整えず然り

 珈琲コーヒーを手に持ったままでいると、カップを通じてそのあたたかみが肌に浸透していく。を覚まして周りを見渡せば、フロアにはそれぞれのペースで業務にいそしむスタッフさん達の姿。緊急案件に対応中であったり、応接スペースでクライアントと打ち合わせ中のチームもいた。


 相変わらず、みんな適当に居場所を作っているなァ。


 隣からカイさんが口をはさむ。

「それは僕たちもね」

 ええ。確かに。

「——この雑多な空間、スノちゃんはもう慣れた?」

 驚かなくは、なりました。

「あえて居場所を固定させないフリーアドレスって、最初は驚くよね。整然さも多面的」

 このフロアに『自分だけの席』はない。各自勝手に陣取じんどって業務に勤しんでいる。

「特に、スノちゃんは異業種大手いぎょうしゅおおてからの転職組てんしょくぐみだから」

「思えば私は、もう馴染めたんですかね。でも——」


 それを言うなら、カイさんだって。

 そう呟いてちらりと、隣の彼の顔を見た。


「——そうだね」

 と、ポツリ。


 ……カイさん?


「それより! この珈琲、すごくグッドだね! 今度、そのお店に連れてってよ。店長さんのサインほしい!」

「も、もちろん行きましょう」

 嬉しいけど、「教えて」ではなく「連れてって」なのが、カイさんらしいな。


 で、そのサインは本当にほしいの?


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