第20話


「ごめん。それはもうカナちゃんに売ってあげられない」

「へ?」

 ピンクの金平糖一袋と頼んだところで、私はトワにそう拒絶されてしまった。

「……なんで?」

「アムールだから」

「いやよく解んないんだけど……お母さんに食べられちゃって、一粒も食べてないから、もう一回」

「ごめん」

 愛を乞うのを拒絶される、とゆーのは。

 結構びしっと胸に来るものがあって。

 ライダースジャケットの下の星が、うずく。うずいて止まらなくなる。

「代わりと言っちゃなんだけど、赤をあげるよ。お代は無しで良い。僕の我儘だからね」

「赤……」

 パッション。確か、『情熱』だった気がする。これは喜ぶところなのか落ち込むところなのか解らない、思いながら手に袋を受け取ると、トワが座敷に上がって下駄を持った。私はすっかり定位置に敷かれている新聞紙を踏んづけて、襖に向かう。相変わらず薄明の街は、ちょっと怖くて、なんとなくトワの羽織の袖をつかんでしまう。初めてのことにトワが、ん? と私に顔を向けて来たけれど、私はなんとなくトワの顔が見られなかった。ちょっと俯いて、安全靴を見る。そろそろ汚れて来たな、なんて。休みの時に磨けばよかった。

 トワは気にしないことにしたらしく、それでも私の手が離れてしまわないようにゆっくりとバルに向かって行った。ちょっとだけ外より明るい店内で、私はほっと息を吐く。ピクロスさん達に新しい本と、自分の分の教本と筆記具を――出すけれど、ああ、囲碁さんに引っ張られるー。なまじ勝っちゃった物だから『嬢ちゃんに勝てなければ流星人生最大の悔いになる!』と火を点けちゃったのよね。まあ人生とまで言われたら受けて立たない訳にも行かない。ちょっとぬるめのコーヒー牛乳はお砂糖もいっぱいで脳の回転がきゅるんきゅるん来ちゃうんだからね。一日一局の対戦が、私も強くして行くような気がする。だとしたらとんだ道化だよ、囲碁さん。囲碁かあ。女流で目指すのも面白いかもなあ。ああ、やっぱり私は夢見る夢子な十九歳だな。何でもできる気になっちゃって――なっちゃって――

「テル」

「はい?」

「ホットミルクで割ったカルーアでしょ、これ」

「あらばれちゃいました?」

「ますよ。お酒の匂いさせて帰ったらお母さんに怒られるし帰りバイク押して行かなきゃなんないから、今度からはやめてね」

「はい。でもこれ、兄さんの差し金なんですよ」

「へ?」

「『カナちゃんにお酒飲ませて』、って。何かあったんですか?」

 長考に入ってる囲碁さんをほっといて、私はぽつぽつ話し出す。

 アムールを拒否されたこと。

 パッションで誤魔化されたこと。

 すると囲碁さんが、けらけらと笑い出す。

「嬢ちゃんは鈍いのう。そんなことは、簡単な問題ではないか。ほい」

「悪手ですよ、長考の割に。はい」

「あいたっ。つまり遊びの恋愛ごっこでは誤魔化せなくなったと言うことじゃろうて」

「ぇあ?」

「本当に好きだからこその情熱、と言う訳じゃよ。ほい」

「はい」

「あいたたっ」

 好きだから誤魔化そうとしてアルコールも盛った? 好きだから愛が渡せなくなった?

 そんな馬鹿な、私に都合の良い与太なんか聞かされたら――

 断然徹底的につぶしたくなるじゃない。

「あいたたたっ。嬢ちゃん今日は随分攻撃的な手を打つの?」

「自業自得だと思ってください。はい、ここの石も貰いますよ」

「あいたー……今日も勝てる気がせんのう。アルコールで強くなるとは、酒乱か嬢ちゃん」

「このぐらいで酔いませんよ。一杯しか飲んてないですし」

 そう、これは私の実力だ。ほいハネ。ほほいのほい。

 カウンターのちょっと遠い席で談笑しているトワが無性にイラついて、私は情熱を開けて一粒舐める。

 甘くて甘くて、愛がどんな味だったのか、余計に興味が沸くばかりだった。

「テル、コーヒー牛乳お願い」

「はいはい」

「カルーアは無しで」

「解ってますよ」

 コーヒーマシンに豆を入れてガーッと砕き、それからお湯を入れていく。ポットにコーヒーが溜まった所で、お砂糖を入れたグラスにそれを注ぎ込みマドラーで混ぜる。それからホットミルクを注いで、さらに混ぜ・混ぜ・混ぜ。すべてがテルの手の届く範囲内にあるバーカウンターは、トワが設計したのだろうか。スレッジ・ハンマーにウォッカをマシマシでサーブせてみると、トワは一口で死んでいた。復讐するは我にありだ。

「……カナさん、カクテル言葉って知ってます?」

「へ? 何それ」

「カクテルには花言葉みたいにカクテル言葉があるんです。スレッジ・ハンマー、調べてみると良いかもですよ」

 携帯端末を出して、相変わらずどこがどうなってるんだか解らない回線でwebにつなぐ。

 『心の扉を開いて』、が、スレッジ・ハンマーのカクテル言葉だった。

 …………。

「テル、もう一発トワにハンマーを」

「調べた上でですか!?」

「金平糖で誤魔化そうとするやつにはもっともっと開いてもらわないと気が済まないわ。オープン・セサミよ」

「カナさん意外と怖くて大胆……」

「嬢ちゃん今日はキレッキレじゃな……」

 いつまでも嬢ちゃんでいられるか。成人式が来たら立派に大人よこっちだって。洋装和装決めてないけど、ばっちりお化粧して乗り込んで来てやるんだからね。覚悟しときなさいよ、トワ。

 二発目のハンマーで割とよれよれになってるけれど、それでも拒否しない辺りは褒めてあげるからさ。

「二発やったら三発やるのが定石よね、っと」

「カナさんそれは流石にやめてあげてください、明日のすてらが開きません」

「それは困るわね、少ない子供客が」

「はい、だからお店の営業は大事なんです」

 あくまでビジネスの会話しかしていない私達に、ぽん、とピクロスさん達の一人がトワの肩を叩いた。

 他の皆はげらげら笑っている。

 うん。

 私はの店が好きだから、仕方なく情熱で誤魔化されてあげるわよ、トワ。

 悪くない言葉ではあるし、ね。

「はい終わりー。囲碁さん数えて」

「数えんでも……数えんでもっ……! 嬢ちゃんの鬼っ! テルちゃん、ピニャ・コラーダ一杯頼む!」

「はぁい」

 くすくす笑いながらリキュールを出すテルはほんの少し寂しそうだった。


 次の日。

 囲碁さんはいなかった。

 流れている途中で剥がれたのだと言う。

 ピニャ・コラーダのカクテル言葉は、『淡い思い出』だった。

 私は。

 同じお酒を飲みながら、ちょっとだけ泣いて、勉強を始めた。

 昨日のトワが私にアルコールを勧めたのは、この為だったのも知れない。

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