春と雪。

 会社を出た途端に鼻先をかすめる夜の風。

 もう暖かくなると思っていたのに。コートをクリーニングに出したいんだけどな。

 背後の自動ドアが開くと、カイさんが私に続くように会社を出てきた。

スノちゃん。夕方の電話、伊都いとのヒトだったでしょ」

 よくわかりますね。

「企画の牧園まきぞのさん。元気そうだった?」

 ええ。社長がカイさんに相談したいって——。

「そっか! それは重畳ちょうじょう

 覚えているんですか。

「もちろん。隣にいた晴成はるなり社長もね。名前って、大事だから」

 ……カイさん。


スノちゃんの名前も風流だよね」

 え、私の名前?

「春なのに雪と読む。季節感があふれるよねー」

 春なのに雪、ですか?

「だって、そうでしょ。——春原すのはらはると書いてスノウと読む響きがすごくいいなってさ」

「——し」

「なに?」


 し、下の名前でも、私はいいんですけれど?


 すると、カイさんは晴れやかな表情のまま、こちらを向いて笑う。

 それから、

「またね、スノ。今日もおつかれさま」

 と、言って手を振りながら改札を抜けた先の雑踏ざっとうに埋もれていった。


 ——そうよね。また。


 あれ、私のスマホに着信?

 新着のメッセージ。……カイさんから。


『また明日。


 ——っふ。


 ほんと、この人はわからないなァ。

 でも。


『はい。また明日』

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