第2話 戦争結果

 デビトゥーム共和国、ベルム連合国、クインク教主国、ビクトゥス帝国が大陸の覇者を競って行われた大戦、いわゆる『6ヵ年戦争』は、戦争の長期化により各国の国民生活の不安、経済の崩壊とそれに伴う内憂を引き起こし、内憂を力づくで乗り切ったデビトゥーム共和国の勝利によって一応の幕を閉じた。

 しかし結局、デビトゥーム共和国は大陸に威を振るうことは叶わず、少しばかりの賠償金を手に入れただけであった。しかも賠償金のほとんどは、すぐさま戦争の為の莫大な借金の返済に充てられた。さらに戦後、疲弊した国を立て直すため、借金の額は返済を上回って増大した。

 

 各国の知識階級にある人々はこれを皮肉り、6ヵ年戦争の真の勝者は、戦争の舞台となった大陸の僅か西に浮かぶ島国、パトリア王国であると言った。もちろん、パトリア王国は戦争に直接参加していない。

 パトリア王国は戦争の初期に同盟国であるデビトゥーム共和国の要請に応じて派兵したものも、派兵のための船が嵐で沈没して、多数の貴族を含む乗組員全員が死亡してそれっきりである。

 代わりにパトリア王国は物資や金銭での援助を申し出た。ただしその援助は無料ではなく、貸付・借款の形で行われた。

 貸付は当初、同盟国のデビトゥーム共和国に対してのみされたが、戦争が長引くに連れて、同盟国以外からもパトリア王国に援助を求める使者が訪れた。どこの国にとっても戦争の長期化は想定外で、頼れる国はパトリア王国しかなかったのである。

 パトリア王国はこれに応じ、秘密裏に大陸各国に対しても莫大な貸付を行った。



 結果的にパトリア王国の二枚舌というべきか、風見鶏と呼ぶべきか、ただの裏切りと呼ぶべきかの貸付は成功した。

 仮にどこか一ヵ国が6ヵ年戦争に勝利し、他の国の領土を併合していたのならば、併合された国にしていた借款は有耶無耶になっていた可能性が高いだろう。しかし実際には戦争に参加した四ヵ国は疲弊しながらも国として独立したまま存続するに至った。

 またデビトゥーム共和国が余力を残したまま戦争に勝利していたのならば、デビトゥーム共和国の矛先は裏切り者のパトリア王国に向いていたはずだった。

 しかし実際にはデビトゥーム共和国は戦争によってかなり疲弊した。パトリア王国を裏切り者として糾弾するのは簡単なことで、デビトゥーム共和国からすれば当然の権利でもあったが、そのパトリア王国と戦争するための金がない。借りる宛てもない。

 それどころかパトリア王国を糾弾すれば、戦後の国家を運営するための金を借りる宛てすらなくなってしまうのだ。大陸の他の国も似たような状況であった。

 こうして『6ヵ年戦争』の真の勝者はパトリア王国であると言われるに至ったのである。



 もちろん、パトリア王国も戦争の当事者すべてにお金を貸すような阿呆を何の策もなく実行するわけはない。余程のことがない限り債権の回収が不可能になるのは、丁稚にすら分かるであろう。その代わりに乗せられた阿呆がいた。

 何を隠そう、その阿呆がヌーマロウム領のミリオン・フォン・ヌーマロウムである。

 ミリオンがヌーマロウム領を継いで男爵(当時)に叙せられたのは若干、10歳のときであった。






 くだんの戦争初期のデビトゥーム共和国への派兵には、ミリオンの父と兄も名を連ねていた。本来同じ戦争、しかも他国への遠征軍に地方領主とその後継ぎが一緒に参戦することなんてありえない。領主と後継ぎが二人とも帰れなくなってしまうことなんてあってはならないのだ。


 しかし6ヵ年戦争の初期は、物見遊山で地方領主とその長男が一緒にデビトゥーム共和国への援軍の船に乗っても、親戚すらからも反対が出なかったほど、楽観的な状況であった。

 パトリア王国は同盟国のデビトゥーム共和国の戦争での勝利を信じて疑わなかったし、援軍は形ばかりのものであると考えていた。

 パトリア王国からデビトゥーム共和国へはテルミネスと呼ばれる海峡を通るが、その航路は穏やかで、酔っ払いに船長を任せたとしても海難事故など有り得ないとまで言われていた。

