオレッタとエロイーズの2人の才女が立てた計画だった。自分達がわざと・・・しくじって捕まる事まで計画の内だったのだ。そうする事でミハエルの油断と慢心を誘い、ドメニコが聞いている中でその本性を引き出す事に成功したのだった。


「うちの太守様、ああ見えてすごく顔が広いのよ? まあだからこそあなたも取引相手・・・・に選んだんでしょうけど。その太守様の名前で、あなたの本性の話はすぐに広まるでしょうねぇ?」 


「……っ!!」


 ミハエルの商売は現物を扱わない虚業であり、顧客の信用が第一だ。それが無くなればあっという間に崩壊する。上手く嵌まれば儲けは莫大だが、転落の危険性も大きいハイリスク・ハイリターンな商売でもあった。


 顔の広い太守の立場から悪い噂を流されれば、今までの顧客からも見放され逆に莫大な借金を背負う事にもなりかねない。


 ミハエルの顔が赤くなったり青くなったりで忙しい。ヴィオレッタはその様を勝ち誇った様子で眺める。


「今まで築き上げてきた全てを失う気持ちが少しは理解できたかしら? でもまだまだこれからよ。あなたには法の下で正当な裁きを――」



「――おぉ、お、おのれ! おのれぇぇぇっ!!」



 ヴィオレッタの口上を最後まで聞かずに、ミハエルが怒り狂った様子で部屋の窓際にある机に駆け寄ると、その机の抽斗から何か丸い玉のような物を取り出す。


 そしてそれをマリウス達に向かって投げつけた!


「……!」

 破裂音と共に大量の粉塵が撒き散らされ、ミハエルの姿を覆い尽くす。


「ミハエル! 悪あがきは――」

「危ないっ!」


 マリウスは咄嗟に立ち上がろうとしたヴィオレッタを庇う。大きめの窓から室内に向かって何か燃え盛る物が投げ込まれた。いや、それは不自由な視界でよく見ると火矢・・のようであった。


 外から次々と同じような火矢が撃ち込まれる。どうやら外にもミハエルの私兵が控えていたらしい。


 火矢に灯った炎は部屋中に撒き散らされた粉塵に引火。忽ちの内に部屋は燃え盛る炎に舐め尽くされた!


「く……!? ミハエル! ミハエル、どこにいるの!? 私はまだ――」


「ヴィオレッタ! ここは危険だ! 一旦退避しよう! さあ、エロイーズもっ!」


 マリウスは後ろ手に縛られたままの2人を両脇に抱えるようにして強引に部屋から脱出した。因みに太守のドメニコは、部屋に火矢が撃ち込まれた瞬間にさっさと逃げ出していた。


 その後間もなく火は消し止められたが、焼け跡からはミハエルの死体は勿論、ロルフの死体も発見できなかった……

 


****



 数日後。マリウス達はトレヴォリを発って、コルマンドへの帰路の途上にあった。行きと同じくマリウスの愛馬ブラムドの背には、マリウスの共にエロイーズも同乗している。


「……結局ミハエル達には逃げられてしまったようだね。あと一歩の所まで追い詰めたのに、詰めが甘かったみたいだ」


 マリウスが少し悔しげな口調になる。エロイーズはかぶりを振った。


「それは仕方がありません。まさかミハエルがあのような緊急時の脱出手段まで確保していたとは想定外でした。しかしドメニコ太守は約束通りミハエルの悪行を広めてくれるそうですから、少なくともあの男の野望は阻止できました」


「そう、だね……。今はそれで良しとするしかないか」


 自分を納得させたように頷く。そしてその後すぐにエロイーズを睨みつける。


「……それにしても、エロイーズ! 打ち合わせの時はあんな危険な作戦じゃなかったはずだよね!? 君自身が奴等に囚われるなんて……。もし僕が少しでも遅れていたらと思うとゾッとするよ! 荒事や危険な仕事は僕等の役目なんだから、もうあんな無茶はしないでよ!?」 


 たしなめられたエロイーズは、ちょっと首を竦めるようにして上目遣いにマリウスを見上げてきた。……何というか、かなりあざとい・・・・仕草である。


「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。しかし自らの身を危険に晒さねばあのミハエルを騙す事は出来なかったでしょう。ヴィオレッタ様の策は当たっていました。それに……マリウス様なら絶対間に合って下さると信じておりましたわ」


「……!」

 エロイーズのような美女に上目遣いでこんな事を言われては、マリウスとしてはこれ以上の追求は出来ない。ため息を吐いた。


「ふぅ……全く、君には敵わないな。でも約束して? もうこんな無茶はしないって」


「うふふ、ええ、お約束致します」


 とりあえず落とし所に落ち着いて、2人は笑いあった。そこに近付いてくる蹄の音が……



「おほん! ……2人の世界に入ってる所悪いんだけど、私もいるって事を忘れてないかしらぁ?」



 ヴィオレッタである。エロイーズと違って自分の馬に跨っている。相変わらずスリットの入った衣装の為に、開いている方の脚が付け根まで剥き出しになっていた。


「あはは、ごめんごめん。……でも本当にこんな慌ただしく出てきちゃって良かったの? 勿論僕等にはありがたい話なんだけど」


 身辺整理に時間の掛かっていたエロイーズやアーデルハイドに比べて異例の速さである。勿論エロイーズ達が遅い訳ではなく、ヴィオレッタが異常に速かったのだ。官吏として社会的立場のあった人間とは思えないほどにアッサリとしていた。


「いいのよ。既に代わりの官吏は紹介済みだし、あの家も使用人ごとその人に買い取ってもらった。私本当は早くあの街を出たくて仕方なかったのよ。それに私は『トレヴォリの毒花』よ? 好きこのんで貰った異名じゃないけど、悪女・・だったらこのくらいの無理難題は普通でしょ?」


 あっけらかんとした彼女に、マリウスも声を上げて笑う。


「ははは、確かにそうかも知れないね。勿論君さえ問題ないならこっちは大歓迎だ。これから宜しくね、ヴィオレッタ」


「こちらこそ。それに旗揚げして一から勢力を興すなんて、やりがいがありそうだわ」


 馬上のままでマリウスと握手を交わしながら目を輝かせるヴィオレッタに、エロイーズが嬉しそうな様子になる。


「うふふ、やはりヴィオレッタ様とは相通づるものがありそうですわね」


「……でも、マリウスってとっても強いのねぇ? 私、本気になっちゃいそうだわぁ」

「っ!?」


 うっとりとしたような表情でそんな事を言ってくるヴィオレッタ。エロイーズは嬉しそうに緩めていた目元を一転して厳しく吊り上げた。


「……ヴィオレッタ様? 先に同志になったのは私だという事をお忘れなく……」


 するとヴィオレッタも挑戦的に眉を上げた。


「あらぁ? こういう事に時間の長さなんて関係なくってよ?」

「……!」


 視線で火花を散らし合う2人の美女。急な展開にマリウスは慌てた。


「ふ、2人とも!? ……全く、ついさっきまで仲良さそうだったのに……」


 前途多難な予感に、マリウスは天を仰いで嘆息するのだった。




 こうして最後の4人目の同志、ヴィオレッタが仲間に加わった。当初予定していた才女達を全員同志に迎える事が出来たマリウス。これでようやく旗揚げに向けて具体的に動き出す準備が整った。


 彼等の躍進が始まるのは、もう間もなくの事となる……

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