 得てして自然災害による事故というのは、誰もが安全だと油断したときに起こるものである。

 結果、50年に一度の大嵐がパトリア王国の軍船を襲い、船は大破、乗組員は全員行方不明になった。


 

 そんなこんなでミリオンは10歳の若さでヌーマロウム領を継ぐことになり、肉親の死という人生最大の悲劇に暮れる暇もなく、男爵となって突然の訃報に動揺する領内を鎮めるために奔走した。多くの有力者と面会し、果てには小さな村の反乱をも治めた。

 治水工事のための視察先で金鉱山を新たに発見したのはそんな折である。


 ミリオン少年はその金鉱山の発見を父と兄の形見であると大いに喜んだ。これで領内を立て直すことが出来ると発奮した。

 しかしそれを面白く思わないのは、ヌーマロウムの周りの領を治める貴族たちである。

 隣の領からの鉱山、特に金鉱山の発見は先祖代々受け継いできた隣領とのパワーバランスに大きな影響を与えかねない。領民達は仕事を求めてヌーマロウム領に逃げ出していくだろうし、逃げ出さないにしても金の採掘で豊かになったヌーマロウム領の噂を聞いて、民心は乱れるであろう。

 今まで散々、ヌーマロウム領をバカにしていた貴族にとってはゾッとする思いであった。

 地方領主たちは、隣領が豊かになっていくのをただ指をくわえて見ているわけにはいかないのである。

 

 そんな貴族たちにとって、幸いにもこのとき、ヌーマロウム領の領主はまだまだケツの青い少年。後継としての教育もきちんと受けていないようなガキである。

 権力に人一倍敏感で、その身を立てるために手練手管を弄する貴族たちにとって、その少年を甘い言葉で誘い、たぶらかすのは他愛もないことであった。ヌーマロウム領の金を出来るだけ領内ではなく、外に使わせるために奔走した。


 さらに数年後、デビトゥーム共和国が重要な局地戦で敗れて、大陸の戦争の行く末は分からなくなる。すると保身に走ろうとするパトリア王国の上層部に隣領の貴族たちは進言し、ミリオン少年を原資とした戦争当事者4か国全てへの貸付を行わせた。

 上層部はデビトゥーム共和国が大勝でもしない限り、どう戦争が転んでも、パトリア王国への影響は最小限に抑えられると考えた。この貸付を明確に裏切りと捉えるのはデビトゥーム共和国だけであるからである。

 しかも上層部の人間たちは、貸付の原資はどこにあるかもいまいち分らない田舎領の男爵と聞いていた。ならば自分の懐は痛まない。自王国から金が流出しているという大問題にも保身のために曇った眼には映らなかった。

 対照的にヌーマロウム領の周りの貴族たちは、大陸の戦争の行く末には自領内で戦闘でも起きない限り、毛ほども興味がない。ヌーマロウム領が豊かになることだけをただ恐れた。



 こうしてミリオンは金の採掘とパトリア王国を通じた他国への金、物資の貸付、その返済や担保として様々な利権の融通をされたことで、一代では成しえないような巨万の富、各国への影響力、子爵への陞爵と多くのものを手に入れた。ヌーマロウム領の隣領の貴族たちのたくらみはすべて裏目に出たのであった。

 報復を恐れた隣領の貴族たちは全員が跡継ぎに家督を譲った。そして後継ぎたちは、ミリオンをたぶらかしたのは前領主が勝手にやったこととしらを切った。


 逆にパトリア王国の上層部はこの結果に大喜びである。保身のための行為が期せずして、大陸に対して強い影響力を持つに至ったのだ。手のひらを返して、ミリオンを褒め称えて厚遇した。

 

 

 ミリオンは現在19歳。

 物事に対して分別がつき始め、騙されていたことに気づき、運が悪ければどこかで破滅していたと悟るミリオンであったが、隣領の貴族たちに恨みはない。もし騙されていなければいまの自分はないからである。

 ミリオンは流されるままに人生をかけて騙され、人生をかけて学び、その勝負に時運のみで打ち勝ったのであった。


 だが、すべて・・・を多感な10代の内に財力のみで手に入れてしまったミリオンは、代わりに人として大切なものの多くを失った。

 巨万の富はミリオンの人格形成に大きな歪みを与えたのだった。

 その歪みは意中の女性にフラれた程度で治るわけはなく……。

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